転生お嬢様な俺は、どうやらヒロインらしい   作:緑茶わいん

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転生お嬢様の反撃

『ヒロインポイント:₊1』

 

 どうしてこのタイミングで!? と混乱するも、状況はそれどころじゃない。

 目の前には高圧的な笑顔のれいかちゃん、その左右には取り巻きの子。

 部屋の角に追い込まれているので逃げ場はない。

 ……すぅっと、頭が、心が冷えていく。

 

「どうして、わたしがクロをあげなくちゃいけないの?」

 

 右の子が「れいかちゃんが謝ってくれてるのになにその態度!」と怒るも、俺は「れいかちゃんに聞きたいの」と応じる。

 それでも、お嬢様は笑顔だった。

 

「そもそも莉緒があんなもの持ってくるからいけないんじゃない。だから、迷惑をかけたお詫びにれいかがもらってあげる」

「……あのね、れいかちゃん。それは脅迫っていうんだよ」

「は? れいかがせっかくお願いしてあげてるのにそんなこと言うの?」

 

 だめだ。この子には、理屈で言っても通じない。

 真摯に訴えかけても聞いてもらえない。……それは、もちろん前世でも何度も経験したが。

 結局、なるべく穏便に解決しようとか、相手の気持ちを考えて言葉を選ぼうとか、そういうふうに動く側が損をするのだ。

 

 四条莉緒にとって、クロはお気に入りのぬいぐるみの一体。

 それを奪われそうになっているという状況と合わせて、瞳からは涙が溢れだした。

 

『ヒロインポイント:₊1』

 

 さっきも聞いた通知音が頭に響くも、俺は構わずなきじゃくった。

 そこに「先生、こっちです!」と声。クラスの子が先生を呼んできてくれたらしく、俺たちは昨日に引き続いて聞き取りを受けることになった。

 

 

 

 

 俺は、あったこと、そこで感じたことを正直に話した。

 莉緒になってから感情の起伏が激しくなっている。

 子供みたいに泣いてしまったことが今更恥ずかしくなるも、過ぎてしまったことはなくならない。

 

「クロを渡せばれいかちゃんが収まるのはわかります。でも、そんなの正しくありません。……言ってもわかってくれないんだって思ったら、悔しくて」

 

 いじめみたいな形で気に入らない相手をねじ伏せるのがなあなあで許されるのが社会の仕組みだというのなら。

 

「きちんと話をするんじゃなくて、みんなを味方につけて、れいかちゃんが言いたいことを言えないようにするほうがいいのかなって。そんなふうに、無理やり言うことを聞かされるのが、れいかちゃんのやりたいことなのかなって」

 

 やろうと思えばそうすることだってできる。

 ずるい手を使わないと、正しいことを正しいと認めてもらえないのなら。

 

「莉緒さん。少し、こっちに来てもらえますか?」

「………?」

 

 先生に手招きをされた俺が素直に歩み寄ると、ふわりと、先生に抱きしめられた。

 温かい。

 他人の感触がそこにあるだけで、心が動いて、また涙がにじんでくる。

 

「莉緒さんは、強い子ですね」

「わたしは、強くなんか」

「なら、優しい子です。それは莉緒さんの良いところですから、なくしてはいけない……いいえ、なくして欲しくないと、先生は思います」

 

 みんながみんな、あんなやり方を快く思っているわけじゃない。

 そう示されただけでも少し救われる。

 身を離して座り直してから、俺は、先生から少し深い話を聞いた。

 

「世の中には正しくないことが正しいことにされることがたくさんあります。先生も、おかしいと思ったことが何度もあります。でも、おかしいと訴えても、聞いてもらえないこともたくさんあるんです」

「そういう時は、我慢しなくちゃいけないんですか?」

「お友達との関係を考えて、そのほうが良い時もあると思います。……でも、少しくらいならずるくなってもいいと思いますよ」

「ずるく?」

 

 さっきそれを良くないと言われたんじゃなかったか、と首を傾げれば、先生はお茶目に片目をつむって。

 

「お友達と一緒に一人の子を囲むのは意地悪ですが、それにお友達と対抗するのは、悪いことではないでしょう?」

 

 巻き込みたくないからと頼らないようにしていたが、確かに、人の手を借りたほうがスムーズに行くこともある。

 同じやり方でやり返すのは相手と同じところに堕ちることだが……わかってもらうため、反省してもらうためにずるをするのは、時にはありなのかもしれない。

 

「れいかさんにもお話をしてみますが、ごめんなさい。もしかすると、わかってもらえないかもしれません」

「いいえ。……ありがとうございました、先生」

 

 死んだ時の自分を考えれば、先生たちだって万能ではないことがわかる。

 残業してまで子供と話し合いの時間を持ってくれているだけでもありがたいのだ、それ以上はさすがに頼りすぎというものである。

 ぴろん。

 

『ヒロインポイント:₊1』

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 案の定、れいかちゃんは納得してくれなかったらしい。

 夜になってから、我が家へまさかの来客があった。

 しっかりとレディーススーツを着こなした、まだ若い美人。

 れいかちゃんのお母さんは高級そうな菓子折りを母に手渡すと「この度は申し訳ありません」と謝ってくれた。

 

