「かんぱ~い!」
夜。藤間家内の結弦の部屋に、グラスのぶつかり合う音が響いた。
ちなみに中身はサイダーである。
俺の持ってきた洋菓子店のシュークリームもある。……この前しこたま食べただろうって? それはもう一週間以上前の話なのでノーカンだ。
「ユズちゃん、優勝おめでとう」
「おめでとうございます。おかげで結弦さんのクラスが1年生最多得点だったんでしょう?」
「ありがとうございます。でも、そんな、たまたまです」
俺と遥に祝福された結弦は頬を染めながら小さくなる。
「部の先輩に勝ってしまったのはやはり気になりますか?」
「いえ、それは。大会とはルールも違いましたし、部長も本番にはコンディションを整えてくるはずなので。……でも、ちょっと恥ずかしくて」
みんなに祝われた時の態度は実際難しい。
自身が達成感でいっぱいなら素直に喜べばいいと思うけれど、胸を張り切れない時は俺もむず痒さでいたたまれなくなる時がある。
あと、なんかこう、ドヤ顔を続けていると自分が嫌な奴になったような気分になってくるし……。
「自信持っていいよ。三年生の部長さんに勝ったんだから! ……あ、でも、それだとユズちゃんと接戦だった莉緒ちゃんもすごいよね?」
「そんな。わたしはなんとか食らいつけただけで、地力は結弦さんの圧勝ですよ」
「そんなことありません! 四条さんはあの時疲れてたじゃないですか! あれじゃちゃんとした勝負になりません」
それを言うと、俺に勝った後で部長を倒してる結弦はやっぱりすごいのでは……?
「いいなあ。私もユズちゃんの練習相手になってあげられたらいいんだけど」
「変身した遥なら結弦さんといい勝負ができるのでは?」
「テニスだからって、さすがに魔法少女に勝てるわけないです……!」
そうだろうか? けっこう勝負になりそうな気がする。
「藤間くんからのお祝い、なににするか決まりましたか?」
「いえ、まだ。兄さんったら、大げさなんですから。せめてちゃんとした大会に勝ったときにして欲しいのに」
一矢は結弦の優勝を喜び「お祝いになにかプレゼントする」と言い出したのだ。
「そんなにお祝いしたいなら参加してくれればいいのにね?」
「以前もそうでしたし、やっぱり気まずいのではありませんか?」
前にもまして積極的になった遥+美少女2名の中に飛び込んだら最悪食われると思ったのかもしれない。
俺たちの発言に結弦はくすりと笑い──それから、サイダーの入ったグラスを両手で包んだ。
「私は本当に幸せものです。……兄さんに、姉さんに、お父さんとお母さん、四条さんもいてくれるんですから」
「結弦さん……」
彼女は幼い頃に本当の両親を亡くしている。喪失という大きな経験は、時が経っても影響を完全に失うことはない。
「あの。もしよろしければ、藤間くんと出会った頃のこと、教えていただけませんか? 彼のことですから、あの頃から一生懸命だったんでしょう?」
結弦は、俺の言葉に何度かまばたきをして、それから笑って頷いた。
「はい。兄さんはあの頃から一生懸命で、それから、格好いい人でした」
◇ ◇ ◇
「私の、本当のお父さんとお母さんが亡くなったのは──小学二年生の三月のことでした。自動車事故だって言われて、遺体にも会わせてもらえなかったんですけど……いま思うと、戦って亡くなったのかもしれません」
化け物の中には怪力を誇るものや、人を食うものもいる。遺体はぐちゃぐちゃだったのかもしれないし、そもそも残らなかったのかもしれない。
「私は従兄弟だった兄さんの家に引き取られました。新しいお父さんとお母さんは本当に良くしてくれて……でも、あの頃の私はふさぎ込んだまま、死んだお父さんとお母さんのことばかり考えていました」
無理もない。俺だって、両親がその頃亡くなったとしたらしばらく茫然自失だっただろう。
「うん。あの頃のユズちゃんは本当に辛そうだった。ずっと俯いて、なにも見てないみたいで……私、なんて言ってあげればいいのかわからなかった」
