「今日は来てくださってありがとうございます、四条さん」
来訪した俺を、遥と結弦は好意的に出迎えてくれた。
笑顔を浮かべる結弦に、俺は「とんでもありません」と微笑み答える。
「お友達のお誘いはよほどのことがない限りお受けしています。……あ、ただ、急なお話でしたので、きちんとした手土産をご用意できなかったのですけれど」
「そ、そんなの気にしなくていいよ! むしろこっちが気を遣っちゃうし!」
「四条さん。普通の女子高生は、友達の家に遊びにいくたびに手土産とか持ってこないからな……?」
今回は一矢少年もちゃんと家にいてくれた。
苦笑しつつ教えてくれる彼に「いえ、こういったことはきちんとしませんと」と俺は微笑んで答える。
今回の手土産は、いざという時のために常備されている洋菓子の詰め合わせだ。
人気店の生菓子ほどのインパクトはないものの、コンビニやスーパーで買えるほど安っぽい品でもない。幸い、遥たちにはちゃんと喜んでもらえた。
紅茶と共にお菓子を楽しんだところで、遥が「あのね」と切り出して。
「この間はごめんなさい。私、四条さんに失礼なことしちゃって……」
ちらり、一矢の表情を窺えば、彼は「悪いな、幼馴染が」的な苦笑を浮かべていた。
詳細を聞いているわけではなさそうだが……ある程度は彼らの間で話をしたのかもしれない。
「いいえ。わたしのほうこそ、言いすぎてしまって申し訳ありません」
遥は、俺をじっと見つめて「許してくれる?」と上目遣い。
「許すもなにも、わたしはお二人と喧嘩していたつもりはありません。今まで通り仲良くしてくださるのであれば幸いです」
答えると、二人──いや、三人はあからさまにほっとした表情を浮かべた。
「ありがとうございます。……私も、四条さんと変な感じになりたくなくて。あの、これからも、どうかよろしくお願いします!」
真面目な顔で頭を下げてくる結弦に「こちらこそ」と答える。
テレビの中の俺に一方的に憧れられていただけとはいえ……結弦のほうは突然の話に戸惑っていた感が強いらしい。
遥は、幼馴染との関係を脅かそうとする相手に敵意を覚えたものの──関係修復を選んでくれた、と。とてもありがたい話である。
と、
「四条さんたちが喧嘩してたなんて聞いてなかったんだけどな」
主人公からやんわりと苦言を呈される。
「申し訳ありません。申し上げた通り、わたしとしては喧嘩のつもりはなかったのですが。詳しく経緯を説明するのも難しかったもので」
「ああ。そのへんはよくわからないけどわかった」
遥たちにせよ「三人ともあなたのことが好きだから困ってるの!」なんて言えるはずもなく。
いさかいの理由を誤魔化されるしかない少年は、それでも笑って。
「ともかく、みんな仲良くしてくれるなら何よりだよ。四条さんも、これからも遥たちと仲良くしてくれよな」
「ええ、わたしとしては願ってもありませんが……」
視線を送れば、遥と結弦は揃って「むうう……!」といった表情。
勝手知ったる想い人が、どうしてぽっと出の女を特別気にかけているのか。俺が向こうの立ち場でも気になるのは間違いない。
「な、なんだよ。俺、別におかしなこと言ってないだろ?」
暗に視線で責められる少年に、俺は敢えて助け舟を出さないでおいた。
彼が戸惑う理由もよくわかるが、女子として、遥たちがむっとする理由もわかるからだ。
──それにしても。
数日……結局、前にお呼ばれしてから会っていなかったので、およそ一週間ぶりに再会して。
ようやく気付いたのだが……
顔を合わせた瞬間にわかった。
邪な存在の気配を察知するのは、清浄な気を持つ巫女の得意分野だ。
この地域で騒動が起こった以上、主人公とヒロインが渦中に置かれるのは当然。
「莉緒、どうするんだい?」
「……と、言われましても」
遥に、何らかの魔の影響が残っているのはわかるものの、一般人である彼女らにそのまま伝えるわけにもいかない。
とりあえずその影響だけでも浄化しようにも、挙動が目立ちすぎる。
