転生お嬢様な俺は、どうやらヒロインらしい   作:緑茶わいん

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書き換わった記憶の行方

「どういうことか説明してもらおうか」

 

 帰宅後、俺は真っ先にクロに迫った。

 話を聞いた自称・神様の遣いは「なんだ、そんなことか」とあっさりとした反応。

 

「どうやら彼女は君の物語からはじき出されたらしいね」

「はじき出される……?」

 

 クロは俺に首根っこを掴まれたまま「いいかい?」と顔を上げて。

 

「君はヒロインだ。世界にとっての重要度は主人公に次いで高い。だから、君の傍から退場させられた者は、君の物語に関われなくなる。君以外の者はあの子の記憶・印象が急速に薄れていくはずさ」

「それって、まさか消えるってことか……?」

 

 ぞくりとした。

 言いようのない恐怖を、クロの「そこまでは言わないよ」という言葉が拭って。

 

「よほどのことがない限り消滅はしない。ただ、同時によほどのことがない限り、あの子が今後、君に関わってくることはない」

「俺が、あの子を懲らしめたから……?」

「まあ、そうだね。卒園までケンカを続けていれば腐れ縁ができていたかもしれない」

 

 俺はクロをベッドに下ろすと、自分の両手を見つめた。

 

「……俺が、れいかちゃんの運命をねじ曲げてしまったのか」

 

 れいかちゃんの両親は、わざわざ俺と同じ小学校に娘を入れたりはしないだろう。

 学校選びが違えば、その先の進路だって。

 

「なにを当たり前のことを言ってるんだい?」

「……クロ?」

 

 バロンに負ける黒猫のぬいぐるみ。じゃれ合いめいたやり取りもしてくれて、本音で話しても大丈夫な相手。

 その彼(?)が、急に得体の知れないものに思えてくる。

 

「いいかい? 関わり合った人間に影響が出るなんて当たり前のことだ。例えば、前世で君が交際した女性たちだって、君と出会わなければ別の人生を送っていたかもしれないだろう?」

「そう言われれば、そうだけど。でも、それとこれとは」

「同じさ。規模や程度は多少違うかもしれないけどね。いいじゃないか、原理的に、もうあの子と再会せずにすむんだから」

 

 ものすごく無慈悲なことを言っているようで……どうやらこいつは、俺を慰めてくれているらしい。

 

「それとも、君は、反省したあの子を子分にでもしたかったのかい?」

「……いや」

 

 それじゃれいかちゃんと大して変わらない。それに、あそこから謝られても気分よく付き合うのは難しかった。

 

「ちょうど良かったじゃないか。君は将来、主人公をめぐって他のヒロインと争うことになるんだ。その予行演習だと思えばいい」

「ヒロインレースは別に蹴落とし合いじゃないだろ」

「似たようなものさ。なにしろ、複数の女たちから好いた男を奪い取るんだからね」

「そう、か。ヒロインで居続けるってそういうことなんだな」

 

 主人公を裏切らない。ずっと一途であり続ける。そのためには、彼を想う子たちに恋を諦めさせなければならない。

 

「正しいことだけじゃだめなんだ。先生の言ってた通り、多少のずるさを持たないと」

「前世の記憶があっても、女の子の人生は初めてだろう? これからいろいろと学んでいくといい」

「ん。……そうだね、そうする」

 

 莉緒モードで答えて、俺は小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 俺がまた、決意を新たにしたところで。

 

「そういえば、ポイントをいくらか獲得しただろう? 獲得条件についてはなにかわかったかい?」

「ああ」

 

 ウィンドウを開けば、れいかちゃんとの騒動で獲得した3ポイントが浮いたままの状態で残っている。

 

「なんとなくわかった気がする。たぶん、ヒロインポイントを手に入れるには『ヒロインらしい体験』が必要なんだ」

「へえ」

 

 相槌だけを打ったクロは「続けて」と俺を促してくる。

 

「ヒロインってのはたいてい、重要な過去を持ってるだろ? 昔いじめられてたとか、主人公と結婚の約束をしたとか、優秀な姉と比べられて育ったとか。そういう、物語に使えそうな体験をするとポイントが入るんじゃないか?」