一矢から「新しい妹だ」と言って紹介された程度の間柄ではなおさらなにも言えない。遥だって同い年の女の子に過ぎないのだから仕方ない。
「私は、お父さんお母さんに会いたい、そんなことばかり考えていました。もやもやとぐるぐるを繰り返して、気が付くと、優しく声をかけてくれる兄さんや新しいお父さんとお母さんにまで嫌な気持ちを向けていて……そんな自分が嫌で、ますます気が滅入って」
今でこそ明るく朗らかな結弦だが、内には攻撃的な一面を秘めているのかもしれない。そう、触れた者を容赦なく攻撃する雷のような。
「死んじゃえば、もう一回お父さんとお母さんに会えるかもしれない。そんなことまで思いました。……当時は新しい学校にも馴染めなくて、通うのが本当に辛くて」
隣に座る遥が悲しそうな表情を浮かべる。いじめ。人は異物を嫌う。転校生で、しかもろくに話さないような子は標的になりやすい。
「そんな私を助けてくれたのが、兄さんでした」
遠い目をしていた結弦に、笑みが浮かぶ。
「兄さんったらすごく強引だったんですよ? 嫌だって言ってるのに私の部屋に入ってきて、今日あった小さなことなんかを話してくれたんです。学校でも『俺の妹をいじめるな!』って何度も怒ってくれて」
「あの頃のカズくん、けっこう考えなしだったんだよね。そんなことしたら女の子のいじめはどんどんわかりにくくなるのに」
わかる。ショッピングモールで親とはぐれた時の対応が「とにかく歩き回る」だったのを思い出しながら、俺は頷いた。
……遥はこっそり、そんな一矢のフォローをしてたのかもな。
「でも、私はすごく嬉しかったんです。だって、この人は本当に私の味方なんだって思えたから。……それで、私が『どうして助けてくれるの?』って聞いたら兄さん、なんて言ったと思いますか?」
結弦の視線は俺に向いていた。ちらりと遥を見れば「当ててみて」とばかりに微笑んでくる。そうだな……あの頃の、向こう見ずなくらい真っすぐな彼なら、
「『俺は結弦のお兄ちゃんだからな』」
「ふふっ。……すごい、当たりです。本当、兄さんらしいですよね。兄さんったら、私が男子複数人にからかわれていても一人で割って入ってくるんですよ。それであちこち怪我をしても『負けなかったぞ』って笑ってました」
さすがは主人公。さすがは退魔師の血族。
「私は、少しずつ前を向けるようになりました。そうしているうちに、テレビで魔法少女のニュースを見るようになって。私と同い年くらいの子の中に、こんなすごい子がいるんだってどきどきしました」
そこまで言った結弦は「まさか姉さんだったとは思いませんでしたけど」と遥を可愛く睨んだ。「ご、ごめんなさい」と恐縮する遥。
「冗談です。……でも、私が力をもらったのは本当なんですよ? 姉さんと、四条さん。二人の魔法少女から」
その魔法少女がこうしていま、結弦と同じ時を共有している。ヒロインの宿命とはいえ、すごい因果もあるものだ。
「カズくんはね、ユズちゃんと会ってからどんどんしっかりしていったの。ユズちゃんの傍からできるだけ離れないで守ったり、勉強も運動も前より頑張るようになったり」
今度は遥が遠い目になってしまった。
「兄さんと遥姉さんのおかげで私はだんだん笑えるようになって、クラスの子たちとも話せるようになりました。……それでも、なかなか新しい趣味は見つけられなかったんですけど、三年生の終わりごろ、四条さんがテレビに出てるのを見て、憧れて、私もなにかしたいなって」
「それが、今の結弦さんにつながっているんですね」
彼女がそこでバレエを選んでいたらもっと早く会えたかもしれない。いや、俺はだんだんフェードアウトしていったから入れ違いだったかも。
「はい。だから、兄さんと、姉さんと、四条さんのおかげで今の私があるんです」
話を聞けて良かった。俺は心からそう思いながら、結弦ににっこりと微笑みかけた。