「こんにちは、お邪魔します。どうぞよろしくお願いしますっ」
「お招きいただきありがとうございます。娘のために、申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。莉緒もこの日を楽しみにしていたんですよ」
とある日曜日、みゆちゃん母娘が我が家に来訪。
みゆちゃんのお母さんはいいところのお嬢様っぽい上品な雰囲気の人で、おっとりしたところがよく似ている。
彼女は手にケーキ屋さんの箱を持っており、それからみゆちゃんは小さなケージを大事そうに抱えていた。
柵の向こうからそっと様子を窺ってくるのは、アメリカンショートヘアの美人さん。
「あ、もしかして、この子がマリア?」
「うん、そうだよ。せっかくだから一緒に連れてきたの」
恐る恐る出てきた彼女に「こんにちは」と笑顔を向けると、多少は警戒を解いたのか抱っこさせてくれた。
いい毛並み。
手触りもいいけれど、もふもふのバロンと違って身体にはしなやかさがあって、小さな莉緒の身体でもすっぽり抱きしめられるサイズ。
犬もいいけど、やっぱり猫もいいな。
と、そんなところで、おん! と声が響き、びくっとしたマリアはみゆちゃんの腕の中にさっと退避してしまう。
尻尾をふりふりしながらやってきたうちの愛犬に、俺は「もう!」と声を上げて。
「バロン、いきなりだとみゆちゃんたちびっくりしちゃうでしょ」
「……わう」
心なしか申し訳なさそうにするバロン。言えばわかってくれるあたり、この子はやっぱり賢い。
「いい、バロン? みゆちゃんにも、もちろんマリアにも噛みついたり、痛くしたらだめだよ? わたしの大切なお友達なんだから」
「わう!」
「うん、いい子ね!」
なでなでしてやると尻尾をぶんぶん。
それを見ていたみゆちゃんがとろけるような表情になる。
「ね、莉緒ちゃん。私も触ってみていい?」
「もちろん。はい、どうぞ」
もともと敵意はなかったのだろう、バロンはむしろ自分からみゆちゃんにすり寄っていき、されるがままなでなでされてくれる。
撫でるのに邪魔になると判断したのか、マリアはふたたび俺の腕に。けっこう心を開いてくれたのだろうか。
なんだかんだ玄関で話し込んでしまっているので、母が二人をリビングに誘い、ちょっとしたティータイムに。
母の淹れてくれた紅茶と、お持たせのケーキに舌鼓だ。
「初めまして……ではなかったですね。ご無沙汰しております、莉緒の父です」
「以前、幼稚園でお見掛けしましたよね。こちらこそ、ご無沙汰しております」
父も「莉緒のお友達が来るなら」とわざわざ予定を空けて家にいてくれた。なんというか、たまに寂しいときもあるけれど、我が家の両親はたいぶ娘を溺愛している。
「本日は、みゆさんの進路についてのお話ということでしたが……」
「ええ。と言っても、特にご相談や具体的なお話があるわけではございません。ただ、もしなにか参考になるような体験談でもお聞かせいただければと」
答えたみゆちゃんのお母さんは、バロンに「これはあげられないの」と話しかけている娘を見て、くすりと笑む。
「そうですね。莉緒も、みゆさんも、まだ幼稚園ですからね」
「四条さんは、莉緒さんの進路をどうお考えなのですか?」
「莉緒の希望次第ですね。我が家には家業と言えるものもありませんし、この子のやりたいことを尊重するつもりです」
それで思い出したのか、みゆちゃんがはっと顔を上げた。
「そうだった。ね、莉緒ちゃんは小学校のこと、なにか決まった?」
「うん……。実はね、まだ少し迷ってるの」
眉を軽く下げ、俺は素直にそう答える。
「内部進学でいいと思うんだけど、共学の学校に行くのもいいかなって」
「どうして?」
