七月最初の日曜日。
雛瀬さんの運転する車が到着すると、彼女はもうそこで待っていた。
「時間ぴったりね」
流暢な『英語で』紡がれた言葉に、俺は微笑んで答える。
「久しぶり、エリカちゃん。元気そうだね」
「当たり前でしょ? そっちこそ、慣れない学校で泣いてたら笑ってやろうと思ったのに」
颯爽と車に乗り込んだ親友は、奥に座っていたみゆちゃんを抱きしめて。
「みゆも元気そうで良かった。莉緒に唆されて共学行っちゃったから心配だったの」
「もう、大丈夫だよエリカちゃん。私だって子供じゃないんだから」
「そんなこと言って、男子に告白されるたびにめちゃくちゃ困ってそうだけど?」
「うん、それはそう」
「もう、莉緒ちゃんまで!」
交わされている会話はここまでも、これからも変わらずすべて英語である。
雛瀬さんも、当然のように外国語で話す俺たちを訝しむことなく、
「行先は、予定通りショッピングモールでよろしいですか?」
「ええ。ひとまずそれでお願い」
「かしこまりました」
車が出発する。
「こうやってあんたたちと一緒に移動するのもほんと久しぶりな気がする」
「実際は三カ月くらいだけどね」
「十分久しぶりよ。中学まではそんなに長く会わなかったことないもの。この裏切り者」
「ごめんなさい。わたしはどうしてもあの学校じゃないとだめだったの」
「知ってるし、何度も聞いたわよ。今日水着を買いに行くのだって好きな男のためなんでしょ?」
「海水浴のためだってば」
「そうね。でも、海で見せたい相手は?」
努力の甲斐あって英語ぺらぺらになり、小中と校内の中核メンバーとして活躍してきたエリカは、すっかり自信あふれるお嬢様に成長した。
校内では品のある仕草や丁寧な言葉遣いも完璧にこなすが、今は俺の隣で足を無造作に投げ出している。
気心が知れているうえに遠慮のないエリカ相手だとさすがの俺も劣勢である。
「もう、あんまりからかわないで。というか、本当にエリカも一緒に来ないの?」
「行かないわよ。そいつをあたしが落としていいなら考えるけど」
「そんなことされたらエリカちゃんを本気でライバルとみなさないといけなくなるね」
「ふん、やってみなさい」
無駄に火花を散らしていると、むっとしたみゆちゃんに二人揃って叱られた。
「二人とも、喧嘩しないで!」
「ごめんなさい」「ごめんなさい」
◇ ◇ ◇
エリカが言った通り、今日の目的は海水浴に向けて水着を新調することである。
「去年の水着はもう使えなくなったわけ?」
「うん。サイズが合わなくなっちゃったから着られないかな。……そんなこと言って、エリカちゃんもまた大きくなってるよね?」
「まあね。って言っても、あんたには敵わないけど。どうなってるのよその体型。本当に純日本人よね?」
「うーん。パパの家系に外国の人がいなかったかどうかは聞いた覚えがないかも」
モールは一般向けの店舗が多いものの、ブランド系の店も多少は入っている。それに、高ければ高いほど良い品とも限らない。特に若者向けに関しては変に高級品にこだわらないほうが有効な可能性もある。
「こんなところで水着買って、あんたのおじいさまに怒られない?」
「おじいさまはわたしに甘いもの。それに、見せる相手は選ぶから大丈夫」
お嬢様学校に通うエリカも、ご両親から大事にされているみゆちゃんも着ているのはお高めの服。揃ってモールの駐車場に降り立った俺たちは、スーツ姿の雛瀬さんがついているのもあって「お嬢様×3+お付きの人」にしか見えなかった。
「でも、あんた用のサイズがあるかどうかは別よね」
「……気に入った品が見つからなかったらあらためて探すからいいの」
「り、莉緒ちゃん、私も探すの手伝うから!」
「うんうん、みゆはほんといい子ね。あんたに似合う水着も探しましょ」
