「今期アニメを追うのもけっこう大変だよな……」
平日の夜。
四条家の屋敷はいつものように静まり返っていた。
俺が部屋を持っているのはやや奥まったところにある離れの一つ。本家の人間が住まう一角──例えば従兄の隣を空けてもらうこともできたが、分家筋の心証を損ねたくないのもあって多少移動に不便なところにしてもらった。
学校から帰ってきた時などは移動に不便だが、敷地の広さとあいまって、夜が静かなのは大きな利点である。
道路からも離れているので聞こえるのは虫の鳴き声や鳥の声、風の音などの自然音だけ。イヤホンなしにアニメ視聴するくらいなら気兼ねもいらない。
特典によって睡眠効率の上がった俺にとって長い夜の時間はアニメ鑑賞にもってこいだ。
鑑賞をさらに快適にするために専用の特典も取った。
『倍速での動画視聴を等速同様に体感できる:1ヒロインポイント』
アニメや映画を見ている時だけ思考速度が倍になる、と言えばわかりやすいだろうか。これを用いることでなんと、1時間の間に4話分を見ることが可能。倍速にしたせいでセリフを聞き逃すといった心配もない。
今期アニメを消化しつつ、見たことのなかった昔のアニメを履修することも可能だ。
「前から言っているけれど、苦労してまで見なくてもいいんじゃないかな?」
「いや、苦労って言っても楽しい苦労というか、好きでしてる苦労だからな」
空いた時間にアニメを見るのは、半分は気晴らし。もう半分は小学生時代から続けている副業のためだ。
思い付きで始めたイラストレーター活動はなんだかんだ続いていて、つぶやいたーのフォロワーもけっこうな数になっている。
題材はあれこれ紆余曲折があった末に美少女を描くことが多くなった。
可愛いタッチが人気なので「女の子を描いて欲しい」とよく言われ、応じているうちにそうなった。まあ、昔みたいに自分をモデルにすることもなくなったのでそれはそれで問題ない。
というわけで、描きたいネタを探すためにもできるだけアニメは見ている。
「やっぱり恋愛ものはわかりやすくていいよな。人生の参考に……なるかは微妙だけど」
「わかりやすいという意味ではバトルもののほうが上じゃないか?」
俺に付き合ってかなりの数のアニメを見ているからか、この黒猫もだいぶ詳しくなったな……?
「いや、バトルものはほら。話そのものは単純でも技の考察とかしたくなったり、あと、無駄に『〇〇年前の事件』とか意味ありげなワードをばらまいたりするから」
「恋愛ものにしても、最近は宮廷の陰謀劇と絡めるものがけっこう多いじゃないか」
「それを言われると、まあそうだな」
ずっとアニメを見ていると脳が疲れてくるので、適度なところで絵を描くほうに移る。
ファンサイトやリクエストサイトで得た収入を使い、作画環境は幾度もアップデート。今はちゃんとしたペンタブとそこそこ値の張るデスクトップPCが部屋の一角に鎮座している。
友人とはいえ軽々しく部屋に入れられない理由の一つがこれと言っても過言ではない。まあ、「何に使うの?」と聞かれても「絵を描くのに使うんです」と答えればたぶん追及はされないが。美術部だし。
と。
「うわ、また来てる」
つぶやいたーや投稿サイトのメッセージ等を用いた要望だ。
要望が来ること自体はよくあるのだが、困る内容もある。例えば、
『本格的にえっちなやつを描いて欲しいです!』
「そう言われても未成年だからなあ……」
厳密に言うと未成年は「成人向けの本を買えない、イラストの閲覧等をしてはいけない」なので売るのはルールに抵触しない場合もあるだろうが、そんなとんちみたいなことをしてリスクを犯す意味もない。
こういう時、俺は正直に「まだ高校生なのでそういうのはちょっと……」と返しておくことにしている。
◇ ◇ ◇
