朝。
雛瀬さんの車から降りて、みゆちゃんと並ぶ。
男子生徒のいる風景にもさすがに慣れた。他生徒たちも、毎日送迎されてくるお嬢様二人に好奇の目をあまり向けてこなくなった。
「もうすぐ衣替えの移行期間ですね、莉緒さん」
「ええ。薄着になりますから、今まで以上に身嗜みに気を遣いますね」
ほんの短い距離の通学路を歩いていると、前方に藤間家ご一行様(含む遥)を見つけた。挨拶しようかと思ったが、接近するには少し遠い距離。
と、思いながら校門をくぐったあたりで、
「おはようございます、藤間くん」
短めのスカートに黒のガーターベルト。ブラウスのボタンはしっかり留めているものの、襟から布のチョーカーをちら見せ。目には茶色のカラーコンタクトを入れ、髪は清楚かつあざといブラックのストレート。
唇にはリップクリームを塗っているらしく、艶めく感じが男心をくすぐる。
左右に美少女を侍らせた状態にも関わらず全く臆さず、むしろ、どこか弾んだ声で呼びかけたのは、
「お、おはようございます、先輩」
白ギャル風味に変わった風紀委員長その人である。
少し前、一矢に決闘を挑んだ地味な眼鏡の三年生。……だったのだが、決闘の中でギャルに変身してみせたように素材は良いし、化粧の技術もなかなかのもの。やろうと思えば今風に変身することも可能で。
最近は毎日少しずつテイストを変えて登校してきている。
さて、いったい誰のためにそんな努力をしているんだろうな……? と、すっとぼけてみる俺。っていうか一矢も動揺するな。笑顔のままぴくっと眉を動かした結弦が兄の制服をちょんとつまみ、遥がぎゅっと幼馴染の腕を抱く。
どうやら、風紀委員長も本気で参戦する気らしい。
ひょっとして彼女もヒロインなのか? そのポテンシャルは確かにある気がするが。
◇ ◇ ◇
「藤間に近づいてる女子ねー。あの二人と四条さん、それから風紀委員長以外だと、そうだなあ……生徒会長かなあ」
「生徒会長、ですか?」
昼休み。情報料の足しにと持ってきた少しお高めのフィナンシェ(個包装)を嬉しそうに食べながら、情報屋こと烏丸さんが教えてくれた。
「うん。藤間を生徒会に勧誘したいんじゃない? 会うたびに声をかけてイメージ戦略? みたいなのやってる」
「なるほど、生徒会に……」
学校を舞台にしたラブコメでは各ヒロインにならではの属性が与えられがちだ。〇〇部、委員長、転校生、それから──生徒会長。
「あ、ちなみに四条さんも狙われてるよ」
「わたしが? ……ええと、命を、というお話ではありませんよね?」
「狙われる心当たりあんの!? じゃなくて、生徒会に勧誘しようって」
そう言われると俺も何度か声をかけられたことがある。
ヒロインである俺とも接触しようとしているとすれば、ますますそれっぽい。
仮に生徒会長と風紀委員長が両方ヒロインだとすると合計5人になってそれらしい人数だ。
「ところで、烏丸さんも『藤間くんに接触している女子』に含まれますか?」
尋ねると、彼女はにっと笑って、
「四条さんのために藤間のこと気にしてるからねー? あ、胸のサイズとか教えてくれれば藤間に教えておくよ?」
「そう言われると答えにくいのですが……102㎝のGです」
「言ってるじゃん! ってか3桁あんの、でっか!? ちょっと揉んでみていい?」
揉まれた。めちゃくちゃ感動してた。
◇ ◇ ◇
6月に入り、夏服への移行期間に入った。
ジャケットがなくなり、ブラウスが薄手のものに変わる。夏服って、涼しくなるのはありがたいものの、ポケットが減るからなにかと不便なんだよな……。
ハンカチ等もそうだが、生徒手帳も持っておくとたまに役立つので持っておきたい。
幸い、オプションに夏用の薄いノースリーブのジャケットがあったので俺はそれを着用することにした。
ブラウスは長袖・半袖から選べるので長袖をチョイス。涼しさよりも日光を遮るほうを重視。
あと、半袖だと脇やブラが見えそうになる時がある。俺は胸のぶん生地が突っ張るので余計に……うん。
移行期間初日、合流したみゆちゃんは冬服だった。
「あ、やっぱり夏服も似合うね、莉緒ちゃん」
「ありがとう。みゆちゃんは、ぎりぎりまで冬服でいるの?」
「うん。……胸を見てくる男の子がいるから、薄着になるのは恥ずかしい」
続けて「私の胸なんか見ても楽しくないのに」と呟くみゆちゃんだが、胸というのはでかければ良いとも限らない。それに、正真正銘の絶壁でもない限り男子とのボディラインは明確に違うから、興味を持たれるのはある程度仕方ない。
「もう。みゆちゃんは可愛いんだから、もっと自信を持たないと」
「そんなこと……。男子から可愛く見られても嬉しくないもん」
言いながらも、みゆちゃんは少しだけ嬉しそうに見えた。
「それにしても、冬服に比べるとやっぱり目立っちゃうなあ」
俺の夏用ジャケットは特注品、ボディラインに合わせた縫製が行われているため下部分がぷらぷらしづらくなっている。みっともなくならないためなのでこれは仕方ないのだが、いわゆる乳袋状態だ。
「莉緒様。過度なハラスメントを行う者はリストアップをお願いいたします。場合によっては学校側への抗議、および法的な対処も考えますので」
「ええ。……みゆちゃんも、嫌な男の子がいたら遠慮なくわたしたちに相談してね?」
「うん。ありがとう、莉緒ちゃん」
車を降りて歩き出すと、いつもよりこっちに視線が集まってくるのがわかった。
この学校は冬服も白いのでそこまで様変わりした感じにはならないのだが──それでも、今までと違う格好になると新鮮なのだろう。
特に男子から強めの視線が送られてくる。……せっかくなので、異能で聴力を強化してみるか。
「うわ、やっぱでかいな……四条さん」
「あれが噂のGカップ……」
「102センチは伊達じゃないな……」
ちょっと待て。
いや、うん。俺も前世は男だ。男子がエロいのはある程度仕方ないと思っている。普通なら聞こえない距離、声量なので聞きとがめた俺が悪い部分もある。
問題は、俺がバストサイズを数値で伝えた人物は一人しかいないということだ。間接的に一矢にも伝わっている可能性はあるが、
「烏丸さん? これではわたしがだいぶ『情報料』を支払いすぎでは?」
近距離にしれっと紛れているのを発見したので張本人(仮)を追求すると、彼女は「ごめんごめん」とすぐに謝った。
「本命にはかなり効果あったから許して。あ、知りたがった男子の名前も全部教えるから!」
「……そうですね、もう一声あれば許します」
協議の結果、提示された条件+数回分の情報料を前払いした扱いにすることで合意した。
けれど、広まってしまった情報はどうしようもないので、俺は校内に広く「バスト102㎝の女」として知られることになった。
なお、少しすると学校行事として球技大会がある。
種目はテニスを選択したのだが……バスケとかにしなくて良かった、と、心から思った。