「もちろん、エリカちゃんのもね」
水着は広い意味で言うとスポーツウェア。使う機会も限られているからと、みゆちゃんはだいぶ及び腰だったものの、いざ選び始めると案外楽しそうだった。女子として可愛い衣装を身に着けて心躍らないはずがないのだ。
しかし、俺のバストサイズだとほんとに水着がほとんどない。
誰だ、俺をGカップにしたのは。俺だった。
ちなみにエリカの胸は遥よりも少し小さいくらい。このくらいなら普通の店でもぎりぎりなんとかなる。みゆちゃんくらいの大きさだと選択肢が広く、俺とエリカは示し合わせたようにみゆちゃんを着せ替え人形にした。
「みゆって案外スタイルいいわよね。モデル体型とは言わないけど、読モなら余裕でできそう」
「すらっとしすぎてないから逆にみんなが親しみやすいんだよね」
繰り返すが、今日の会話はすべて英語である。
英語にこだわりのあるエリカ。そのエリカに初対面で喧嘩を売ってしまった俺。医者になるため外国語は必須のみゆちゃん。英語で会話できなくなったら負けという、俺たちの間ではわりとメジャーな遊びだ。
ただし、英語オンリーで話すお嬢様×3はだいぶ目立っていた。
あの子たち海外の子か? でも日本人っぽくない? 青い目の子が日本語話せないから合わせてるとか?
ひそひそ話される内容にエリカはご満悦だった。かつて目指した自身のイメージにしっかりと到達している。
「うーん、可愛いのも格好いい系も似合うわね。みゆの水着選ぶの楽しいわ」
「うん、来て良かったね」
「二人とも、自分の水着もちゃんと見てよ……!」
そう言われても、俺なんか売り場に近づいただけで店員さんが「無理でしょ」みたいな顔するレベルだし。
なんというか、大きな胸は男にとってロマンの結晶だが、維持するために多大な苦労があることを女になってしみじみと理解した。
ともあれとりあえず、見つけた中でいちばん良さそうな水着を確保。
ついでに服も軽く見て回って、昼食と甘いものをお腹に入れて、
「それで、この後なんだけど。水着も買ったし、ちょっと泳いでいかない?」
「は? このメンバーで市営プールにでも行くつもりじゃないでしょうね? ……あ、ナイトプールとかは余計だめよ?」
「違う違う。ホテルの会員制プール。うちは地元だと有名だから、そういうのご厚意で使わせてもらえるの」
「……ほんと、あんたってときどきめちゃくちゃお嬢様よね」
「使えるものは使わないと損だし、向こうの人も使ってもらえるほうが嬉しいだろうしね」
というわけで、俺たちは人の少ないホテルのプールで気兼ねなく水遊びをした。
泳いでもいいし、水に浸かって涼むだけでもいい。周りの迷惑になりにくいというのは実にいい。
さすがに7月に入るとだいぶ気温が上がってきたので水が気持ちいいし。
「ねえ莉緒、こういうところでドリンクとか頼めたりするんでしょ? ……記念に頼んでみてもいいかしら?」
「いいと思うよ。そのくらいなら言い出しっぺのわたしがご馳走──」
とか言っていたら、ホテル側が「四条様のお嬢様とそのご友人に」とトロピカルドリンクをサービスしてくれた。せっかくなのでありがたくいただくことに。もちろん、これは当日お礼を言ったうえで後日お礼状を送付、ちょっとした花束なんかも添えて感謝の意を表する。
ドリンクは果物をたっぷり使っていてすごく美味しかった。
「ね、ところで莉緒? ここって水着のレンタルもあるみたいね」
「そうだね」
「なんなら購入もできるみたいじゃない。最初からここで見たほうがあんたに合うのがあったんじゃない?」
「楽しかったからいいじゃない!」
こういうところで買うと割高になるからエリカやみゆちゃんに悪い、とは敢えて言わなかった。