予想外のマイナスポイントに戸惑っていると、数分後にぴろんと、今度は加算音。
いったいなんなんだよ。
なんかよくわからないうちにプラマイゼロになったのでまあいいか、という気もしつつも、いちおう確認しておかないと落ち着かない。
夜、俺は従兄の部屋のドアをノックした。
「お従兄さま、少々よろしいでしょうか?」
「ああ。構わないよ」
返事はすぐにあった。
雛瀬さんを伴ったまま、そっと中へ入る。
婚約者とはいえ婚前の男女が二人きりはまずい──というのが理由の半分、残りの半分は、従兄と既成事実があると疑われれば一矢を攻略できなくなるからだ。
青年は机に向かって勉強していた。
室内は綺麗に整頓されていて、本棚には難しそうな本が並んでいる。
兄の専門は生物学。人や動物、植物について知ったうえで、ゆくゆくは霊力などのオカルトパワーによる影響を詳しく調べたいのだとか。
「どうしたんだい? 莉緒がここに来るなんて珍しいじゃないか」
「はい。
「ああ、そういうことか」
微笑んだ彼の表情にそれほど疲れは見られない。
「筋はいいよ。悪くない。身体能力もかなりのものだ。鍛えればいい線行くかもしれないけど……今のところはそれだけだね。僕はおろか、雛瀬にだって手も足も出ないだろう」
雛瀬さんに敵わないなら、俺や遥にも勝てない。
戦闘訓練を受けていない一般人としては上々なのだが……なんだろう、少しばかり従兄の言葉に棘があるような。
「彼に異能の資質はあると思われますか?」
「いいや。僕が感じ取れる範囲では、皆無だ」
夢見がちな妹に現実を突きつけているかのような。
「彼の両親については聞いているけど、かの家も、血族が必ず異能を持つわけではないんだろう?」
「そうですね。ですが、結弦さんの例もあります」
諦めてはいないことを告げれば、従兄はほんの少しだけ寂しそうな顔をした。
「お従兄さまは、藤間くんのことがあまりお好きではないのですね」
「特別な感情は持っていないつもりだよ。それから、戦力としてはあの兄妹に少し期待している」
「でも、彼を牽制するようなことを仰ったのではありませんか?」
ぴくりと、優しい表情が強張った。
「なんのことだい?」
「そうですね……例えば、彼に『莉緒は僕の婚約者だ』と告げたとか、そういうことはなかったかと」
従兄は、数秒押し黙った後「彼から聞いたのかい?」と聞いてきた。
「いいえ、誰からも聞いておりません。強いて言えば乙女の勘……でしょうか?」
「よく言うよ」
ちゃっかりついてきている黒猫がぼやく。
「あまり彼にプレッシャーをかけないでくださいませ。わたしたちとは違う環境にいた方なのですから」
「────」
いつもなら「そうだね、すまなかった」と言ってくれそうなものなのに、従兄は口をつぐんだままで。
「莉緒はずいぶん彼を買っているんだね」
「ええ。わたしが心に決めた方ですから」
ぴろん。
「向こうにその気がなかったとしても?」
「ならば、振り向いていただく努力をするのが良い女というものです」
これ以上は彼を追い詰めることにしかならなさそうだ。
俺は「夜分に失礼いたしました」と一礼して部屋を後にしようとする。
すると「莉緒」と呼びかけられた。
「僕は彼に『莉緒は君の事を好きにならないかもしれないよ』と言った。
そうしたら、彼はこう言っていたよ。……『誰を好きになるかは、四条さんが決める事です』」
「っ」
俺は、主人公である一矢がどういうシステムで動いているのか知らない。
だけど、もしヒーローポイント的なものがあって、それがヒロインの好感度で決まるのなら、いま確実にそれが加算されたはずだ。
「お従兄さま。それでは、嫉妬に焦がれた男のような態度ですよ」
「事実だからね。莉緒は、もしかしたら気づいていないかもしれないけど。……僕はずっと、君との結婚を夢見てきた」
「────」
嫌われてはいない、とは思っていたが。
振り返れば、従兄は真っすぐに俺を見つめていた。彼の瞳の奥には確かに、人を狂わせる恋の炎が燃えている。
「いつから、ですか? いつから、わたしのことを想ってくださっていたのですか?」
「そうだね。……君と二人で、楽器を演奏したあの時からかな」
俺はここでまたしてもぴろんという音を聞いたが、さすがに「あ、上がるんだ」とか思っている暇はなかった。
◇ ◇ ◇
「お、俺と付き合ってください! お願いしますっ!」
「申し訳ありません。わたしには心に決めた方がいるのです」
昼休み開始から五分。
人気のない部室棟の裏に呼び出された俺は、二年生男子から告白を受け──そして、きっぱりフった。
彼は「ショックを受ければいいのか、それともはっきり言ってくれたことを喜ぶべきか」という顔でふらふらとその場を離れていき。
入れ替わるように、みゆちゃんがそっと歩いてくる。
「お疲れさま、莉緒ちゃん」
「ありがとう。……でも、大変だったのはきっと先輩のほうだから」
念のため、お弁当は持ってきた。
教室まで戻るのもちょっとあれなので、教室棟と部室棟をつなぐ渡り廊下の影に隠れてみゆちゃんと並んで座った。
急に遥に呼ばれるかもしれない&遥が忘れてくるかもしれないからとレジャーシートは弁当箱とセットにしている。
「告白、これで何人目だっけ」
「11人、かな」
「その中で、男の子は何人?」
「9人」
入学から1ヶ月半といったところなので、週に1~2人に告白されていることになる。
みゆちゃんはふう、と息を吐いて空を見た。
「多いね」
「この学校には男子がいるからね」
幼稚園から通っていた女子校でもたまに女の子から告白されたけれど、さすがに男子がいると回数が段違いだ。
顔と物腰は清楚系なのに胸はGカップ。
まだ誰とも付き合ったことがないであろうお嬢様を自分のものにしたいと考えるのは……正直、元男子としてよくわかる。
ちなみにみゆちゃんも入学以来、2人の男子に告白されている。
その時は、憤った少年から変なことをされないようにと俺が付き添った。
「告白されたのが10人ってことは、わたしと付き合いたいと思ってる人はもっとたくさんいるんだよね」
「10人? 11人じゃなくて」
「あ、そうだった」
高校入学してからの「男子からの告白」だけを数えてしまった。
「わたしのこと想ってくれてる人がたくさんいても、一人しか選んであげられないって……すごく、悲しいよね」
「うん。でも、気持ちだけ受け取って捨てたりしちゃだめだよ、莉緒ちゃん」
「もちろん、わかってる」
わかってる……とは言ったものの、従兄の気持ちを知ったうえで婚約者で居続けるのはある種の姫ムーブかもしれない。
あの夜、俺は従兄に答えた。
『申し訳ありません。……わたしに、お従兄さまへの気持ちはありません。あくまでもこの婚約は、お祖父さまから出された条件によるものです』
けれど、従兄は婚約を解消しようとは言わなかった。
『わかっているよ。だけど、僕たちが婚約していることは事実だ。……たしか、振り向いてもらえるように努力するのが正道、だったね?』
婚約解消すれば祖父との約束を果たせなかったことになる。
俺は、生まれ変わった時「ただ一人の人を愛する」と誓った。だから、少なくとも恋が破れるその時までは別の人を愛することはできない。
それは、主人公も同じかもしれない。
誠実であろうとして、一人に一途であろうとするということは、それ以外の者を悲しませることになる。
その夜、遥から電話が来た。
『あはは。……カズくんに、ふられちゃった』