「どうして桜まで参加するんだ」
「何度もご説明したではありませんか。藤間の血族が用いる異能に興味があるからです。それに、女性の指導は女性のほうが適任かと」
海水浴もとい海稽古の前日、従兄──四条柊也に想いを寄せる少女、清宮桜は四条家に泊まることになった。当日合流するよりそのほうが楽だから、という理由だ。
桜がここに泊まるのは初めてのことじゃない。
四条の血族は「血の濃さ」「才能」によって大きく二種類に分けられる。中心人物として人を使う側と、使用人や力の弱い退魔師として仕える側。
桜は前者。
正月など親族が集まる場では俺や柊也とよく一緒に遊んでいた。
勝手知ったる家。彼女はお客様として座っているどころか、夕食の支度を手伝って手製の肉じゃがを披露してみせた。そっと柊也の前に置かれた器には、他より明らかに多く具材が盛られている。
「柊也様のために心を込めて作りました。どうか召し上がってくださいませ」
淑やかな態度でそう告げて、それからちらりとこちらを見る彼女。
どうです? ただ座っているだけのあなたとは違うのです。そんな声が聞こえてきそうだ。
わかりやすく対抗意識を燃やしてくる彼女に、俺はこう思った。
いいぞもっとやれ。
その調子で従兄を落としてくれるとむしろ動きやすくなる。
家庭的な面を見せるのも、清楚さを強調するのもいい作戦だ。
ただ、
「へえ。これは美味しそうだね」
答えた従兄の表情はよく見るとあまり嬉しそうではなかった。
海行きに邪魔が入ったうえ、それを阻止できなかったのでややご機嫌斜め。それに加えて、
「あの、桜さま」
俺は少女にそっと声をかけ、耳打ちをした。
「お従兄さまはそれほど肉じゃががお好きではないのです」
「なっ……!? ですが、和食はお屋敷でもよく召し上がっていらっしゃると」
男に家庭的アピールする時の代表料理みたいに言われたりする肉じゃがだが、俺としてはこれを好物にしている男は多くないと思う。特に若い時はそう。もっとしっかりした肉料理──豚の角煮とか唐揚げのほうが効果的なんじゃないか?
これがもう少し歳を重ねて日本酒とか好むようになると話は別なんだろうけれど。
「頻繁に出されるからこそ飽きていらっしゃるのです。むしろご本人としてはハンバーグやビーフシチューなどの洋食のほうがお好みですよ」
「っ。ご忠告はありがたく頂戴いたします……っ!」
上から目線やめてくれない、とばかりの顔をしながらも素直にお礼を言ってくれる桜。そう、悪い子じゃないんだよな。恋敵には優しくできないだけで。
「お従兄さま、七味はいかがですか? 辛味が加わるとより食欲をそそるかと」
「ああ、いいね。この肉じゃがに合いそうだ」
七味を多めに振りかけた柊也は、そこで再び文句に戻って、
「女の退魔師なら莉緒がいるだろう」
「確かに莉緒様も優れた退魔師ですけれど、聞けば藤間結弦さんのお力は神聖なものだとか。であれば、巫女として修業を積んでいる私がお力になれると思います」
「それは……そうだけど」
ぐぬぬ、と言った様子で肉じゃがを口に運び始める青年。好みはありつつも、出されたものはできる限り平らげるのが彼のいいところである。
じゃあ桜にももう少し優しくしてやれよと思うものの、外面を取り繕うことになれた彼が素になれる相手というのも貴重なのだろう。……相性いいんじゃないか、この二人?
「今更言っても仕方ないことはわかっている。ただ、邪魔はしないでくれよ?」
「心得ております。柊也様は藤間一矢さんの指導に専念してくださいませ」
そうすれば俺と一矢が一緒に居られる時間が減る……これは柊也にとってもいい話だと。そしてその実、桜としては俺と一矢の仲を邪魔したいとは思っていないのだから、なかなかに恋の駆け引きって感じである。
俺もそれに乗っかって、どうにか桜と柊也が話せる時間を作ってやりたい。
そう思っていたら、またしてもとんでもない事態が俺に襲い掛かってきた。
◇ ◇ ◇
翌日、午前五時過ぎ。俺は頭に響く大音響で強制的に目覚めさせられた。
「っ!? これは、いったいなんの騒ぎですか……っ!」
思わず文句を言ってしまったものの、その音がスマホのアラームだの緊急地震速報ではないことが目を開けてすぐにわかった。
驚くべきことに、俺の視界を「ヒロインポイント加算」のメッセージが埋め尽くしていたからだ。
「なんだよ、ついにバグったのかこの世界……!?」
加算メッセージはしばらくすると消えていったものの、まだ頭痛と目眩が収まらない。
愚痴を吐いた俺に「心外だね」と応じたのはクロだった。
「正常な動作だよ。単に、大量のヒロインポイント加算が過去に遡って行われただけさ」
「は? ポイントは一度に+3までじゃ……いや、そうか。過去分がまとめて付与されたならその制限はないのか。でも、なんで」
「少し考えればわかるんじゃないかな? そんなことが起こるのは、主人とのエピソードが大幅に追加されたか、あるいは『主人公が増えたか』だ」
「は……? はあああああっ!?」
いや待てよ、それはさすがに世界の根幹を揺るがしすぎだろ!? なんで主人公が二人になるんだよ……って、いやまあ、そういうのもあるっちゃあるな。ゲームなんかだと章ごとに主人公代わるのとかも見たことある。
試しに主人公追加もできるか試してみたところ、結果はヒロイン追加と同じく『100ポイント』。
俺はなんとなく自分のポイントを表示してみる。馬鹿みたいに増えていた。
「………安くね? さっきみたいに、増えた主人公ぶんのヒロインポイントが返ってくるんだよな?」
「自分が『新しい主人公にとってのヒロイン』になれる保証はないけどね」
ああ、そうか。そういう問題もあるのか。新主人公にヒロイン認定されなければ100ポイントが水の泡。おまけに、ヒーローポイント(仮)を駆使する人間がもう一人増えてしまう。
増えた主人公がラブコメ主人公ならいいが、ハードなエロゲの主人公だったりしたら俺の身まで危ない。
「これ、明らかに例の黒幕の仕業だよな? 俺にたっぷりヒロインポイント与えてなにが目的なんだ……?」
「さあ、そこまではなんとも言えないかな。さっきも言った通り、新主人公にとって誰がヒロインになるかは操作できないし」
「単にそこは想定外だった可能性もあるってことか」
ひとまず言えることは。
俺は、はあ、とため息をついて、
「新しい主人公にとっても俺はヒロインだった。つまり、俺はどっちの主人公とも結ばれる権利がある」
「そうなるね。さて、新主人公に心当たりはあるかな?」
「この状況だったら一人しかいないだろ」
とはいえ、一応確かめておきたい気もする。俺は主人公が誰かわかる特典を願って──『15ポイント』高い。なら、出会った人物が主人公であればわかる特典『3ポイント』。OK、購入。
じりじりと待って、朝食の席で従兄を見つめると、やっぱり、反応があった。
従兄──四条柊也は、藤間一矢と同じく、この世界の主人公になった。
「おはようございます、お従兄さま。気持ちの良い朝ですね」
「おはよう、莉緒。晴れて良かったね」
ぴろん、と、音を立ててヒロインポイントが加算される。
「気づいているかい、莉緒? これでもう、君は藤間一矢に縛られる必要はなくなった。このままその男と結ばれても使命は達成だ」
「いや、今更恋愛対象を変えたら浮気だろ」