「なにあれ、なんなの……!?」
結弦が悲鳴を上げたのも無理はない。
タコは、全長10m以上と見られる異様な大きさをしていた。
曇り空の向こうから、無数の吸盤付きの触手をくねらせ向かってくる姿はまさにデビル。この世の終わりを感じさせると言っても過言ではないだろう。
「大ダコ……だな」
「カズくん、見ればわかること言ってる場合じゃないよ!?」
「おそらくは海魔の類でしょう。水害の化身として現れる厄介な相手です」
桜の発言に柊也が頷き、
「だけど、あんなサイズの化け物はそうそう現れるものじゃない。間違いなく伝承クラスの脅威だ」
「つまり、どういうことですか……?」
「放っておいてなんとかなる保証は低いということです。こちらに向かってくる以上、わたしたちでなんとかするしかありません」
一帯に結界を張っているのが良かったのか悪かったのか。騒ぎになることは抑えられるが、一般からの救援はほぼ期待できない。
天候不順もこいつの仕業か? せっかくの海水浴だっていうのになんてことをしてくれる。
「せめて武器が必要ですね」
俺は魔法少女姿に変身すると、取り寄せの魔法を用いた。
柊也の霊刀と、桜が愛用する鈴。一矢には専用武器がないため、彼が訓練に使っている木刀を呼び出す。
「ありがとう、四条さん。これがあればだいぶ違うよ」
「はい。ですが、油断しないでください。衣装がこれでは、軽く撫でられただけで傷になりかねません」
全員水着なのでいろんな意味で防御力ゼロである。いや、俺と遥は変身で衣装変えられるから平気か。ラブコメ的には水着のまま戦ったほうがおいしいんだろうが。
「結弦君。完全に接近される前に、可能な最大威力で雷を叩き込んでくれるかい?」
「わ、わかりました、やってみます!」
武器を必要としない結弦がぎゅっと両手を握り合わせて、祈るように雷を生み出し始める。
桜はしゃん、しゃんと鈴を揺らしながら舞を開始。清浄なる音が場を清め、俺たちの心を落ち着かせていく。
魔法少女となった遥は杖を遠距離狙撃形態に変え、俺は魔力で弓を形作った。
「せーの!」
結弦の手のひら、遥の杖、俺の弓からそれぞれに雷が放たれ、海魔を直撃する。異能によるそれは落雷ほどの轟音は伴わないものの、それでもすさまじい衝撃。
人が浴びれば何回も死ねるレベルの雷撃を浴びて、しかし敵は。
攻撃を受けた怒りを表すように大きく身を上下させながら、移動のスピードを上げてくる。
「効いてない……!?」
「いや、効いている! 単にしぶといだけだ! 諦めずに攻撃を加えていけば必ず倒せる!」
「は、はいっ!」
敵の上陸までに攻撃できたのはそれぞれあと二、三回ほど。ただし初回ほどの威力は出せず、やはり巨大ダコは止まってくれない。
「行くよ、莉緒! 藤間君は無理をせず、触手から桜たちを守れ!」
「はいっ!」
「くっ……わかりました!」
霊力による足場を空中に形成しながら、俺と従兄は高速で敵に接近。
丸太のような太さの触手が八本、うち半数程度が持ち上げられて俺たちを打ち据えようと、あるいは掴み上げようと狙ってくる。それをよく見てかわし、
「そいつ、柊也さんより四条さんを狙ってないか!?」
「魔の者の中には特に女を獲物とする者もおります。陰の気を吸うことで力を得たり、あるいは繁殖に用いることも──」
「やっ……!? そ、そんなの、絶対嫌です!」
結弦の意見に俺も賛成である。これが体感ゲームとかだったら「きゃああ!」とか言って捕まってみてもいいが、命と貞操がかかっている時にやる度胸はない。
俺たちは真面目に刀や拳、蹴りによる攻撃を加えて──手に伝わってくるぬるりとした感触に、俺は思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。
打撃はだめだ。諦めて荷物から短刀を引き寄せる。多少はマシになったものの、柊也の刀ともども触手の太さとぬめりで十分な切断がかなわない。
おまけに、絶えず振るわれるせいで同じ場所を狙いづらく──少しでも間を開けると徐々につけた傷が治っていく。
「再生までするの!?」
飛行しながら遠間から魔力弾を撃っていた遥が心底嫌そうな声を上げた。うん、タフなうえにHP回復してくるボスとかほんと勘弁して欲しいよな。
「怪しげな神話の、怪しげな化け物だったりするのでしょうか……!」
