「四条さんってさあ、ちょっと調子乗ってるよね」
大手ハンバーガーチェーンの二階で、髪を指で巻き取りながら友人が言う。
黒髪も、スカートも、爪も唇も、校則に違反しているところはひとつもない。『彼女』たちの学校の風紀委員長は真面目な反面、ルールを守っていればなにも言ってこない人なので、そのギリギリを攻めている。
友人──『彼女』たちのグループの中心と言ってもいい少女は、親の言いつけでどうしても特進クラスに所属しなければならなかった。
学力は十分ある子なのでテストであからさまな低得点を取ることはないものの、教師たちから服装について厳しめに見られるのを気にしている模様。
他の仲間、当然のように普通クラスを選んだ『彼女』たちとしては頭が良いだけで十分羨ましいし、友人の顔が可愛いことも内心羨ましいと思っている。
おまけにあの四条莉緒と同じクラスなのだから勝ち組ではないかと思うのだけれど……どうやら当人はそれが気に入らないらしい。
「そう? すごくいい子だと思うけど……」
容姿端麗、成績優秀、文武両道。
交友関係も広く──特に仲のいい友人は何人かいるものの、それ以外の生徒、例えば「話好きの烏丸」なんかとも友好的に付き合いをしている。
男子生徒はもちろん女子からの人気も高く、彼女のことを悪く言う人間はかなり珍しい。
けれど。
「は?」
友人は、『彼女』の呟きにあからさまな反応を見せた。
「あんなののどこがいいの? 私が誘ってもあんまりOKしてくれないし。みんなに良い顔してるだけで中身は性格悪いに決まってるじゃん」
「そうかなあ……?」
個人の誘いになかなかOKしないのは単に忙しいだけなんじゃないか。
『彼女』たちのグループはいわゆるギャル系、お金持ちのお嬢様である莉緒とはタイプが違う。それでもたまに誘いに応じてくれるだけ親切なのでは。
思うものの、『彼女』はそこまではっきり口に出せなかった。このグループを支配しているのは有人で、『彼女』はむしろ浮いているほう。たまに真面目過ぎることを言っては「空気読んで」と詰められている。
なので、この日も小さく呟くにとどめて、後は友人のご機嫌取りに終始したのだけれど。
◇ ◇ ◇
そのやりとりからたった二日後。
『四条さんと麻辣湯行くことになったから』
昼休みの終わり、友人から送られてきたメッセージに『彼女』は目を丸くした。
あんなに文句言ってたのに。
けれど、OKしないと後でなにを言われるかわからない。すぐに参加の返事を送って、息を吐いた。
麻辣湯は好きだけど、お小遣いは少し厳しい。
あと、放課後がギスギスしたらどうしよう。
思っている間に授業はどんどん進んで、LHRが終わってしまう。
急な腹痛とかで帰れないかと思いつつ集合場所に向かうと、妙ににこにこした友人と、その隣で自然な笑みを浮かべる四条莉緒の姿があった。
「こんにちは」
可愛い。前にも会ったことはあるけれど、一目見ただけでそう思ってしまう。
髪も肌も綺麗すぎる。本当に同じ人間なのだろうか。胸は羨ましいくらいに大きくて、きっと選べる下着の種類が少なくて困っているだろうなと思う。
「四条さん、来てくれたんだ」
「はい。今日は特に予定もありませんでしたので」
近くに寄ると、もう放課後だというのにふわり、といい匂いがする。
こんなの女同士だって好きになっちゃう、と思っていると、友人がふんと鼻を鳴らした。慌てて笑みを取り繕って、他の仲間たちと一緒に移動。
友人と莉緒は道中勉強の話題で盛り上がっていた。いつもは面倒臭いとか普通科が良かったとか言っているくせに、まるでマウントを取るみたいに頭の良さそうな雰囲気を出す。
少し不満に思いつつも、場を盛り上げるために必死に言葉を紡いで。
「ん、今日はいっぱい食べちゃおっかなー? 四条さんも、こういうところは遠慮しないで思いっきり食べたほうが美味しいよ」
店内は今日も多くの客で混雑していた。
いっぱい食べると言っても、夕飯を考えれば控え目にしておいたほうがいい。お小遣いだって無限じゃないし。
