前世の俺は、生涯で五人の女の子と付き合って毎回向こうから別れを切り出された。
死因は、浮気性の男と責める女のいさかいを止めようとしたからだ。
だから、浮気はしない、一度相手を決めた以上はフられるまで想い続けると決めている。
従兄──柊也との婚約は始まった時から双方合意による『形だけの婚約』。
俺が一矢を射止められれば解消するかりそめのものだ。
「今回の海稽古にあたっては、私とひばりが皆様の身の回りのお世話をさせていただきます」
さて、旅行当日の朝である。
移動に備え、俺たちはそれぞれ動きやすい格好に身を包んでいる。
柊也は淡い色合いのシャツに綿のパンツ。
桜は白ブラウスに膝下のフレアスカート。
俺はあざとく麦わら帽子に白いワンピースだ。
柊也は目を細めて「可愛いよ」と俺たちに告げ、それから俺を見て囁く。
「莉緒がどこかの誰かに攫われてしまうんじゃないかと心配になるよ」
「ご心配なく。お従兄さまほどではありませんけれど、わたくしも鍛えております。そこらの悪漢に後れを取ることはありません」
それにほら、桜が「ぐぬぬ」って顔になってるじゃん。
と思ったら、雛瀬さんと一緒に控えているひばりがどこか羨ましそうな表情をしていることに気づいた。その視線は主に従兄を追っている。
ふむ、なるほど、そういうことか。
柊也のヒロインは俺、桜、ひばり。あと一人か二人くらいはいるかもしれないけれど、こんなところなのだろう。
使用人の身分であるひばりには少し厳しい勝負にはなるものの、俺としては応援してやりたい。
「ひばりも、今日は少し可愛らしい格好をしているのね?」
「えっ!? は、はい、海ですので、涼しげな格好がよろしいかと」
「ええ、とてもよく似合っているわ」
「よろしくね。莉緒さんの専属なら、なんの心配もないでしょう」
基本はいつもの黒スーツでも、ジャケットを外すだけでだいぶ見た目が白っぽくなる。シャツは半袖で、代わりに白いレースの手袋をつけているのが可愛くも涼しげだ。髪もアップスタイルで首が晒されている。
主人を密かに思っているのがいじらしくて愛らしいと思うのに、反応してくれたのは桜の方。従兄のほうはそれからようやく「よろしく頼むよ」と言うだけだった。
「僕達も子供じゃないしね。着替えや入浴くらい自分でできる。できるだけ自分のことは自分でできるようにしておくいい訓練にもなるだろう」
「あら。柊也様のお世話でしたら、喜んで参加させていただきますのに」
「そういう事を軽々しく口にするんじゃない」
とまあ、そんな感じで、俺たちは伯父と祖父に挨拶をしてから出発した。
人数が多いので今回は黒塗りの高級車──ではなく大型車である。
指定通りの時間に藤間家に着くと、夏の高校生らしい格好の三人と無事に合流。
「わっ、綺麗な子がいる! あの、莉緒ちゃんのお姉さん……ですか?」
「初めまして、清宮桜と申します。莉緒さんとは親戚にあたりまして、幼い頃から仲良くさせていただいております」
「よ、よろしくお願いします、藤間結弦です。……もう、ほら遥姉さん。やっぱりもう少しちゃんとした格好してきたほうが良かったんじゃない?」
「はは。気にしなくて構わないよ。僕達も今回はだいぶ楽な格好をさせてもらっているしね」
「そう言っていただけると助かります。……えっと、四条さんも、おはよう」
足を閉じて座る俺に視線を向けて、なんだか眩しそうに目を細める一矢。
整った顔立ちに引き締まった身体の彼がややラフな格好をしていると、夏の空気によく似合う。
ぴろん。
「四条さんの私服はやっぱり新鮮だな。普段は学校で会う事が多いから」
「本当、莉緒ちゃん、すごく似合ってる!」
「ふふっ。ありがとうございます。みなさんも軽やかな雰囲気で新鮮ですね」
