白地に赤い花をあしらった浴衣姿を披露すると、四条家の使用人たちから歓声が上がった。
「これは美しい……さすがは莉緒様」
「賑やかな場であってもなお、みな振り返らずにはいられないでしょう」
「ありがとうございます、みなさん」
微笑んで礼を口にしていると「本当に綺麗だ」と優しい囁き声。
男性用の浴衣で普段とは異なる雰囲気にまとめた従兄が笑顔と俺の顔を覗き込んで、
「その柄はサルビアかい? 白地に赤で鮮やかだね」
「ええ、珍しい柄ですけれど、これからの時間帯には特に映えるかと」
自由度を増した現代風の柄だが、着物のつくり自体は高級店の一級品。
古い店の新たな試みを応援するのも古い家の務めだ。
ちなみに、浴衣を着るにあたって胸にはコスプレ等にも用いられる胸つぶしインナーを用いている。
「祭りの場にあっても、君が一番綺麗だろうね。さすがは僕の莉緒」
「お従兄さま、わたしはお従兄さまのではありません」
「うん? 婚約者なのだから、僕のものと言って間違いではないだろう?」
この野郎。
前に告白を受けて以来、なにかにつけて露骨なアプローチをしてくる。
髪形を変えれば綺麗だとか可愛いとか賛辞を送り、アクセサリーを付ければ目ざとく褒める。メッセージカード付きのプレゼントも定期的に贈られている。
嬉しいのは嬉しい。
イケメンかつ良家の御曹司から熱烈な愛情を受けているのだから女のプライドはたいそう満たされているけれど、意中の男以外からの愛情表現できゅんきゅんするほど安い女ではない。
あとこう、なまじ男の熱情を良く知っているだけに生々しい感じがしてだいぶ微妙な気分になるんだよな……。
形だけの婚約なのは家の者はほとんど知ってるんだから、あからさまな行為はもうちょっと控えて欲しい。
やはりお二人はお似合いだとか、これ以上絵になるカップルはいないとか言われて困る。
わりと本気で睨みつけてやっても、従兄は「そういう顔も可愛いね」とさらりとかわして。
「それじゃあ行こうか。皆様に我が家のお姫様を披露しにね」
そう。本日は家の事情により彼と行動を共にしなければならないのである。
◇ ◇ ◇
この時期、各自治体はこぞって夏祭りや花火大会を催す。
祭りはオカルト的な儀式の名残でもあり、地域振興や移住者増加のための施策だ。地元の名士である四条家はイベント自体に寄付という形で出資を行い、さらに企画段階から手伝いの人も出している。
また、当日に顔を出すのも必須だ。
祖父はそろそろいい歳なので直接出向かないことも多くなってきたものの、現当主である伯父は欠かさずと言っていいほど顔を出す。その場合、次期当主有力である従兄を連れて行くことが多いかった、今年は俺と従兄のペアで別行動となった。
俺も高校生になったので次世代をアピールしておくのも良いだろう、的な判断である。
祭りが始まってしばらく、スタートの勢いが落ち着いてきた頃。
家から大型車で関係者駐車場に乗りつけた俺たちは、複数の使用人を伴って運営本部へと顔を出した。
「こんにちは。四条の家より陣中見舞いに参りました」
「おお、これはこれは、四条のお坊ちゃんにお嬢様!」
頻繁に顔を出す従兄はもちろん、どうやら俺の顔も覚えられていたらしい。
年上の男たちが立ち上がって歓迎してくれるのはちょっと嬉しい。
「今日はお父上とは?」
「父は別途ご挨拶に伺う予定です。本日はご挨拶がてら、莉緒と祭りを楽しもうと思いまして」
「おお、そうですか。お嬢様も本当にお綺麗になられて」
「ありがとうございます。本日は『兄妹で』祭りを楽しませていただきます」
「? 兄妹で、ですか?」
「ああ、僕の『婚約者』は少し照れているのかもしれません」
無駄に張り合いつつ、使用人たちに差し入れの品を運び込んでもらう。
大型のクーラーボックスに詰め込まれているのは大量の氷と酒。別のクーラーボックスにはソフトドリンクと水。
別途ケースでも持ってきたので、冷えている分がなくなったらそちらを氷に突っ込めばいい。
「食べ物はいくらでも調達できると思いますが、乾きものも多少お持ちしましたのでよろしければ」
「これは何から何まで……。こりゃあ今日は飲みすぎてしまいそうですな!」
地域イベントの主体を担うのは年配の方になりやすく、こういう場では古い伝統が濃く残りやすい。地元の酒屋に発注した酒は缶ではなく瓶ビール多め、中枢メンバーに来賓が加わって酒盛りが始まるのはよくある話。
飲めない人もいるだろうからとノンアルコールやお菓子も用意してきたのはいちおう若者らしい配慮という形だ。
「せっかくですのでお酌をいたしましょうか」
「ははは、まだ祭りが始まったばかりだっていうのに、さては我々を酔い潰す気ですな?」
「ささ、お坊ちゃんはこっちで一杯」
「いえ、僕はまだ未成年ですので」
「まあまあそう硬い事言わず、大学生なんて多かれ少なかれ飲んでるものです!」
※良い子は真似しないでください。未成年の飲酒は法律で禁止されています。
バレなきゃいいで羽目を外しているし、地元の警察も「まあハレの日だから」で寛容になっているだけで本来はアウトだ。
でもまあ古い人間というのは酒が飲めないというだけで「あいつはだめだ」とか言い出してくる場合もある。こういうのに付き合うのも必要なのである。昨今の風潮を考えればきっと従兄の代の間には抜本的な改革が起こるだろう。
ちなみにもちろん俺は飲んでない。お酌しておっさんたちに鼻の下伸ばされただけだ。
うん、さすがに今回はエロゲ展開にはならなさそうだな。別にここ因習村とかじゃないし。
「お従兄さま、わたしをエスコートしてくださるのでしょう? お酒は一杯だけにしてくださいね」
「ああ、そうだね。では、皆様のご相伴に預かる役目は父に任せるとしましょう」
「そうですか? 残念だなあ……」
今回はなんとか逃げられたものの、二年後くらいには従兄もしこたま飲まされるんだろうな。
差し入れの運び込みも終わったので、使用人のほとんどは車で帰還していく。残ったのは別の車で来ていた雛瀬さん一人である。
「さて、莉緒。なにか食べたいものはあるかい?」
「あら、お従兄さまがご馳走してくださるのですか?」
「もちろん。いくらでもご馳走しようじゃないか」
さすが名家の長男、太っ腹である。
祭りの飲食代くらい──と、最近は言いづらい程度には屋台の値段も上がってたりするからな。本気で買い食いすると普通の学生じゃ辛い金額になりかねない。いいところの子であることに感謝。
今頃、一矢たちも来ていたりするのだろうか。
こっちの用事に巻き込むとあれこれ待たせることになりかねないので一緒に回ろう、とは約束しなかったのだけれど。
「そうですね。では、フランクフルトに牛串、焼きそば、りんご飴……あ、じゃがバターは絶対に欠かせませんね。それから……」
「莉緒。本当にしっかり食べるつもりだね……?」
そりゃあ、俺だって本当は前世ぶりにビール飲んだりしたかった。代わりにちょっと大食いするくらいは仕方ない。
ここぞとばかりに兄を振り回し、買い食いに励み、金魚すくいなんかを楽しんだ俺。
祭りを回っている間にまたしてもなぜか『-1』のポイント変化が起こったものの、直後に『+2』の加算音がしたので差し引きはプラスだった。