海水浴のために
夏休み、待ちに待った海水浴がやってくる。
休み中も予定でいっぱいの俺にとって、主人公──
泊まりがけで遊びに行けるこのチャンスを逃すわけにはいかない。
水着も買った。大人たちの目がほとんどなくなり、出先ではしゃげるこの状況、恋が進展するにはまたとないシチュエーション。
──ただ、懸念もある。
高校一年の一学期を学校占拠テロ事件だの魔法少女悪堕ち騒動だので荒らしてくれた黒幕(仮)が、俺の目の届かない間にまたなにかしでかすかもしれない。
それから、海水浴は名目上、俺と藤間兄妹、遥のほかに従兄も参加する。普段から一矢の訓練を担当しているので、指導役としてついてくるのは止められない。
このところ、従兄はだいぶしつこい。
「おはよう、僕の莉緒。今日も綺麗だね」
「やあ、莉緒。おやすみを言いに来たよ。夏とはいえ身体を冷やしすぎないようにね」
一矢へのアプローチを阻止しに来られるのは避けたいところだ。
俺は思案した末、このふたつの問題について手を打っておくことにした。
「莉緒様がお休みの間、私、ひばりが藤間一矢について監視を行わせていただきます!」
「ええ、お願いね、ひばり」
笑顔で意気込みを語ってくれたのは、このたび正式に俺の専属となった雛瀬ひばり──四条傍系にあたる一族の一人だ。
雛瀬。
なにをかくそう、彼女は雛瀬さんの妹である。顔も並ぶとどことなく似ている。ただし、昔の雛瀬さんがだいぶ生真面目というか固い感じだったのに対し、ひばりには愛嬌とやる気が溢れている。
元気があるのはいいことだけれど、気合いを入れすぎて空回らないか少し心配になる。……そんな印象も含めてみんなから愛されるタイプだ。
いろいろあって丸くなった雛瀬さんとの関係は悪くない。
ひばりは今年大学を卒業したばかりの22歳。
これまでも使用人として、退魔師としての仕事にはそれなりに従事していたものの、本格的な指導はまだということで、四月からの三~四か月をかけて雛瀬さんが仕込んでいた。
で、まあ及第点というところまで仕上がったので、俺が自由に使っていい人手として一矢たちの護衛を頼むことにした。
家に対する言い訳的には「監視」だ。
夏休みだからと言ってクズい行動を取るようなら俺の結婚相手候補から外さざるをえないので、動向を把握して逐一報告させるという体。
ちなみに異能者としての戦闘能力自体は姉である雛瀬さんよりも上だ。
これはついでに付け加えた「実は雛瀬さんとは父親違いであり、父は藤間の分家筋」という裏設定のせいだ。つまり彼女は、本人も知らないものの一矢・結弦とは親戚にあたる。
……と、これらの設定はもちろんヒロインポイントを使って「生やした」ものだ。
神様の遣いを名乗る黒猫のぬいぐるみ(今は黒猫そのものに進化)に「君は物語のヒロインだ」と一方的に言われた俺。
前世で彼女にフられまくったのにヒロインなんて、と思ったものの、前世では叶わなかった「一途に相手を想う恋人、配偶者」をなる機会だと考えてヒロインとしての努力を重ねてきた。
他のヒロインと異なり転生者である俺は、ヒロインとしての特権を自覚的に用いることができる。ヒロインムーブを重ねることで「ヒロインポイント」なるものを得て、自分の設定を強化するのに使えるのだ。
姉である雛瀬さんと同様、ひばりはポイントによって得た「特典」の一部であり、そのためよほどのことがない限り俺を裏切ることはない。
特典を得ると過去も含めて世界そのものが改変されるため、俺の脳内にはこれまでひばりと過ごしてきた日々も生えている。
バロンをはじめとするわんこたちにも嬉々として世話を焼いてくれるひばりはとてもいい子である。
