幼馴染である
遥だけを愛せる自信がない、という若干煮え切らない返事ではあったものの、きっぱりと振ったつもりだ。その点においてだけは誠実に対応したつもりである。
なのに、どうしてこうなったのか。
「……うにゅう」
目を覚ますと、腕に柔らかな感触がある。
いや、柔らかい、なんて表現だけで収まるものじゃない。単なる柔らかさならクッションとかでも対抗できるが、これほどまでに「幸せ」を内包した柔らかさは他にない。
もう少し直接的に「快感」と言ってもいい。
女の子の身体の柔らかさというのはそれほどまでに特別だ。
まあ、単なる身体的接触だけなら結弦の柔軟に付き合わされたりで経験はある。しかし、女の子の中でも特別な部分、しかも遥の、女子の中でもかなり類まれなそれが惜しげもなく押し付けられていれば、破壊力は恐ろしいまでに増大する。
おまけに言えば、当の遥がパジャマ姿で眠りこけているのである。
幸せそうな寝顔だ。それだけなら子供の頃を思い出して微笑ましい気分になるだろう。しかし、お互い思春期に差し掛かっての「これ」は良くない。
まるで、というかそのまま「手を出してOK」のサインではないか。
もちろん、手を出したが最後、結婚から老後までの人生設計が自動的に組み上がっていく。女の子の純潔をいただくというのはそれくらい責任重大なのである。
なので、一矢は、無事なほうの手で幼馴染の頬をむにー、と掴んだ。
「こら、遥。起きろ」
「んみゅ? ……あ、おはよう、カズくん」
危機感なんてまるでなさそうな顔でにへら、と微笑まれると、一周回ってデコピンくらい喰らわせてやりたくなる。
……ちなみに、彼女は合鍵を持っているので家への侵入は簡単である。
なので「どうやって入った」と尋ねるのは無駄。
「その、さ。四条さんに聞くのも間違ってると思うんだけど……女の子って、自分をフった相手に好意をむき出しにしたりするものなのか?」
高校に入ってから知り合った友人、四条莉緒はこういうとき、とても話しやすい相手である。
(実際のところ一矢がそう思っていただけで、魔法少女の一件で先に出会っていたらしいが……ちゃんと話をするようになったのは高校からなのでノーカンとする)
一矢にとって結弦は「大切な妹」でもあるし、遥ほどではないにせよ女の子としての好意を隠していない。
その点、莉緒はTPOを弁えてくれているし、距離の詰め方もかなり配慮してくれている。
同性の友人のよう……と言えるかといえば、遥をも上回る圧倒的な存在感を持っているうえ、超のつく美少女なのでそうもいかないが、少なくとも一緒にいて心地いい相手だ。
遥や結弦とも仲がいいのであれこれ相談しやすい。
今回の相談にも、莉緒は嫌な顔ひとつせず応じてくれて。
「それはもちろん。どうしても諦めきれないくらい好きな相手なら、そうすることもあると思います」
「四条さんも経験があるんだ?」
「そうですね。まだフられたことはありませんけれど、それくらい大きな想いは、ここに抱いているつもりです」
彼女にも、どうしても諦めきれないほどの恋心があるのか。
あの従兄弟の大学生──というわけではなさそうなのだが、こんな高嶺の花からそれほど想われる相手というのはいったいどんな男なのだろうか。
一矢の知る範囲で、莉緒が親しくしている男というと、あの従兄弟に次いで一矢……になってしまう気がするのだが。
いやいや、単に自分が知らないだけで他にも親しい男がいるんだろう。
さすがに「この子も俺の事が好きなんじゃ」とか思ってしまうのは自意識過剰だ。
「……そうか。遥は、そんなに俺の事を想ってくれてるのか」
「はい。そんな遥の告白を断ったのですから、藤間くんも罪な方ですね」
「そうだな」
世の男なら、こういう時「付き合ってから考える」と言うのかもしれない。付き合ってみて、相性が良くなければ別れてしまえばいい。
今は結婚後に初夜を迎えるような時代じゃないんだし、女子だっていくつもの恋愛を経験して当たり前。
頭ではわかっているものの、どうやら自分はそういうふうに考えられない。
「俺はさ。一度OKしたら、その子と死ぬまで連れ添う覚悟でいたいんだ」
格好悪い気がする告白をすれば、莉緒は微笑んで頷いてくれた。
「立派な覚悟だと思います。……何を隠そう、わたしも同じ信念を抱いておりまして」
「四条さんも?」
「はい。と言っても、わたしの場合は逆の立場からになりますけれど」
じゃあ、自分たち二人が結ばれれば相性抜群かもしれない。……という言葉は、さすがに思うだけで留めた。
さすがにこう、どこの勘違い野郎だという話である。
「遥相手の対応としても、その気概のほうが良いでしょうね。……あの子も、藤間くんと添い遂げるつもりでアプローチしているはずです」
「ああ」
一線を超えればその途端「式はいつにしよっか?」と聞いてきそうだと、中ば本気で思う。
「それにしても、俺だって男なんだからもう少し危機感を持って欲しい。はずみでひどい事をする可能性だってあるってのに」
「それだけ信頼しているということでしょうけれど……盲目な女の子というのはある意味無敵ですから、藤間くんが自衛するしかないかもしれませんね」
「だよなあ……」
というわけで、夜中は玄関にチェーンをかけるようにした。
これで勝手に入っては来られない……と思ったら、翌日の朝も当たり前のように一矢のベッドにいた。
「ユズちゃんにこっそり開けてもらったの」
「結弦……お前な。近所って言っても、女の子が外出歩くのも危ないんだぞ。いっそ閉め出したほうが遥のためだ」
「ご、ごめんなさい兄さん」
妹に言ってきかせ、念のためにと部屋の鍵をかけるようにしたところ、結弦が夜、遥を入れることはなくなった。
「だって、私まで兄さんの部屋に入れなくなっちゃうもん」
昔から雷が苦手で、ひどい雨の日は部屋に忍び込んでくることがあった。……そのわりに雷の異能を扱えるらしいのはどういうわけか。
それに、妹までシャットアウトしてしまうと寝坊した時に起こしてもらえないかもしれない。遥が諦めてくれたら部屋の鍵は外そう──そう思っていると、
「すうすう」
今度は朝、目覚めると魔法少女が一緒に寝ているようになった。
魔法で飛んできて部屋の窓を魔法で開け、しっかり閉じてから隣で寝入っているらしい。
さすがにそれはどうしようもなくないか……!?
これから暑くなってくる。単純に二人で一つのベッドでは寝苦しいし、そういう時、遥は寝ぼけて脱ぐ癖がある。
幼馴染とはいえ同い年の女子高生の下着姿とか見せられ続けたらどうなるかわからない。
「四条さん。頼みがあるんだけど、うちの窓に『魔法が利かなくなる魔法』みたいなのかけてくれないか?」
「なるほど。そこまで切羽詰まっていらっしゃるということであれば、なんとかいたしましょう」
これには遥も「それは反則だよ!?」と反発してきたものの、先に魔法なんて反則をしてきたのはそっちなので敢えてスルーした。
なお、ここまでやっても通学中や学校にいる間、頻繁に抱き着いてくるのはどうしようもなく。
「早く結婚しちゃいなよ二人ともー」
たまに声をかけてきてはあれこれからかってくる烏丸という女子などは、歯に衣着せずそんなことを言ってくるようになった。