今日は平日なのに学校が休みで、一矢たちが朝からやってくる日だ。
早めに起きて身支度と朝食を済ませた俺が庭を散歩していると「わう!」と馴染みのある鳴き声が聞こえた。
「おはよう、バロン。調子はどう?」
「~~~♪」
俺と同い年の愛犬はもう老齢である。
それでも俺が顔を見せるととことこ寄ってきてすりすりと身をすり寄せてくれる。
こっちの身体ができあがって、いくらでも振り回してもらえるようになったのに……なかなかままならないものである。
代わりにもふもふと存分に撫でまわしていると、使用人たちの動きで一矢たちの来訪がわかった。
立ち上がってそちらに向かうと、バロンも尻尾を振りながらついてくる。
「おはようございます、みなさん。昨夜はよく眠れましたか?」
「ああ。せっかくの機会だから活かさないとな……っと、ああ、またお前か」
「わう」
我が愛犬は一矢たちのほうに歩いていくと、俺にするようにすりすりと身をすり寄せた。対象は一矢と結弦。
「こんにちは、バロン。出迎えてくれてありがとう」
「わ。この子、カズくんたちの知り合いなの?」
遥は初対面のようで、興味津々しゃがみ込むとバロンはそっちにも寄っていく。
「わたしの昔からのお友達なんです。結弦さんたちとも仲良しになっていたんですね」
「はい。お家の方たちがこの子のことを教えてくれました」
「人懐っこい奴だよな。何歳なんだ?」
「わたしと同じなので十五歳ですね」
にっこり微笑んで「バロンとは小さい頃から一緒だったんですよ」と告げる。
「悲しくなった時や寂しくなった時も、この子がいてくれたので乗り越えられたんです。バロンはこの先もずっと、わたしの大切なお友達です」
「わう!」
俺の言葉に応えるように一声鳴くバロン。昔からだけど本当に賢い子である。
「そうか、それじゃあ……」
目を細めた一矢はそれ以上は言わなかった。さすがに歳だ。愛犬とのお別れが近いことは、俺にもわかっている。
仕方ない。生きている者はいつか死ぬ。霊力による治療で長生きはできているものの、それでも限界は来る。
みゆちゃんの飼っていたマリアは既に亡くなっていて、その時はいつもしっかりしているみゆちゃんが大泣きして瞼を盛大に腫らしていた。俺としても知らない仲ではなかったので、なにかが欠落してしまったようなそんな気分になったものだ。
バロンの時はそんなものでは済まないだろうが──。
わうわうと、近づいてきた多くの鳴き声に俺は笑みを深めた。
ぞろぞろとやってきたのは白い毛玉──ではなく、何匹ものサモエドたちである。
「こちらは紹介がまだかもしれませんので、あらためて紹介しますね。バロンの子供と、その奥さん。それからバロンの孫たちです」
「わあ……わんちゃんがいっぱい! 犬カフェみたい!」
「ふふっ。お代は結構ですので、可愛がってあげてくださいね」
バロンは別の家のサモエドとお見合いをして、生まれた子を半数ずつ相手の家と分け合った。その子のお嫁さんは我が家で迎え──その子供たちは一部他の家にもらってもらったりしたものの、それでもこの数。
四条家が金持ちでなかったらさすがに飼えない数である。というかこの家には他にもたくさんいるし。
「番犬……には向かない種類だったよな? どうしてこんなに?」
一矢もけっこう動物好きらしく、頬を緩ませながら、じゃれついてくる子の相手をしている。
「わたしが両親と暮らしていた時代からの子だからですね。人懐っこくて、小さい子にも優しいので」
「? えっと、四条さんのご両親はこちらにはいらっしゃらないんですか?」
「はい。両親は別に暮らしていまして、わたしも週末、予定がない時は家に帰っているんですよ」
なお、そっちには現在犬ではなく猫──アメリカンショートヘアのオスがいる。みゆちゃんのところのマリアが産んだ子の一匹を、我が弟の相手役にと譲り受けたのだ。
男の子同士、しかも気まぐれな猫相手なので俺とバロンの時のように終始じゃれ合ってはいないものの、弟もなんだかんだ気に入っている模様。
「はは。なるほどな。これなら、これからも寂しくなさそうだ」
ぱっぱら~♪ と、音を立ててヒロインポイントが+3。
動物パワーすごい……というのも事実だけど、過去の自分語り+命の話題のコンボが大きかったのかもしれない。
「いいなあ。ね、兄さん。うちもなにか飼えないかなあ」
「俺もお前もいない間一人にさせちゃうだろ。さすがにそれはかわいそうだ」
俺はネコミミと尻尾、肉球グローブをつけた結弦を想像して「破壊力がすごすぎるな」と考えを破棄した。
……と、そこまでやってからこの手のシチュエーションで定番のフレーズを言っていないことを思い出す。「バロンがこんなに懐くなんて……」って、だめか。バロンは人懐っこすぎてたいていの人に懐くから。
◇ ◇ ◇
ペットといえば、ふと、とあることを思い出す。
「そういえば、遥。小さい頃に魔法少女をしていた時は鳥を連れていましたよね? その子はいまどうしているんですか?」
「あ、ぴーちゃんのこと?」
そんな名前だったのか。マスコットのわりにあまり存在感がなかったので印象になかった。
「あの子はね、ウィッチを倒した後……あ、一回目のことね? あのあと気づいたらいなくなっちゃってたの。だからそれっきり。でも、どうして?」
「動物の話をしていたから思い出しただけなのですけれど、あなたはあれからずっと魔法少女だったのでしょう? それなら、マスコットもずっと一緒だったのかと思いまして」
「ボクは魔法少女じゃなくなったキミにずっとついていたけどね」
お前の場合、マスコットは副業だろ黒猫。
「あはは。変身はできたけど、街は平和だったからぜんぜん戦ってなかったもん。変身したのだって、あの時がすっごく久しぶり」
「あら、本当ですか?」
「え」
「たまに変身してみては鏡の前で一回転したり、ポーズを取ったりしていたのではないかと思いまして」
「り、莉緒ちゃんもしかして見てたの!?」
やってたんだ……。
生暖かい目で見つめてやると、遥は慌てて目を逸らし、話題を変えてきた。
「莉緒ちゃんこそ、あれから魔法少女やめちゃってたんでしょ? 私、またキティちゃんに会いたかったのに」
「それはごめんなさい。わたしは、役目が終わったら引退するものだと思っていましたし……実際そうなりましたので」
「そっか……。じゃあ、あの時変身したのは?」
「遥を助けたいと強く思ったら自然と。もしかしたら、わたしの変身は異能者としての力の一端なのかもしれません」
「そっか、だからあんなにえっちな……じゃなくて、昔と感じが違ったんだ」
「遥、いまなんて言いました?」
俺はむっとして友人を軽く睨んだ。
「わたしの方こそ、あなたが藤間くんを押し倒して、淫らな行為に及んだ挙句、フェニックスと遥は別人だから……などと言い出すのではないかと心配だったのですよ?」
「え、そんな方法があったんだ」
「……遥?」
「い、いやいや、してない、してないってば! 今はもう正体知られちゃったからできないし!」
「でも、記憶を消す魔法かなにかを使えば可能ですよね?」
「…………」
長考の末、少女は「さすがにそれはだめだと思う」と行為を断念した。