「『三庭まつり』先生って本当に謎なんですよね。自称高校生なんですけど、デビューからもう7、8年も経ってるんですよ? それじゃあデビュー当時は小学生だったことになるじゃないですか」
「たしかに、それは謎ですね」
放課後。
美術部員仲間の雑談に相槌を打ちながら、俺は「どこかで聞いたような話だな」と少し遠い目をした。
楽しそうに話しながら手を動かしているのは、俺と同じ一年生。なんでも漫研と美術部をかけもちしているそうで、サブカル方面の話題が豊富だ。
最近仲良くなり、部室に二人しかいない時、あるいは逆に人が多くて私語を気にしなくていい時はこうして話をするようになった。
「そうでしょう? 昔の作品も見たんですけど、さすがに上手すぎて小学生には見えません。少なくとも大学生以上だと思うんですけど……」
残念ながら本当に高校生である。
そう、『三庭まつり』は俺のペンネームだ。もちろん彼女にはそれを伝えていない。まさかこんな身近に俺に注目している人物がいるとは。
「コンビのイラストレーターという可能性はどうでしょう? 実は姉妹で、最初はお姉さんだけで活動していたけれど、途中から妹さんと共同で描いているとか」
「なるほど。妹さんがまだ学生なら、お姉さんが配慮するのもわかりますね。作風がだんだん変わっているのもそのせい……?」
慌ててそれっぽいことを言うと、幸い彼女は信じてくれた。
「そうだとしても、やっぱりすごいですよね。若いのに、Sukebuへのリクエストも多いですし」
「わたしたちも見習わなくてはいけませんね」
したり顔で頷きながら「なにこの自画自賛」と俺はものすごくむず痒い気持ちになった。
「そうなんですけど……やっぱり、自分で作品を作るのはなかなか難しくて」
「産みの苦しみというのは、どれだけ上達してもなくならないと言いますものね」
「はい……。描きたいものがあるのに上手く描けなかったり、漠然とした描きたいものをうまくイメージできなかったり」
あるあるすぎる。俺は何度も頷いた。
「実は、今度の即売会に出るつもりなんですけど……やっぱり無茶だったかなって今更後悔してて。あ、即売会って言われてもわかりませんよね?」
「詳しくはありませんけれど、どういうものかは多少見聞きしています。同人誌を配布したり、コスプレを楽しむイベントでしょう?」
「そうです! ……まさか、四条さんが知ってるなんて。コスプレとか、はしたないって思いませんか?」
「いいえ。華やかな衣装を着たり、憧れの人になってみたいと思うのは当然の欲求かと」
下手にはしたないとか言ったら「お前の胸のほうがはしたないだろ」とか言われかねないし。
肯定的な返答に、彼女はぱちぱちとまばたきをして──それから、俺のほうをちらりと見た。
「えっと、それじゃあ……四条さんもコスプレ、興味あったりしますか……?」
「恥ずかしながら多少、興味を持っております」
ラブコメとかだと主人公にアプローチする定番だし。
「実を申しますと、家の関係で着物を纏ったり、巫女の真似事をすることもありまして。非日常的な服装になることには慣れているのです」
「そうだね。魔法少女とか」
足元にいる黒猫をつま先でつつこうとしたらさっと逃げられた。
俺の返答を聞いた彼女は驚いたような顔をしつつ「そっか……でも、それなら……!」と意を決したように顔を上げて。
「あのっ、四条さん! 実は即売会には部として申し込んだんですけど、他に乗り気な子がいなくて……言い出しっぺの私がコスプレして売り子をしないといけなくて! 私と一緒に、コスプレしてくれませんかっ!?」
「え、えええ!?」
した。結局彼女の頼みを断りきれず、コスプレして売り子もした。ついでに手作りPOPのイラストとかも手伝ったら「何者!?」みたいな空気になったものの、『三庭まつりです』とは名乗れなかった。
なお、コスプレ画像を遥たちに送ったら、少し遅れてポイントが加算されたことも付け加えておく。