天井をぶち抜いて舞い降りた魔法少女は、栄養ドリンクやおにぎり、温かいお茶の入った水筒、それから簡単な着替えなどの入ったスポーツバッグを抱えていた。
昼食前に流されてお腹ぺこぺこだった俺と一矢は栄養を補給、おかげで俺も変身できるところまで回復した。
「遥たちは遠くまで流されなかったんですか?」
「うん、なんとか。ぐるぐるーって振り回されたけど、ビーチで解放されたよ」
じゃあ、俺たちだけが運悪く、あるいは運良く洞窟まで引き込まれたわけか。
「カズくんと莉緒ちゃんだけいないからすごく焦っちゃった。桜さんにも協力してもらってこの場所を突き止めて、急いで来たの」
「ありがとうございます、おかげで助かりました。みなさんも無事で何よりです」
微笑んで礼を告げれば、遥はなぜかジト目になって俺に耳打ちしてくる。
「……ね、莉緒ちゃん。カズくんとなにもなかった、よね?」
「ありません! 背中合わせでしたので裸も見られていないはずです。……おそらくは」
「え、ねえ、それってちょっとは見られたってこと!?」
「おい、なんの話してるんだよ!?」
「カズくんがえっちだっていう話!」
遥、もしかして俺たちの仲が進展するのを警戒して慌ててたんじゃないだろうな……? まあ、他のヒロインから邪魔が入るのもラブコメのセオリーか。
ともあれこれでなんとか助かった。黒幕からの横やりはたぶんもうないだろう。あるなら俺と一矢が孤立している状況で化け物に襲わせていたはず。
……さて。
ここまでしてくれたんだ、少しは意趣返しをしてみるか。俺は指を動かさず思考だけで特典ウィンドウを操作し、新しい特典を取得する。
『覗き返し』。肉眼以外のものを介してこちらを見る者を察知し、逆にその姿を覗き見ることができる能力。10ポイントと安くはなかったが、これでうまくいけば──あ、え? あー、へー、なるほど? ふーん、そういうこと?
俺は、目が合った相手の姿をしっかりと確認して。
そういうことかと頷いた。向こうがこっちを見ている時しか見つめ返せないので、視覚はすぐに途切れてしまったものの、情報としては十分。
とはいえ、これだけでなにができるわけじゃない。
ポイントを大量に払えば排除できるかもしれないが、相手がどの程度の力を持っているかもわからないのに迂闊に手は出せない。
それに、こいつは世界のシステムに干渉してやりたい放題しています、なんて周りに訴えても「頭大丈夫?」と言われかねない。下手したらこっちが悪者だ。
もうしばらく様子を見る。ポイントシステムがこちらと一緒なら、相手は都度3ポイントまでしか貯まらないそれを湯水のごとく使っているはず。巨大ダコだのテロリストだの魔女だのを毎回けしかけてきているんだから。
こっちはそのイベントのたびにポイントを増やしているわけで、待てば待つほど勝算は上がると思われる。
そんなことを考えながら、俺は遥の案内で空から合宿所まで戻った。ちなみに一矢は遥に抱えられて運ばれた。
「莉緒様! ご無事でなによりです。……あなた様の身になにかあれば、私は腹を切ってでもお詫び申し上げるつもりでした」
「もう、大袈裟よ、雛瀬。戦いの中でのトラブルはつきものなのだから」
「でも、本当に心配したんですよ!? 海での遭難は本当に危険なんですから」
「ご心配をおかけしました。本当に、運が良かったのだと思います」
みんなが優しく声をかけてくれた。従兄は──俺を抱きしめんばかりの勢いで近寄ってきて、何かを躊躇うように肩に手を置いて。
「本当に、無事で良かった。……そこの男にひどいことをされなかったかい?」
俺はくすりと笑って答えた。
「まさか。藤間くんはとても紳士的に、わたしを守ってくださいました。とても感謝しております」
「……藤間一矢、話がある」