例えば、一か月ほど前に知り合った友人から「ちょっとじっとしていてください」と言われて一分くらい待たされた挙句「もう大丈夫ですよ」と微笑まれたとして……「あ、この子ちょっと頭がおかしいんだな?」と思わない人間がどのくらいいるか? という話。
それに、本体に憑かれているのではなく多少影響がある程度。
俺はいったん、ここでの処置を諦めて藤間家を後にした。
四条家に連絡を取り、報告。
そして、夜になってから従兄と共に藤間家付近へあらためてやってきた。
「張り込みか。うまく成果が挙がるといいんだけど」
「やる価値はあると思います。今のところ敵の尻尾は掴めていないのですから」
答えつつ、俺はひそかに唇を噛む。
しくじった。
眠気で本調子でなかったとはいえ、学校の生徒が狙われていることに気づかなかったとは。
物語の中核に位置する主人公、ヒロインが関わってくる可能性なんて、少し考えればわかったはずなのに。
せめて、今のうちに事態を進展させて敵を浄化する。
張り込みの方法はいたってシンプル。
認識阻害を用いて職質や通報を避け、ひたすら監視を続けるだけ。
あんパンと牛乳が欲しくなるところだが……下手な夜食は美容にもよくないので我慢。
そうして、待つこと数時間。
途中で遥は藤間家を出、自宅に帰ったため、俺たちは張り込み先をそちらに変更。
スマホの時刻表示が午前2時を過ぎた頃──すなわち、丑三つ時に、それはやってきた。
ぞわりと、肌が泡立つような魔の気配。
それがどこからともなく現れ、遥の部屋に吸い込まれていく。
「かかった」
従兄が呟き、手にした霊刀の感触を確かめる。
「わたしたちも忍び込みますか?」
「いや、屋内だと戦いにくい。家屋を傷つけないためにも、しばらく様子を見よう」
「かしこまりました。ですが、より大きな異変が起こった時は」
「ああ。その時は殲滅、あるいは浄化を優先する」
鼓動が早まり、手に汗が浮かぶ。
「莉緒。今のうちに僕に身を預けてくれ。そのほうが移動しやすい」
「はい、お従兄さま」
もちろん、エロい意味ではなく、ひょいと抱き上げられただけである。
兄の肩に腕を回したまま、待つこと二、三分。
小さな音を立てて、部屋の窓が開いた。
「!?」
魔の者ならさっきのように壁をすり抜ければいい、ならば……と思う間に、ブーツに包まれた足が窓のへりにかけられる。
身体を支えながら身を乗り出し、とん、と宙に舞い上がったのは。
「──ブロッサム・フェニックス」
「なにを……っ、そうか、随分前に地域を騒がせた魔法少女か」
そう。
あろうことか、遥は魔法少女に変身した姿で空を飛んでいた。
小学生時代、憧れから魔法少女となった彼女。
同じく魔法少女となってそれに接触した俺は、遥──フェニックスと共に悪の親玉を倒し、街に平和を取り戻した。
その後、俺は魔法少女の力を封印したものの、遥は使わなくなっただけで保持したままだった。
つまり、使おうと思えば今でも使える。
ちなみにフォームは年齢や体型に合わせたのか変更が加わっているが──ピンク+白のドレスであることは同じ。
コルセットにより強調された細い腰、対照的に豊かな胸は少々、見る者に夢や希望以外のものを抱かせてしまいそう。
そんな彼女の表情は虚ろで、どこか焦点が合っていないように見える。
フェニックスの肩あたりには瘴気のような黒いもやがまとわりついており、俺たちがそれに視線を向けると明確な形を取って笑みを浮かべる。
妖艶で、どこか危険な美貌を持つその女は、
「ウィッチ……!?」
かつて俺たちが倒したはずの、親玉。
どういうことだ。いったい彼女がなぜ。いや、今は考えるよりも。
「追いましょう、お従兄さま!」
「ああ。……雛瀬、車に戻って家に連絡を」
「はっ。連絡が済み次第、お二人を追跡いたします」
俺をお姫様抱っこしたまま跳躍し、家の塀や壁、屋根を伝って移動していく従兄。
逃げるように飛ぶ魔法少女の後ろ姿は、近づくことも遠ざかることもないまま俺たちをどこかへと誘導していく。