目を覚ますと四条本家の自室で、時刻は昼過ぎだった。
睡眠効率向上の特典を考えると20時間以上目覚めなかったようなものである。
代わりに、気分はすっきりしている。
「莉緒様、ご気分はいかがですか?」
「ええ、なんともないわ。心配をかけてごめんなさい」
部屋で見守ってくれていた雛瀬さんはほっとしたように微笑んで、
「お手柄でございました。あれほど強大な魔を討伐なさるとは、と、皆も驚いておりましたよ」
「わたしだけの力じゃないわ。みんなの協力があったから……」
そこまで言ったところで、俺は言葉を切って。
「雛瀬。あれからどうなったのか教えてもらえるかしら?」
「はい。待ち人もおりますので、入浴とお召し替え、お食事のご用意もいたしましょう」
騒動当初は「お嬢様とどこぞの馬の骨の娘」という扱いだった俺だが。
異能を得たことで再度過去改変が起こり、親戚筋からも(少なくとも表向きは)「四条の姫」という扱いになっている。
たとえ学友といえど私室を訪れることは許されないし、俺のほうも、支度を整えるまでは顔を出すことが許されない。
お嬢様というのもなかなか大変である。
「魔の討伐と同時に結界が解除され、私たちも小学校への侵入が可能となりました。
意識があった藤間兄妹より事情を聴取し、ひとまず彼らを含む全員を屋敷へと移送。並行して現場の後始末も完了しております」
「首魁以外にも魔の発生があったようだけれど」
「そちらも一族の者により対処済みです。……この地の乱れは解消され、安定に向かっております」
「そう、良かった」
すでに従兄と遥も目覚めており、彼らからの情報も含めて報告済みらしい。
「旦那様より、莉緒様からの報告は不要。ただし夕食には顔を出すようにとのご指示です」
「そう。どうやら今週は家に戻れなさそうね」
街に平和が戻り、俺の睡眠時間が減らないのであればそれが一番である。
「それで、鳳さんの様子はどうなのかしら」
「体調は問題ありません。ただ、洗脳中の記憶は曖昧なようです。……それでも、ご自身の行いをまったく覚えていないわけではありませんので」
「それは、取り乱すでしょうね」
自分が友人を、妹のように思っている相手を殺そうとしたなんてことになったら、俺だっておかしくなる。
「食事を済ませたら面会に行くわ。わたしの無事も直接知らせないといけないもの」
「莉緒様のお望みのままに」
◇ ◇ ◇
一矢たちに宛がわれた客間へと赴くと、結弦が真っ先に反応した。
「四条さん! 身体の具合はもう大丈夫なんですか!?」
「はい、この通り、健康そのものです」
微笑んで視線を向ければ、部屋に従兄の姿があるのに気づいた。
俺の代わりに一矢たちの相手をしてくれていたのだろう。
「お従兄さま。お怪我の具合はいかがですか?」
「治療は受けたし、もうなんともないよ。莉緒たちのおかげだ」
戦いが無事に終わったことへの安堵感からか、一矢も笑顔をにじませている。
が、部屋の空気は決して軽いものではなく。
その原因は、悲壮な表情を浮かべた少女、遥だ。
「鳳さん。おおよその事情は雛瀬から聞きました。あまりお気を落としませんよう──」
「そんなの、無理だよっ!?」
あまりにも悲痛な声に、その場にいた誰もが息を呑む。
すでに何度も泣いただろうに、遥はぽろぽろと涙を流して「ごめんなさい」と口にする。
「ごめんなさい、四条さん。ごめんなさい、ユズちゃん。私、絶対やっちゃいけないことをしちゃった」
「……遥姉さん」
痛ましそうな表情で胸に手を当てる結弦。
彼女は「なにか言ってあげてください」とこちらに目だけで訴えてくる。
それにこくんと頷いて、俺は微笑んだ。
「あなたのせいではありません。すべてはあのウィッチがやったことです。他の誰よりも、あなたが一番、あの魔女の悪辣さをご存じでしょう?」
「でも! そんなの理由にならない……っ!」
それは、確かにそうかもしれない。
理由がどうであれ、人の命は失われれば戻ってこない。
仮に俺か結弦があそこで死んでいれば、それは、一生残る遥の罪だ。
けれど、逆に言えば。
「誰も死ななかったのですから、それで良いではありませんか」
「………え?」
「鳳さんが望んで行ったことではないのでしょう? そして、結果的に被害はありませんでした。後は当事者同士の気持ちの問題です。わたしは鳳さんを許します。結弦さんは、どうですか?」
水を向けられた結弦は慌てて答えて、
「私も、遥姉さんを恨んだりしないっ!」
「では、なんの問題もありませんね」
法的に考えても心神喪失状態。そのうえ命令者が別にいたのだから、罪は軽くなるはず。
「あまり気を落とさないでください。でないと、わたしが困ります」
「な、なんで」
涙は止まったものの、遥はまだ混乱状態にある様子。
「なんで、四条さんがそんなふうに言うのっ!?」
「だって、わたしたちは逆の立場だったかもしれないでしょう?」
悪堕ち魔法少女が俺で、それを止めるのがフェニックス──そういう可能性も十分あった。
「まあ、キミは前世の記憶もあって洗脳の類は効きづらいはずだけどね」
ここで混ぜっ返すんじゃない黒猫。
「わたしが洗脳されて凶行に走ったら──もちろん反省はしますけれど、一生罪を背負って生きろ、とまで言われたら絶望してしまいます。
その時、わたしが許してもらうためにも、わたしは、あなたを許すんです」
単なる慈悲ではなくこっちの都合。
そう言われた遥は、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「ほんとうに、いいの?」
「はい」
「私、あんなにひどいことをしたのに。許して、くれるの?」
「もちろんです。だって、わたしたちはお友達でしょう?」
そっと歩み寄って抱きしめる。
気軽にスキンシップができるのは、男子にはない女子の特権だ。
遥の体温と鼓動。
俺たちはここに、生きている。
「あっ……ぁああっ、あぁああぁああああっっ!!」
俺に抱きついたまま、遥は泣いた。
泣きじゃくる彼女を、俺はずっと抱きしめたままでいた。
さすがに泣き疲れたのだろう。
少女は次第に泣き止んで、その後はすっきりとした表情を浮かべる。
「鳳さん。それから、藤間くんと結弦さんも。お望みであれば当家の異能による記憶操作が可能です。余計な記憶は忘れて日常に戻ってはいかがでしょう?」
けれど、遥も一矢も、そして結弦もこれに「ノー」と答えた。
「私は、忘れちゃいけないと思うから。……それに、私は魔法少女だもん。悪い奴と戦うことはこれからもあると思う」
「わ、私も! あの雷みたいなのがなんなのか、このまま忘れるなんてできません!」
「ああ。俺も同じ意見だ。その、四条さんのお兄さんからいろいろ聞いちゃったし……君たちが戦ってるって知って、それを忘れるわけにはいかない」
まったく、律儀というかなんというか。
けれどそれが主人公、ヒロインたる所以か。
それに、結弦が目覚めたあの異能。
改変がそちらにまで及んでいるのなら、こちらを追うことでなにかわかるかもしれない。
事件、あるいは陰謀の全体像。
果たして単なる中二病の集合なのか、それとも背後に誰かいるのか。
思考が途方もないところに飛ぼうとしたところで。
「……あの、ところで、遥もだけど四条さんも魔法少女、だったのか? その、俺、昔魔法少女にはちょっと縁があるというか、なんというか」
「え」
「あっ」
おずおずと、主人公が呈した疑問に、俺と遥が揃って「やっべ」という顔をした。