魔法少女の舞い降りた先に、結界が張られていく。
内と外を隔て、侵入を拒むもの。
強固なそれは、おそらく完成してしまえば四条家の精鋭たちでもてこずる。
「お従兄さま」
「ああ。……行くよ、莉緒!」
俺たちは、結界が完全な効果を発揮する前に中へ飛び込んだ。
降り立った先で地面に下ろしてもらい、周囲を見渡せば。
「小学校、ですね。おそらくは彼女らが通っていた──」
「正解よ、退魔師さん」
くすくすと笑うのは、俯いたまま立つ遥の後方、浮かぶ魔女。
「魔女──ウィッチ、と言ったか? お前はかつて魔法少女に討たれたはずだ」
刀を突きつけられてもウィッチは動じず。
「ええ、そうよ。今の私は思念だけの存在。言わば残滓」
ということは、かつて魔女の依り代というかベースになっていた女性は無事か。
「その子が魔法少女だったとはな。だが、何故その子を狙う。復讐か?」
「そうね、それもあるけれど。一番は敵の力を削ぐこと」
「敵?」
「そうでしょう? 魔法少女の片割れを引き入れてしまえば、敵の戦力は半減する」
ウィッチの放つ禍々しい力は、今もフェニックスに吸い込まれている。
起こっている現象としては、かつて、一矢を対象に行われたのと同じ。
「しっかりしてください、鳳さん! 悪者にいいように唆されるのがあなたの望みですか!?」
放っておけば吞み込まれ、魔の眷属と化してしまう。
進行を遅らせるためにも本人の意思を呼び起こそうとするも、
「……四条、さん?」
声に反応し、顔を上げた少女の表情に、俺はひっと声を上げそうになった。
「四条さんだ。ね、四条さん? どうして? どうして、私からカズくんを取ろうとするの?」
「っ」
敵が遥に付け込んだポイントはそこか。
「仲直りをしよう、と、言ってくださったではありませんか。あれは嘘だったのですか?」
「ううん、嘘じゃないよ」
答えながらも、魔の気配はどんどん強くなっていく。
にい、と、禍々しい笑みの形に少女の唇が歪んで。
「だって、仲直りしないとカズくんに嫌われちゃうから。だから、ちゃんと仲直りして……カズくんに知られないところで、四条さんを消すの」
恋心とは、時に人を凶行に走らせる。
他者の囁きが、悪しき力が、増幅すればなおのこと。
「仕方ありません。……ならば、正気に戻っていただいたうえでお話を聞いていただきます!」
説得中の攻撃は過剰反応を引き起こすかもしれないと控えていたが。
こうなってはどうしようもないので、両手を重ねて霊力を放つ。
けれど。
「無駄だよ」
沸き上がった黒い魔力が、俺の霊力を吹き飛ばす。
「莉緒!」
奔流のような魔力から従兄が俺をかばい、霊刀を振るう。
なんとか二人とも無事にいなしたその後に、黒い魔法少女が笑んでいた。
──古来より、魔法少女は悪堕ちするものである。
フェニックスの衣装のうち白かった部分が黒に変わり、パーツのあちこちが蝙蝠を模した邪悪なイメージに変化。
杖も黒炎を模したような形状となり、なにより表情が違う。
「魔法少女ダークフェニックス、と言ったところかしら?」
「ふふっ。いま、すっごく良い気分。ね、四条さん? 今なら私、四条さんより強いと思うの」
突き出された杖を中心に、無数の黒い光弾が浮かぶ。
咄嗟に守りの結界を張って凌ぐも、小手調べのような攻撃を必死に弾くのが精いっぱい。
強い。あの頃よりも格段に強くなっている。
いや、俺が弱くなっているのもある。
不思議パワーで戦っている魔法少女と違い、退魔師・霊能者っていうのは血筋の者が鍛錬の末に到達する「技能者」だ。決して理不尽な強さは持っていない。
──あの時、様子見せずに浄化していれば?
いや、あの時点ではまだ汚染は大した段階ではなかった。
浄化してもまた汚染すればいいだけの話。むしろ俺たちが警戒しだしたからこそ一気に段階を進めようと動いてきた形。
俺を疲れさせ、注意力を奪い、遥の俺への嫉妬を憎しみに育てようとした。
一連の流れに作為を感じる。
ウィッチの陰謀なのだろうが、元をたどれば誰かの願望があるはずで。
それは果たして遥のものなのか、それとも別の誰かの?
「まずいな。莉緒、こうなったら手加減はできない。殺さない範囲なら傷つけても仕方ないと割り切るんだ」
「ですが、お従兄さま!」
抗議しようとした俺を、従兄の視線が制した。
俺には初めて向けられた、冷たい目。
「これは命令だ。恨むなら僕を恨んでくれていい。だけど、席次が上の人間には従ってもらう」
「……かしこまりました」
血筋でも能力でも俺は彼よりも格下。
それに俺だってそうするしかないと頭ではわかっている。
納得させてもらったことに感謝しながら、戦い方を切り替える。
力の一部を従兄に与えて強化しつつ、彼がかわしきれない攻撃をガードしたり、フェニックスに牽制を放ったりとサポートに回る。
代わりに従兄が前に出て、接近戦で相手を翻弄。
人間離れした速度の斬撃に、さすがのフェニックスも顔をしかめるも。
「ごめんなさい。あなたに用はないの」
「っっっ!?!?」
彼女が軽く手を払っただけで不可視の衝撃波が発生、青年を吹き飛ばした。
「お従兄さまっ!!」
慌てて受け止めたおかげで大事には至らなかったものの──もろに衝撃を受けた従兄は目を閉じたまま動かない。
心臓に手を当て、命に別条がないことを確認した俺は。
「どうやら、このままではわたしたちの負けですね」
家からの増援はまだ来ない。
結界がある以上、あてにしてはいられない。
なら、俺一人で、この状況をなんとかしなければ。
あまりポイントにばかり頼るのもアレだが、ここはパワーアップの一手。
退魔師としての力を上げてもいいが。
相手がフェニックスなら、より相応しい方法がある。
「フェニックス。わたしも、ここからは本気で参ります」
新たに──いや、『再び』取得した特典に従い、纏っていた着物がほどけて別の衣装に変換されていく。
というか、身体さえも。
具体的には耳が引っ込み、代わりに頭に黒いネコミミが。
ボディを覆うのは身体にぴったりとした黒いボディスーツ。
丈の短くなった着物が腰の帯で固定され、肩と足を露出しながらも身体の一部を覆い隠す。
黒のロンググローブとブーツ、手首・足首には鈴のついたリングが飾られて。
『変身』が完了。
「ふふっ。あははっ!! あはははははっっ!!」
退魔巫女と魔法少女のハイブリッドとなった俺を見て、フェニックスの後ろのウィッチが哄笑。
「なんだ、そこにいたのね──モノクローム・キティ!」
モノクローム・キティは、かつて俺が魔法少女となった際に用いた名前。
あの時とは衣装が大きく変わっているものの、黒猫をモチーフとしていること自体は前と同じ。
魔法少女には、魔法少女を。
悪に唆されてしまった片割れを正気に戻すのは、他でもない俺の役目だ。
「鳳さん。……いいえ、フェニックス。申し訳ありませんが、少し痛くしますよ」
俺を見据えた遥は、きょとんと、不思議そうな表情を浮かべて。
「モノクローム・キティ……キティ、ちゃん?」
小さく、そう呟いた。