「あるいは、同じ水害の化身、ヤマタノオロチの伝承が合わさっているのかもしれません。西洋のヒドラの伝承も紐づいていれば、身体が再生するのも納得できます」
「待ってください、タコは足が八本で、ヤマタノオロチは首が八本ですよね!?」
結弦のツッコミはもっともだが、伝奇もののオカルト考証なんてわりとなんでもありだ。屁理屈っぽいものがひねり出せればOKくらいの精神でわけのわからないものがお出しされてくる。
「再生か……ならばっ!」
霊力により刀身を強化、延長した斬撃が見事、触手の一本を斬り飛ばす。……できるなら最初からやれよとは言うなかれ、MP的なものを消耗するうえにその分、ステータス強化に回せる量も減るのでぽんぽん放つのは得策ではないのだ。
しかしこれで、斬られた触手は三分の二ほどの長さになった。問題は、
「やはり再生するのですね……!」
「ね、そのヤマタノオロチとかヒドラってどうやって倒したんだっけ!?」
「ヤマタノオロチは大量の酒で眠らせたところを討たれ、ヒドラは斬った首を炎で焼いて再生を防いだそうですが──」
「お酒そんなに用意できないし、タコは濡れてるんだよ!?」
さらに悪いことに、タコは墨まで吐いてきた。喰らえば視界が塞がりかねないし、毒もあるかもしれない。かわすしかなく、後ろにいる結弦たちもよりいっそう位置取りを気を付けなければならなくなる。
中衛を務める一矢も太い触手を懸命にはじき返しているが、このままでは。
「ならば……はあああっ!!」
従兄がやったのと同じ要領で、俺は短刀を強化。それを投擲して、タコの本体へと深くめりこませる。
これでは穴は開いたものの武器がなくなってしまうが……それでいい。
俺は刺さった短刀に雷を叩き込む。そうすれば、金属を伝って内側へと攻撃が浸透。効いたのか、タコは怒ったように俺を狙いに来た。
「なるほど! それなら……やるよ、ユズちゃん!」
「うんっ!」
すかさずそこに遥と結弦の雷が叩き込まれる。吸い込まれるように短刀に打ち込まれたそれらがばちばちとタコの身を焼き、
「はっ!」
生じた隙に、従兄の斬撃が触手や本体を大きく切り裂いていく。あと一押し。けれど、さすがにこちらの体力・精神力も削られてきている。そしてここにきて手負いの大ダコは今までで最高の猛攻を見せる。
触手が波を叩き、しぶきを散らし、こちらの視界をかく乱しながら墨と触手がこちらを狙う。かわせば、もはや固執する必要はないとばかりにその巨体自体を前進させて結弦や桜へと向かう。
こうなると、敵と少女たちの間に立つのは──。
「藤間くん!」
けれど、一矢はしっかりと海魔を見つめたまま立っていた。手に握られた木刀が、引き絞るように構えられて。
「大丈夫だ、四条さん。こいつは俺がやる。みんなや、四条さんのおかげで、やり方がわかったような気がする」
その手に生まれた霊力が木刀を包む。柊也の技と同じ。いや、より収束させ、攻撃自体も線ではなく面狙い。
すなわち、その一撃は槍のように、あるいは矢のように。
大ダコの本体を貫いて、今度こそ、その命を散らした。
殺された勢いを、敵はなんとか取り戻そうともがくも、だんだんとその力を失って、くたり、と触手を下ろしていく。消滅はしないのか? だとすると処分が大変というか、タコ焼きにしたらいったい何個分になるだろうかと──。
「え?」
音。
呆然と見れば、彼方から特大の『波』が迫っていた。幸い市街地へと到達するほどではなさそうだが──海魔が最後の力で呼んだのか、勢いが早い。
いや、ちょっと待て、これは洒落になってない。
飛んで逃げれば? いや、遥と力を合わせたとしても四人を運ぶのは無理だ。気を抜いた直後、しかも死闘の後の従兄では走っても追いつかれる。
「ユズちゃん!」
「桜っ!」
遥が結弦を、柊也が桜をかばうように抱きしめる。……くそ、それしかないか。まるで誰かがこの展開を熱烈に希望したようで癪だが。せめてヒロインポイントを──この際10ポイントくらい盛大に使って幸運を盛り、ついでに俺の運が周りにも分け与えられるようにしておく。
そうして。
俺は、大技の直後でやはり消耗している一矢を、絶対に離さないとばかりに抱きしめながら、津波に呑まれた。
そして。
目が覚めたらどこかの洞窟に一矢と二人きりだった。
「いや、だからなんでだよ!?」
「今更そんなことに文句を言ってどうなるんだい」
あ、クロもいた。俺のオプションみたいな扱いだから失踪したりはしないのか。そこは便利だ。