友人は、莉緒とはかなり差があるものの庶民から見たらお嬢様で、お小遣いもあまり気にせず使える。特進である程度の成績を維持している限りは「外で食べて来ちゃった」の一言で放任されるのでそのあたりまったく気にしない。
莉緒はと視線を向ければ、
「そうですね。せっかくですので楽しませていただきます」
家の者に連絡すると言ってスマホを操作すると、にっこり笑って麺や具材を検討し始めた。
姿勢を伸ばし、優雅に、それでいて手際よく動く姿が格好いい。少ないながらもいる男性客はもちろん、女性客からも多くの視線が送られる。
友人はちっと舌打ちしつつやけ食いモード。財布を気にせずかなりの具材を持っていたが、莉緒はさらにその上を行った。
春雨大盛り、担々スープに変更、具材は野菜を中心にどっさり、ドリンクに豆乳、さらに追加でライス(小)とデザートのアイスクリーム。
会計の値段は、見ているこっちが心配になるくらいだった。
「し、四条さん。そんなに食べて大丈夫?」
「ご心配なく。わたし、こう見えてあまり燃費が良くないほうでして。夕食は断ってしまったので、しっかり食べさせていただこうかと」
それはその体型なら……という言葉を呑み込んで「そうなんだ」と相槌。
各々席に着くとすかさず、友人が「四条さんさあ」と口を開いた。
「もうちょっと空気読んだら? 一人だけそんなにがっつり食べるとかありえないでしょ」
当人もだいぶ盛っているし、けしかけてのも友人のほうだった気がするのだけれど。
「ほら、そんなことしたら逆にみんなが空気読めてないみたいじゃん?」
それは日ごろから友人当人がやっていることで。
けれど莉緒は「申し訳ありません」と素直に謝ってくれる。
相手が下手に出たのを見て、友人はさらに強気になった。
「あ、そっか。四条さんお嬢様だもんね? このくらいのお金どうってことないよね? じゃあさ、この子たちのぶんも払ってあげたら?」
「え」
そんなことをしてもらうわけにはいかない、と言おうとするも、
「お金余ってるならいいじゃん。それに、悪いと思ってるんでしょ? ならそれくらいできるよね? それとも、自分さえ良ければいいの?」
ひどい。さすがにそれは、ひどい。今まで、理不尽なことがあっても我慢してきたけれど、さすがにどうかと思う。
そんな言動に莉緒は、きっぱりと答えた。
「お断りします。自分の分は自分で払う、これは当然のルールです」
「……あ、ふーん? やっぱり四条さん……四条って私たちのこと友達だと思ってないんだ?」
友達じゃなくて子分くらいに思ってるのは自分のほうじゃないか。
「わたしは、みなさんのことをお友達だと思っています。……いいえ、思っていました」
「は?」
なおも表情を崩さない莉緒は、毅然と、
「わたしにとって、一方的な施しをする相手はお友達ではありません。自分の都合で無理を押し付けてくる相手もです」
「っ。あのさあ、私たちの仲間に入れてもらっておいて、そんな言い方なくない!?」
がたんと席を立ちながら声を荒げる友人。周囲の視線が集まり、睨みつけられる莉緒にも非難の視線が行く。
「ほんと信じらんない! 非常識! 冷たすぎ! なんであんたみたいなのが平気な顔して生きてるの!?」
「あら。……お友達に『奢って欲しい』と求め、断られれば激昂するのが、あなたの言う常識的な態度なのですか?」
静かだけれど、莉緒の声は不思議と店内に響いた。
唇を噛んだ友人が鞄を掴んで店の入り口へ歩いていく。料理を持ってきた店員が呼び留めようとするも「いらない!」と罵声。
困惑した店員によって、友人の分の麻辣湯はテーブルに置かれた。
なんだろう。トラブルで食事どころじゃなくなったはずなのに、不思議とすっきりしている。
「お騒がせして申し訳ありません。……こちらのお料理は、彼女が戻ってきた時のためにしばらく様子を見て、それでも戻って来られないようであれば、勿体ないので処理してしまったほうがいいかもしれませんね」
結果的に、『彼女』たちは二、三割ほど多めに麻辣湯にありつけた。お腹は苦しくなってしまったけれど、満足感はあって。
「もし、なにか今後困ったことがあれば、いつでも相談してくださいね?」
別れ際、莉緒と交わした連絡先が、まるですごい武器のように『彼女』たちには思えた。