 

 クロは前に「1~3ポイント」が相場だと言っていた。

 つまり、この前のあれは俺にとって「幼少期の挫折」という大きなイベントとして処理されたわけだ。

 あとたぶん、主人公へ直接的な恋愛アプローチをするのも有効なんだろうが……会えてもいない今はまだ実行しようがない。

 

 俺の推測をクロは「なかなかいいじゃないか」と褒めてくれた。

 

「それで? わかったうえでポイント獲得の助けになりそうかい?」

 

 俺は苦笑して「ううん、正直無理かも」と言うしかなかった。

 

「そんなイベント、自分から作るのは難しいよ。れいかちゃんみたいな子を自分で唆すわけにもいかないし」

「やれやれ。やっぱり君は甘いね」

「それはそういう性格だから仕方ないよ」

 

 

 

 

 俺の考えた通り、特筆するほど大きなイベントは起きないまま。

 俺たち年長クラスの子供たちは進学を本格的に考えるシーズンに突入した。

 

「皆さんは来年の三月でこの幼稚園を出て、小学校に入学します。多くの子は上の初等部にそのまま入ると思いますが、親御さんともうお話はしていますか?」

 

 先生からもそんな風に話をされて、俺たちはそれぞれに進学について考えることになる。

 

「莉緒ちゃんのところはどうするか、お父さんお母さんから聞いてる?」

 

 みゆちゃんがそう尋ねてくると、他の子たちも俺たちの話に耳を傾けてくる。

 れいかちゃんが転園していって以来、いつの間にか俺とみゆちゃんがクラスの中心的な存在になっている。

 まあ、あの意地っ張りなお嬢様を「やっつけた」と考えるとそれはそうか。

 

「ううん、たぶん内部進学だと思うけど……みゆちゃんは?」

「私はお父さんからいろいろ言われてるの。お医者さんになるなら、別の付属小学校に行くのもいいんじゃないかって」

「そっか、小学校からそういうのがあるんだ……」

 

 医者になるなら将来は男も相手にすることになる。

 レディースクリニックを開いて異性をシャットアウトすることもできなくはないかもだけど、今のうちから男に免疫をつけておくのも手だ。

 そうすると、女子校じゃなくて共学に行ったほうが便利かもしれない。

 あとは医学部の強い大学の付属小学校に入っておけばあとが楽とか、お父さんが医者ならいろいろ情報も入ってくるだろう。

 

「でも、獣医さんを目指すなら行きたい大学も変わってくるでしょ? 今はまだ無理して考えなくてもいいって言われてるけど、悩んじゃって」

「みゆちゃんのパパ、心配してくれてるんだろうけど難しすぎだよ……」

 

 将来のビジョンがないまま大学に通ってるやつ、ごろごろいたぞ。

 

「そうなの。もう私、頭がわーってなっちゃって」

「そっか……」

 

 なんとかしてあげたいけど、俺になにができるだろう。

 

「そうだ。それじゃあ、おやすみの日に、わたしと一緒に調べてみない?」

「莉緒ちゃんと一緒に?」

「うん。もしかしたら、パパとママもなにか教えてくれるかもしれないし、あと、バロンとも会って欲しいし」

 

 調べもののほうはついでというか、大人の情報網に敵わないだろうけど、動物とのふれあいで少しでもリフレッシュしてくれれば。

 バロンの名前を聞いたみゆちゃんはぱっと表情を明るくして、

 

「うんっ、お母さんに聞いてみるね!」

 

 幸い、お互いの両親からは快諾された。

 休日の我が家にみゆちゃんとそのお母さんをお招きする形だ。うちの両親もいつも休みの日にいないわけではないとはいえ、このためにちょっとスケジュールを調整してくれたっぽい。

 

「バロン、良かったね。みゆちゃんと遊べるよ」

「わう!」

 

 愛犬ともふもふ戯れていると、それを本物の猫のごとく高所にのぼって眺めるクロ。

 

「やれやれ。そうしているとただの子供だね」

「あ、もちろんお前は静かにしてろよ。みゆちゃんはなにも知らないんだから」

「はいはい」

 

 こうして俺は初めて、自宅に親友を迎えた。

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