「四条さん。……良かった、目が覚めて」
例によってクロとの会話は他人に認識されないため、一矢は俺の奇行に気づかなかった。
俺の目覚めた場所は、暗い洞窟の中だ。
ちょっとしたホールのようで天井が高い。小さな穴が開いているのか、上から明かりが射し込んでいてなんとか目が見える。
変身は解けており、俺たちは水着姿だ。
「藤間くん。わたしは、どれくらい眠っていましたか?」
「わからない。でも、俺が気が付いてからは何分かしか経ってない。たぶん、そんなに時間は経ってないと思う」
こくんと頷いて、俺はふと少年の頬が赤いことに気づいた。
「もしかして、人工呼吸をしてくださったのですか?」
「し、してないからな!? しようとしたところで四条さんが起きただけで……!」
「……緊急事態なのですから、そこまでお気になさらずとも」
まあ、救命行為であろうともファーストキスには違いないわけで。どうせなら起きている時にして欲しいのも確かなので、そうならずに済んで良かった。
「水は飲んでない?」
「おそらくは。もしかしたら飲んだのかもしれませんが、変身している時だったのが幸いしたのでしょう」
天井の穴はほんの小さなもので、そこから出ることはできない。
「わたしたちが流されてきたのは、向こうの横穴のほうですね」
「だと思う。ただ、すぐ外に出られるのか、分かれ道があるのか……」
「移動すれば明かりもありませんものね」
下手に移動して迷ってしまえばそれこそどうしようもなくなる。
そうなるくらいなら、ここにいて、穴から人の声が聞こえるのに賭けるほうがいいかもしれない。
「四条さん、魔法で穴を開けたりは?」
「申し訳ありません。戦いで力を使ってしまいましたし、寒さで体力も落ちているのでそこまでの余力はなさそうです」
「そうか。それは、だいぶ厳しいな」
眉を寄せる一矢。
「こんなところじゃ休もうにも休めない。せめて身体を温めないと」
「明かりを出すくらいならなんとかなりますので、いちかばちか外を目指してみる……という手もあります」
「それで入り口が海に面していたら絶望じゃないか?」
二人分の体重を支えながら飛行するのは今の状態じゃ無理だ。
「水着でなければ服を燃やすこともできたのですが」
幸い夏なので、洞窟の中とはいえ凍えるほどではない。濡れた身体さえなんとかできれば多少は落ち着けるだろう。
ただ、燃料なしで火を出し続けるのは光を生むよりきつい。
「四条さん。俺たちが流されてきたのはたぶん向こうからだ。床の濡れ方が違う」
「なるほど。ということは……」
指に小さな明かりを灯し、ドームの奥のほうに向かうと、ビンゴ。枯れた流木などが散乱している。おそらくこの辺りまで水が来るのは台風の時などごく一部に限られているのだろう。
一矢が集めてくれた流木に点火すると、しばらくしてちょっとした焚火が完成した。
熱、というのはこういうとき本当にありがたい。近くにいるだけでじんわり身体が温まっていくのがわかる。
「一度、水着も絞って乾かしたほうがいいですね」
「あ、ああ。……その、それはそうだけど、着替えは」
「休憩して変身できるようになるまでは難しいですね……」
答えつつ上半身の水着に手をかけると、一矢は慌てて「向こう向いてるから!」と俺に背を向けた。
「というか、なんでそんなに落ち着いてるんだよ……」
「……これでも、かなり動揺しています。と、言ったらどうしますか……?」
「っ」
ぴろん。
「ごめん。その、四条さんがあまりにも無防備だからさ。こんな時だっていうのに、最低だな、俺」
「いいんですよ。こんな時だから、わたしだってつい、あなたに気を許してしまうんです」
「え」
水着は絞るとけっこう水が出てくる。これはやはり着ていないほうがマシだ。
焚火の傍に広げて置きつつ、
「藤間くんも温まってください。……背中を向け合っていれば、お互いに見えないでしょう?」
「あ、ああ」
背中合わせになると、一矢の体温が伝わってくる。濡れた着衣の範囲が狭かったせいか、彼のほうが温かい。
「わたし、実はそれほど心配していないんです」
こうして無事なのは特典で幸運を上げたおかげだろうし、洞窟で二人きりなんて絶好のシチュエーションが来たのは俺たちがこの世界の主役だからだろう。……と、そういう本音は言わず。
もうひとつの本音を口にする。
「藤間くんがいてくれますから。一人ではないので、なにも心細くありません」
「はは。俺なんか、枝を集めるくらいの役にしか立ってないけどな」
「そんなことはありません。大ダコとの戦いでも、大活躍だったではありませんか」
彼は強くなった。無力感を味わうイベントからの覚醒があまりにも早すぎる気もするけれど。それはイベントを詰め込んでくる黒幕のせいなわけで。
「格好良かったですよ、あの時の藤間くん」
ぴろん。
「四条さんはさ」
少年の声は少しだけ震えていた。
「お嬢様だろ。遥や結弦とは違って、身体を見られるとか、男に抱きつくとか、そういうのはしないじゃないか。なのに、男と二人きりで、いいのか?」
お互い、非常時なせいで、普段なら言わないことがほいほい口をついて出る。
俺はくすりと笑って、
「いいんです。あなたなら、気にしません。……他の男性が相手なら、きっと、怖くて仕方なかったかもしれませんけれど」
ぴろん。
「それ、って」
こんな場所なので、お互いが黙ってしまうともう、焚火のぱちぱちという音くらいしかしなくなってしまう。
「そんなこと言われたら。……言われたら、さすがの俺だって勘違いするぞ」
本来ならもう少し、時間をかけてアプローチする予定だったのだが。学校占拠の件やら従兄の圧力やらなにやらでだいぶ距離が縮まっている。おまけに夏の空気と、誰にも邪魔されないこのシチュエーション。
これで落とせないなら、次のチャンスはクリスマスまで伸びてしまうんじゃないか。
いいかもしれない。
少しはしたないけれど、ここで一回きりの「最初の告白」を使うことになっても構わない。その結果、そのまま行くところまで行ってしまうとしても、それはもちろん、恋愛すると決めた時点で覚悟している。
……ものすごく心臓が高鳴るのは、仕方ないとして。
「勘違い、だと思いますか?」
背中合わせだというのに、お互いの鼓動がうるさいのがわかる気がする。
「っ」
反射的に振り返った少年に、首だけを向けて視線を合わせる。
びくっと、石化でもさせられたように硬直する彼。
「藤間くんの言った通り、わたしはお嬢様です。……わたしに傷をつけてしまったら、あなたは当家から『わたしの相手だ』とみなされます」
「~~~っ」
一人に決められない。そう言っていたのは彼自身。衝動的な行為だとしても、進んでしまえば後戻りはできないことをあらためて強調する。
それでもいいと、言って欲しいとどこかで思いながら。
数十秒か、数分か、あるいは十数分か。
長い沈黙の果てに、一矢は。
「渡したくない」
「っ」
息を呑んだ。
「君を渡したくない。あの人にも、誰にも。俺が独り占めにしたいって、そう思ってる」
勝った。そう思った。あまりにもはしたないけれど、ここまでの道のりを思えば仕方ない。
ただ、もちろん、遥たちを負かしたという意味ではなくて、このシステムを制したという、そういう意味での達成感。
俺は、肩に彼の手がそっと触れるのを感じて。
次の瞬間。
「ここだ! カズくん、莉緒ちゃん、危ないから壁際寄っててね!」
魔法少女の魔力砲撃が洞窟の天井をぶち抜いた。