「お待ちしておりました柊也様、莉緒様、桜様、皆様」
四条家所有の合宿所は広くてしっかりとした建物だった。
歴史はかなり古いそうだが、何度も改築や建て替えを経ているので古臭い印象はない。別荘と呼ぶほど華やかさはない代わりに部屋数は多く、訓練用の空間だけでなく大浴場やバーベキュー場なども備えている。
専属の管理人もいて、雛瀬さんたちと一緒に俺たちの世話をしてくれる。
「部屋はどうしようか。一人一部屋でもまだまだ余るくらいだけど」
「せっかくだからみんな一緒のほうが楽しいんじゃないかなっ?」
「そうだね。それじゃあ男女で分かれることにしようか」
柊也としても一矢の動向を監視しやすいのは好都合なのだろう、あっさりと遥の希望が通り──桜が夜這いに行ったりしづらい代わりに、柊也が俺のところに忍び込んでくることも難しい部屋割に。
「夕食までしばらく時間があるから各自、着替えて海に集合しようか。稽古は毎日こなすに越したことはない」
「え、海水浴はお預けですか!?」
「遥。もう十四時過ぎですし、泳ぐのは明日でもいいのでは?」
「それもそっか。それじゃあ、晩御飯が美味しくなるように身体を動かすってことで」
合宿所から海までは少し距離があるものの、プライベートビーチ含めた一帯には認識阻害の結界が張られている。一般人には訓練の内容が悟られないほか、水着で歩いても怪しまれないといったおまけの効用もある。
運動着は水着も含めていくつか持ってきたが──俺はふむ、と少し考えて、
「桜さん、お手伝いします」
堂々と巫女服を用意してきたらしい桜にそう声をかけると、彼女は「よろしいのですか?」と少し戸惑ったように尋ねてきた。
「莉緒さんも着替えがあるのでは」
「わたしと遥は少々ずるができますので、問題ありません」
「うん。なに着てても変身しちゃえば同じだもんね」
「遥姉さんずるい。私も魔法少女に……なるのはちょっと恥ずかしいけど」
言いつつ結弦は夏用のスポーツウェアを取り出している。汚れたし破れたりしたときのためか、学校指定のものではなくプレイベート用の市販品だ。
いそいそと着替える桜、結弦をよそに遥はさっさと変身。
もちろんフォームは悪堕ち状態ではなく白系統の正規バージョンだ。
「遥姉さん、前から思ってたけど……それ、高校生が着るには可愛すぎない?」
「可愛いからいいんだよ!? 前の時の莉緒ちゃんみたいにえっちな格好になるほうがまずいもん!」
「遥、ひょっとしてわたしのあの時の格好、だいぶ引きずってますね?」
「ええと、まあ、私もあの時の四条さんはえっちだったと思いますけど」
「結弦さんまで……!? 仕方ないではありませんか、あの時は機動性を重視する必要がありましたし、モノクローム・キティは肉弾戦が主体なのですから」
退魔師としての巫女っぽい格好とは食い合わせがあまり良くないのだ。
ぐぬぬ、となった俺は、衣装をもう少し地味なものに調整して纏うことにした。
袴を模したスカートは三枚重ねで長さ違い、それぞれ別の位置にスリットを入れることで動きやすさを確保。上半身はノースリーブの黒レオタードの上から巫女服風の白いトップスを纏う。肩はざっくり切れ込みを入れて通気性を確保したが、脇見せくらいなら健康的な範疇だろう。
髪は神楽鈴をイメージしていくつも小さなおだんごを作り、残りは垂らす。
「どうですか? これくらいなら問題ないでしょう?」
どうだ、とばかりに他の女性陣を見れば、遥はうーんと首を傾げて、
「莉緒ちゃんが着るとなんでもえっちになるのかも」
「それはわたしにはどうしようもないのでは……!?」
同意を求めて桜を見ると、彼女はむしろ遥に同意のようで。
「莉緒さんの容姿は正直、反則だと思います。……いえ、柊也様が胸の大きさで女性を判断するような方だとは思いませんけれど」
「古来より、豊かな胸は豊穣の象徴。母としての役割を考えれば評価基準になることはありますものね」
「そうなんだ……私も、もう少し胸が大きければ兄さん喜んでくれるのかな」
「ユズちゃんはそのままでいいと思うよっ。あんまり大きくても動きづらいし」
桜と結弦が「持ってる側の余裕か?」とでも言いたげなジト目になった。
◇ ◇ ◇
「わ、ほんとに誰もいない!」
「ここなら多少派手にやっても損害が出づらいし、足場の悪いところで戦う訓練にもなる。それから、潮騒は精神集中を助けてくれるはずだよ」
二、三分ほど歩いて砂浜につくと三チームに分かれて訓練になった。
柊也と一矢、桜と結弦。
余った俺と遥は魔法少女同士、怪我をしない程度にじゃれ合っておくことにする。
「結界には外傷を和らげる効果もあります。遥、多少派手にやっても大丈夫ですよ」
「わかった! じゃあ、ちょっと本気でやるねっ」
命や一般人の安全がかかっていない魔法戦なんてめったにあるものではない。遥はノリノリで魔法弾やらなにやらをばんばん飛ばしてきた。俺はそれをかわし、あるいははじく。だんだん楽しくなってきたのか、この前のテロで見せた狙撃形態までお目見えした。
ライフルのように変形した杖は射撃精度を上げる代わりに連射力が落ちる……と思ったら、弾速まで格段に上がった。こっちも少し本気出して集中しないとかわしきれない。
「あははっ。たまにはこういうのもいいかもっ」
遥は「一度やってみたかった」と言いつつ、ガンプレイあるいはバトントワリングのごとく杖をくるくる回しながら連射力まで上げてきた。まあ今度は精度が落ちたが、
「遥! 撃つ方向は考えてくださいね! 他のみなさんには間違っても当てないように!」
「大丈夫、莉緒ちゃん以外には当てないから!」
「というか、遥姉さんと四条さんが強すぎだよ……!」
二人して調子に乗っていたら結弦に悲鳴を上げられてしまった。釘を刺してもらえたのでいったんバトルを中断。
そこで桜がくすりと笑った。
「ふふっ。柊也様も全力を出されれば、同じくらいお強いはずですよ」
「そうなんですか……!? やっぱり退魔師の人たちってすごいんですね……!」
そうなのか、やっぱり退魔師の跡取りってすごいんだな。
……いや、俺は知ってたけど。従兄が主人公化したことで彼のスペックも上がったらしく、記憶にある実力も書き換わったのだ。
今までは「設定上は強い」だけで特にヒロインポイントを割り振ってはいなかったため、悪堕ちした遥にも後れを取りまくっていた。が、これからは主人公として彼自身が主体的に騒動に関わっていけるようになった。
「そのお従兄さまに教わっているのですから、藤間くんも同じくらい強くなっていただきたいですね」
「あはは、だって、兄さん。頑張って!」
「結弦……あのなあ、他人事だと思って無茶言うなよ!?」
と言いつつも、一矢の身のこなしはどんどん良くなっている。もともと身体能力は高いので、異能なしでの戦いならすでになかなかのものだ。その辺の奴と喧嘩する程度の状況なら特に危なげなくクリアできるだろう。
だというのに従兄ときたら、
「まだまだだね」
と言いながら、容赦なく一矢をぼこぼこにしていく。もちろん異能で治せるように場所や威力は加減しているのだけれど、それが逆に力の差を見せつけるような格好になっていて。
「くそ、まだまだだな、俺は」
少年がそう呟くのを、俺は確かに聞いた。