海までは高速に乗って移動することになる。このあたりはお嬢様でも庶民でもあまり変わらない。車内は冷房が効いているため夏の陽気でも快適だ。
一矢と柊也、あといちおう俺と桜と、あまり相性の良くない組み合わせがいるので少し心配していたものの、遥と結弦が人当たりのいいタイプなのもあって、車内の空気はあっさりと打ち解けた感じになった。
「運転やナビは姉様と私が担当いたしますので、皆様はご歓談くださって大丈夫ですよ。お菓子とお飲み物も用意してありますので、よろしければお召し上がりください」
訂正、お嬢様はやっぱり一味違う。
お菓子と言われた遥がわなわなと震えて俺を見る。
「私、こういうの初めてなんだけど……よそのおうちの車の中でお菓子とか食べていいのかな?」
「遥、ああいうのは社交辞令だよ。はいそうですか、って本当に食べ始めるのは失礼になるから気を付けような」
「いえ、あの、本当にお召し上がりいただいて構いませんよ……?」
「ひばりの言う通りです。もしこぼれても、後で掃除いたしますのでお気になさらず」
「こぼしたらみなさんのお仕事が増えるってことじゃないですかっ!?」
と、ひと悶着あったものの、遥たちも慣れてくるとちょっとずつ手を出してくれるようになり。
「ちなみに、今回の旅費および諸経費はすべて四条家が負担いたします。遥、藤間くん。これがどういう意味かわかりますか?」
「……まさか、この旅行でどれだけ飲み食いしてもタダってことか?」
「正解です」
「に、兄さん、私たち、後で内臓とか売らされないかな……?」
「ああ、覚悟しておいたほうがいいかもな……」
「ありません。大丈夫ですので安心してください」
途中立ち寄ったSAで買い食いしたりもしていたら、昼食はいらないくらいお腹が膨れた。
「あ、でも、トイレだけはしっかり済ませてくださいね。こればかりは権力でも財力でもどうにもなりませんので」
「き、気をつけます」
正確にはキャンピングカーならトイレスペースがついていたりするが、今回は居住スペースの必要がないため、代わりにシート数と広さを優先した大型車を採用している。
「今更ですが、今回は二泊三日を予定しております。帰りにもSAに寄りますので、お土産はその時にしましょうね」
「荷物が増えちゃうもんね。うん、楽しみは後に取っておく」
わいわいやる遥たちを見て、桜は「大勢いると賑やかですね」と上機嫌だった。
「桜さんは女子校ですけれど、男性にも慣れていらっしゃるようですね」
「ええ。実家が実家ですので、男性とお話する機会も少なくありません。ただ、学校の異なる同世代の方とのやり取りはやはり新鮮ですね」
「はい。こういった経験も将来の役に立つかと」
女は結婚相手によって生活が大きく変わることが多いから、どんな経験も無駄になるとは限らない。桜に限って変な男に引っ掛かることもないとは思うけれど。
「莉緒さん。私たちは利害が一致している……そういうことでよろしいのですよね?」
「もちろんです。桜さんの狙いを邪魔する意図はわたしにはありません。お互いにベストを尽くしましょう」
密かに頷き合う俺たち。せっかくのイベント、大いにヒロインポイントと好感度を稼いでヒロインレースを有利に進めて欲しい。
「四条さん、ちょっと助けてくれ」
「? どうしました、藤間くん。これはメロンパン、ですか?」
「ああ。調子に乗って買ったけど食べきれないかもしれないから、少しもらってくれないか」
「なるほど。ええ、喜んで」
上機嫌で一矢と談笑していたらブザー音が響いて『ヒロインポイント:-1』。ああそうか、主人公が二人になったってことはこういうこともあるのか……!!
つまり、あっちを立てればこっちが立たない。
大量にポイントもらえていて良かったなこれ……?