「今回のことはれいかに原因があります。莉緒さんは決して悪くありません」

「ありがとうございます。ですが、莉緒がれいかさんと仲良くできなかったのも事実ですから」

 

 和解の気配に、父が穏やかな声音でそう答えるも。

 先方が切り出してきたのは斜め上の要求。

 

「大変恐縮です。……その上で、本当に不躾な申し出になってしまうのですが、その、どうか、莉緒さんがお持ちの猫のぬいぐるみを、譲ってはいただけないでしょうか?」

「……それは、さすがに筋が違うのではないでしょうか?」

「はい。それは私共も重々承知しております。ですが、叱れば叱るほど、れいかは意固地になってしまいまして……」

 

 同じぬいぐるみを買い与えると言っても「それじゃ意味がない!」の一点張りらしい。

 ほとほと困り果てた末に、もうそうしないと落ち着かせられないと判断したのが、お母さんの表情からわかった。

 

「失礼ですが、お子様の教育を間違われたのでは?」

「返す言葉もございません。今後、れいかの教育は全面的に見直します。ですので、どうか……今回に限り、ご厚情をいただけないでしょうか」

 

 提示された謝礼の額は、クロと同じぬいぐるみがダースで買える額だった。

 

「……だ、そうだけど、莉緒はどう思う?」

 

 父から水を向けられた俺は、れいかちゃんのお母さんに言った。

 

「れいかちゃんは、わたしのクロが羨ましかったんですね」

 

 彼女は面食らったような表情になってから「ええ」と頷いた。

 

「そうなのだと思います。……いえ、もしかしたら本当は、莉緒さんとお友達になりたかったのかもしれません」

「わかりました」

 

 その返答を聞いて、了承を返す。

 

「人のものを無理やり取ろうとするような子と友達にはなれません。でも、クロは持っていってください」

 

 

 

 

 電気のついていない自室へ戻ると、俺は「なあ」と黒猫のぬいぐるみに呼びかけた。

 

「お前、他のうちの子になってもいいか?」

「いきなりなにを言っているんだい?」

 

 自称・神様の遣いはやれやれとばかりに首を振り。

 

「あの子から無茶ぶりをされたのか。……あのねえ、いいわけないだろう!? あんな子供のものになったらどんな扱いをされるか」

 

 よっぽど苦手意識を持ったのか「それなら犬のほうがマシだよ」とまで言うクロ。

 俺は「だよな」と頷いて。

 

「じゃあさ。一つ、頼まれてくれないか?」

「頼み? なんだい? 特別な便宜を図る気ならないけど」

「そういうんじゃないって。いいか? お前をれいかちゃんに引き渡すから、お前は……」

 

 ごにょごにょと耳打ちすれば、「なるほどね」と納得の声。

 

「それくらいなら構わないさ。システムや運命に介入するわけでもないしね」

 

 

 

 

 クロを受け取ったれいかちゃんのお母さんは、何度もお礼を言って帰っていった。

 これでれいかちゃんが大人しくなったかというと……確かに、俺にむきになって突っかかってくることはなくなったものの。

 

「どう、いいでしょう、これ? 本物の猫用の高級な首輪なの」

「わあ、れいかちゃんすごい!」

「さすがれいかちゃん!」

 

 翌日、幼稚園にクロを持ってきてこれ見よがしに自慢した。

 名前も付け直したらしく「アレクサンダー」と呼んでいる。

 これに、いつもは穏やかなみゆちゃんが、見たこともないくらい硬い表情をして。

 

「その子を幼稚園に持ってきちゃいけないって、言ったのはれいかちゃんでしょう?」

 

 本当に、この子は良い子だ。本当に正しいのはみゆちゃんみたいな子かもしれない。

 けれど、お嬢様はどこ吹く風で。

 

「だってこの子はただのお守りだし、キャラクターもののぬいぐるみでもないもの」

 

 この態度に、今まで中立の立場だった子たちまで「れいかちゃんはおかしい」と反発を強めはじめた。

 期せずして逆風が吹き始めているものの──それが意味をなす前に、事件は起こった。

 

「莉緒。クロが帰ってきたよ」

 

 朝、出勤時の父が、玄関前に落ちているクロを発見したのだ。

 

「やれやれ、ここまで歩いてくるのは大変だったよ」

「お疲れ。後でしっかりブラッシングしてやるから」

 

 俺がクロにお願いしたことというのは簡単、いったんれいかちゃんの家に行った後、頃合いを見計らって「自分で帰って来い」と言っただけだ。

 ぬいぐるみが勝手に帰ってきたのなら、俺が取り返したことにはならない。

 クロを譲渡するという約束には抵触しないし、先方の家に忍び込んだりしていないことは、複数台ある防犯カメラが証明してくれた。

 

 これにれいかちゃんは「おかしい!」と怒り、さらに荒れるも──。

 

「もう我慢ならん! どれだけひと様の家に迷惑をかければ気が済む!?」

 

 元県議である、れいかちゃんの父の父──おじいさんが雷を落とした。

 本格的な家族会議が行われ……結果、れいかちゃんは別の幼稚園に転園することに。

 彼女のいなくなった園はなんだか急に穏やかになって。

 

「れいかちゃん? ……ああ、そういえばいたよね、そんな子」

「……え?」

 

 数日後には、その存在は急激にみんなから忘れ去られていた。

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