俺の返答をどう受け取ったのか、柊也は怖い顔で一矢をどこかに連れていった。本当のことしか言っていないのだが、すまない一矢。
男子組がいなくなった場で、遥は「聞いてユズちゃん、桜さん!」と声を上げ、
「莉緒ちゃん、助けに行った時裸だったんだよ! カズくんも!」
「まあ! 莉緒さん、おめでとうございます」
「そんな……! 四条さん、そこまで積極的に兄さんに迫ったんですか!?」
「迫っていません! 状況的にそうなってしまっただけで、なにもありませんでした。……結弦さんも、兄妹なのですから裸を見せ合ったことくらいあるのでは?」
「そ、それは……ありますけど」
ごにょごにょ濁す妹の態度に、遥が「ユズちゃんの裏切り者!」と悲鳴。
「ち、小さい頃の話だから! 遥姉さんだって、昔の兄さんと一緒にお風呂入ったことあるでしょ?」
「そ、それはまあ……あるけど」
あるんやないかーい、と、思わずエセ関西弁でツッコミたくなった。
「時間があればそういうこともあったかもしれませんけれど、そうはなりませんでした。だからこの話はここでおしまいです。それより、せっかくの海水浴が台無しになってしまったことのほうが重要でしょう」
「そうだね……。今日はもう泳げそうにないし」
遭難した俺たちの捜索やらなにやらですでに昼を回っているし、天候は回復の兆しを見せているもののまだ予断を許さない。なによりあんなことがあった当日にもう一回泳ぎに行くのはなかなかの暴挙だ。
しょんぼりする俺たちを見た雛瀬さんは少し考えて、
「明日、帰還が多少遅れる程度であれば問題ないでしょう。午前中を海水浴にあて、それから帰路についてはいかがですか?」
「っ! はい、そうしたいです!」
「そうですね。私としても、もう一度柊也様に水着姿をお見せしたいですし」
「では、決まりですね」
というわけで、俺たちは翌日、午前中を使って海水浴を堪能し直し(その時はひばりと雛瀬さんも護衛がてら一緒だった)、それから帰宅した。
あの大タコはいくらなんでも想定外だったが、思わぬ実戦経験を積めたわけで。訓練としても夏の思い出としても十分、成果のある合宿だったと言っていいだろう。
◇ ◇ ◇
帰宅した後は報告やら健康診断やらであれこれ大変だった。なにしろ次期当主の婚約者が他の男と一緒に失踪しかけたのだから、祖父も含めてさすがに心配されまくった。
これに関しては正直に話すしかない。
幸い、検査ではどこも異常はなかったため、これに関して特にお咎めはなかった。巨大ダコ戦で一矢が見せた技の影響も少なくなかっただろう。
「では、藤間一矢は確かに霊力を操ったのだな?」
「はい。お従兄さまの技を見様見真似で自分なりに変形させたようで、大型の怪異相手にも威力を発揮しておりました」
「……残念ながら、火事場の出来事故にその後は再現できないようでしたが、少量ながら霊力の放出は可能になった模様」
「ほう。そうかそうか。それは重畳」
にやりと笑った祖父は、独り言なのかそうでないのか微妙な雰囲気で、
「ならば、本格的に藤間一矢の取り込みを考えなくてはな。莉緒が成功すればよし、そうでなければ桜を寄越すか、あるいはひばりを使っても良い」
これに従兄は面白くなさそうな顔をした。
「藤間一矢は複数の女性から想いを寄せられております。篭絡は容易なことではないかと」
「なんだ、柊也よ。お前が莉緒の心を射止めていればこれほど話は拗れてはいないのだぞ」
「それは……」
ぐっと言葉に詰まる彼。彼の望みを叶えてやれないのは申し訳ないが、俺としても、桜やひばりが一矢用のヒロインにされるのは歓迎できないので、
「引き続き、藤間一矢へのアプローチを続けます」
「うむ。……お前はよくやっている。風向きも良くなっているのではないか、莉緒?」
だといいのだが。黒幕の件がある以上、まだまだ予断を許さない状況だ。