従兄と俺の関係は、出会ってから今に至るまで良好だ。
気難しいところがある伯父(メイド好き)にはあまり似なかったのか、従兄は物腰が柔らかく紳士的で使用人にも優しい好青年。
小学校時代、年に数回顔を出した時はもちろん、中学入学と同時に四条の家に入ってからもずいぶんよくしてもらった。
そんな彼から、便宜上の婚約についてネガティブコメントを受けたことは一度もない。
お互い納得のうえの関係のはず、ではあるものの。
形だけとはいえ「自分のもの」である女が他の女と仲良くして気分が良いわけがないのも、元男としてわかる。
「友人としてお付き合いをさせていただいております。まずはわたしについて知っていただく段階、といったところですね。もちろん、身体的接触は一切しておりません」
制服越しに肩が触れ合うくらいはあったが、これがアウト判定なら手袋越しのエスコートとかもアウトだ。
「能力的には優れたものをお持ちの方ですので、お祖父さまや伯父さまのお眼鏡に適う可能性は十分あるかと」
「だけど、莉緒? 四条の家の立場上、『普通の能力』が優れているだけではお祖父様も納得しないよ」
俺は内心で「あ」と声を上げた。
……そうか、この改変はそっちのほうにも波及するのか。
家にとって有益な交際と認めてもらうことが条件である以上、母と父のように「別にいいでしょ一般人と結婚しても!」とは言えない。
兄と俺の才能を比較して「よその血を入れたから退魔の才で劣っているのだ」と言う親族は必ずいる。
いやもう、ほんと誰だよ!? こんな余計なことをしてくれたの!
思いつつもにっこり微笑んで、
「あの方ならば必ず、当家の益になると信じております。
それに、魑魅魍魎と戦うことだけが家への貢献ではないでしょう?」
「それは確かにその通りだね」
夜の街は静かだ。
追加された設定により、霊力を持つ者は認識阻害の一種を操ることができる……ということになっている。
周囲に霊的な結界を薄く張り巡らせることで、一般人から見咎められず、会話を聞かれることもなくなるという仕組み。
おかげで夜回りは淡々と進んだものの、出てきたのは関係のない低級霊や雑魚妖魔だけで、それらは従兄の手であっさり処理された。
「見事なお手際でございました」
「ありがとう。……でも、やっぱり一日二日では終わりそうにないね。莉緒、くれぐれも無理はしないように」
「はい。ありがとうございます、お従兄さま」
おっとりと答えた俺ではあるものの、夜回りのために学校を休むのも、特進クラスで授業中に居眠りをするのもだいぶ良くない。
一矢と結婚する条件は俺の我が儘が原因だから、任務のせいで支障が出たとしても家側は考慮してくれないだろうし。
「雛瀬。明日、わたしが授業を受けている間に栄養ドリンクを調達しておいてくれる? できればある程度値段の張るものを、複数本」
「かしこまりました。……ですが、莉緒様。あの手のものはあまりお身体に」
「わかっているわ。とはいえ、多少無理をしてでも意地を通さないといけないの」
学生の身の上ということで早めに帰って休むことを許されたものの、それでもとっくに日付は回った時間。
また、他のチームが強敵を発見する可能性もあるので警戒はしておかなければならない。
一報が入ったらすぐに出られるように着物のまま仮眠をとることになり──結果、俺はろくに寝られなかった。
「莉緒ちゃん、大丈夫? もしかしてあんまり眠れてないんじゃない?」
一夜の夜更かし程度なら顔には出さないつもりだったものの、いつものように車で合流したみゆちゃんは一発で気づいた。
さすが、下手したら両親よりも長く過ごしている親友。
「このくらいなら大丈夫。……でも、学校に着くまで仮眠を取らせてもらってもいい?」
「うん、もちろん」
笑って頷いたみゆちゃんは「じゃあ、私も少し寝ておこうかな」と俺の隣で目を閉じる。
勉強で疲れているのもあるだろうが、大部分は俺に気を遣ってくれたのだろう。
「うん、やっぱりこの程度で負けていられない」
幼稚園の頃のような「友達と一緒の休憩」で英気を養い、いざ、学校へ。
「……ああ、さすがに三日も続くと限界ね」
行き帰りの仮眠と栄養ドリンク、意地でもたせてなんとかたどり着いた金曜日。
ほとんど倒れ込むようにしてベッドに入る俺を、雛瀬さんは「はしたない」と注意しなかった。緊急動員があるかもしれないので着替えたくても着替えられないし。
「夜回りを始めたのが月曜日……いえ、日曜日でなくて良かったわ。そうなっていたらもっとひどいことになっていたもの」
「はい。どうか、週末はゆっくりお休みください、莉緒様」
中学の頃から、週末は用事がない限り両親のいる家に帰っている。
使い慣れたベッドでなにを気にすることなく惰眠を貪る、今の俺にこれ以上の至福があるだろうか、いやない。
朝になったらシャワーを浴びて、着替えて朝食を取って、さっさと家に帰ろう……そう思いつつ、微睡み始めた俺の耳に、スマホの着信音。
『こんな時間にごめんなさい』
メッセージアプリ経由で遥からの連絡だった。
『明日、カズくんの家で会えないかな? この前のこと謝りたくて』
「~~~~っ!?」
「莉緒。すごい顔になっているよ」
「仕方ないだろ! ……ああ、もう、なんでこういう時に重要イベントが重なるんだよ!?」
仲直りできるのは嬉しい、嬉しいが、今は切実に眠い!
魔の者たちは基本的に夜に活動するため、昼間休んでおかないとまた明日辛い。
めちゃくちゃ断りたい、と、そう思ってしまう自分がまた不甲斐ない。
これはもう、陰謀だ。
実際に黒幕がいるかは知らないが、狙って攻撃されていると思って対処すべきだ。
俺は、仰向けになって大きく息を吐くと、すぅ、と目を据わらせる。
「仕方ないな。あんまりやりたくなかったが、もうちょっと本気を出すか」
何百、何千と見返してきた特典ウィンドウを表示させると、残っているヒロインポイントを一部消費し、新たな特典を取得する。
『睡眠効率2倍』。
これを使うと、例えば3時間寝れば6時間寝たのと同じくらい疲れが取れる。
もっと早く取れば良かった? それはそうだが、さすがにこう、頭がいいとか才能があるとかの領域を超えて超人、あるいは人外の域に飛び込んでしまうので「ズルくね?」としり込みしていたのだ。
「でも、異能まで持たされたんだし今更だよな」
ちなみにこの特典のお値段はなんと『ヒロインポイント:10』だった。
胸より高い。
「魔法少女の5倍ってだいぶ足元見られてないか?」
「いやいや、考えてもみなよ。これを使えば、6時間睡眠を3時間睡眠にできる。1日に使える時間が3時間も増えたらどれだけ有利か」
「確かに。それだけ余分に勉強できるもんな」
夜なので歌や楽器の練習はできないし、そのへんは日中にずらすとか工夫が必要だが。
これで削られた睡眠時間をだいぶ補填できる。
でも、夜回りの所要時間を考えると完璧じゃないんだよな。いっそのこともっと効率上げてしまうか?
「ちなみにもう1段階上げると……効率2.5倍になってポイント2? 安っ!」
10ポイント消費させられて感覚がマヒした俺は勢いでポチった。
しかしおかげで3時間睡眠が7.5時間睡眠になり。
睡眠不足解消とまではいかないものの、前日の朝よりは幾分かすっきりと目覚めることができた。
持つべきものはヒロインポイント……でも、苦労させられてるのもこいつのせいだな?
「では、藤間くんのお家にお邪魔しましょうか」