あ、ちなみに雛瀬さん(姉)のほうの名前は「つばめ」だ。
今更変えるのもなんかしっくりこないので、雛瀬さんは今まで通りの呼び方、妹のほうはひばりと呼ぶことにする。
さて。これでとりあえず、一矢たちになにかあればひばりから連絡が来る。
世界改変を察知できないひばりでは対応できない事態もあるが、その規模の介入なら俺の記憶にも影響がありそうだし、そもそも俺が監視してても改変自体は防げない。
最低限の策は打てたのでよしとする。
「それで、婚約者のほうはどうするんだい?」
喋る黒猫のクロこと自称神様の遣いは、俺の特典によって与えられた「存在を俺以外に認識されない」能力を使っておおっぴらに尋ねてくる。
俺はそんな彼もとい彼女の背中を撫で──おおいに嫌がられてから答えた。
「もちろん、邪魔者には邪魔者をぶつけるんだよ」
クロは「へえ」と面白そうな顔をした。
「キミが自分から話をややこしくしにかかるのか」
「敵の敵は味方だからな。従兄と食い合ってくれれば逆に俺は動きやすくなる」
「なるほどね。具体的には?」
「従兄の婚約者候補というか、俺がいなければ実際婚約者だった女を用意する」
ヒロインにはイケメンの相手役がいて、イケメンには「私が結ばれるはずだったのに!」とヒロインに敵意を向けてくる親しい女がいる。少女マンガの王道である。
「せっかくだからかなりハイスペックにしておくか」
「ポイントのほうは大丈夫かい?」
「からかうなよ。特典に使うポイントは設定の重さじゃなくて、俺への貢献度で決まる。お前が知らないはずないだろ。……まあ、システム改変系なんかは別っぽいけど」
つまり、ハイスぺの恋敵を設定しようと俺に恩恵がなければろくなコストはかからない。
「莉緒。キミ、だいぶこすっからいことを考えているね?」
「そこまで大したことじゃない。ただ、俺の婚約者を奪い取ろうとする恋敵は、貢献どころか邪魔な扱いだよな、って」
ステータス(ゲーム的な意味ではなく社会的な意味)である「イケメンの婚約者」が脅かされるのだ。マイナスポイント……にはさすがにならなかったものの、必要になるポイントは本当に最低限だった。
設定を終えると、さっそく世界改変が実行されて。
「お嬢──莉緒様! 桜様がご挨拶に参られました」
「わかったわ。通してちょうだい」
ひばりの報告に静かに応じて、俺は彼女を迎え入れる。
必要な時以外は基本洋装な俺に対し、ぴしっと和服で決めた美少女。胸も俺と対照的に控えめであるものの、細く可憐なスタイルが和装にとても似合っている。
人形のような顔立ちとは裏腹、その瞳にはしっかりとした意思の光があり。
俺と応接間で相対しても、こちらへ真っすぐに対抗意識のようなものを向けてくる。
清宮桜。
「突然の訪問申し訳ございません、莉緒様。面会を了承してくださり感謝いたします」
「とんでもありません。桜様とは幼い頃からの仲ですもの。当然のことです」
彼女の父は四条の分家筋であり、近くの神社に婿入りして今は神職を担っている。
幼少から厳しく躾けられてきたお嬢様であり、四条の血と巫女の血を併せ持つハイブリッド。ちなみに相手の神社にはもともと、ときどき四条の血が入っていたため──実のところ俺より血は恋可能性があるというか、がっつりうちの親戚である。
退魔師としても優秀なので従兄の相手役としては申し分ない。本家の血を引いているのに四条の籍を離れている従姉妹、などという都合のいい人間がいなければ彼女が次期当主の妻だった。
「それで? お話というのは」
ほとんど俺が仕向けたようなものだというのにしれっと尋ねれば。
桜もまた毅然と答えた。
「はい。柊也様との海稽古、私も参加させていただきます」