首を傾げるみゆちゃん。みゆちゃんのお母さんは「あらあら」とちょっと楽しそうな表情に。
「莉緒ちゃんはやっぱり、男の子がいたほうがいいのかしら?」
「はい。えっと、あの……まだ、パパやママにも言ったことないんですけど」
ちらりと視線を送ると、父が「まさかこの歳で恋人が!?」みたいな表情になる。心配しなくてもまだそこまでの話はない。
「わたしには、どこかに運命の人がいるんです」
「運命の」
「人……?」
父、母、みゆちゃん、みゆちゃんのおかあさんが揃って「なんて?」という顔になった。
「どこかにいる運命の男の子と、わたしは将来恋をするんです。でも、女の子だけの学校にいたら男の子には会えないでしょう?」
もちろん、本気で運命の恋を信じているわけではない。
というか、上位存在から主人公の存在を告げられているのだから、信じる信じないの話ではない。
俺に課せられた使命は説明できないので、ここは夢見る少女っぽく「恋愛に興味があります!」と主張しておくことにしたのだ。
あと、俺の中にある少女としての感覚が、主人公の存在へ素直に運命を感じている。
「でも、小学校からはさすがに早いかなって。どこにわたしの王子様がいるかもわからないし」
「そうだね。そんなに急いで探す必要はないんじゃないかな」
「そ、そうだよ! 莉緒ちゃん、そんなに焦らなくてもだいじょうぶだよ!」
父はわかるものの、なんかみゆちゃんにまで焦ったように言われてしまった。
気を取り直したように紅茶を口にしたうちの父は、「まあ、そうだね」と。
「二人とも、まだまだ時間はあるんだ。小学校は自分がどうしたいか、を一番に考えてもいいんじゃないかな」
「そうなのかな?」
「そうさ。パパだって、昔はいろいろ悩んだ。もしかしたら他の道だってあったかもしれない。でも、自分で選んだから今のパパがあるんだ。それはきっと間違いじゃなかったと思う」
多くは語られなかったものの、人には歴史があることを感じさせる言葉だった。
……ヒロインポイントで我が家の状況を改変すると、そんな父の歴史も書き換えることになるわけで、若干心が痛む。
「莉緒は将来、なにかやりたいことはあるのかい?」
尋ねられた俺は、んー、と考えてから、
「立派なお嫁さん!」
旦那には、少なくとも俺が専業主婦でいられるくらいには稼いで欲しいの意。
あと、仕事をすることで夫婦仲に亀裂が走るようでは相手に一途でありたい、という俺の信条を違えることになってしまう。
楽をしたいと言っているようでいて、なかなか達成の難しい夢である。
現実的にやり遂げるには、在宅かつ、ある程度自由裁量でできる仕事をするほうがいいかもしれない。
作家とか、翻訳家とか、小物を作ってちまちま売るとか?
「そ、そうか、お嫁さんか……」
「……むう」
娘が嫁に行く話からそらしたかっただろう父はものすごく複雑そうな顔になり、みゆちゃんもなぜか頬を膨らませる。
ご機嫌斜めになりつつある少女へ心配そうにバロンがすり寄り、マリアは逆に「やれやれ」とばかりに俺の膝へ。
ええと、これは、みゆちゃんは俺がどこかに行ってしまうと思ったのか?
「あのね、みゆちゃん。わたし、もしできたら、みゆちゃんと一緒の小学校に行きたい」
結婚なんて当然まだまだ先の話だ。
俺は慌てて親友に、ありのままの気持ちを伝える。
言われたみゆちゃんは狐につままれたような顔をして、
「えっと、私も、共学に行くってこと?」
「ううん、どこでもいい。でも、みゆちゃんと一緒がいい。だって、みゆちゃんはわたしの、いちばんのお友達だから」
ぴろん、と音を立てて『ヒロインポイント:₊2』の通知が来た。
真っすぐに視線を向けられたみゆちゃんは、どこか照れくさそうにほんのりと笑みを浮かべると「うんっ」と頷いた。
「私も、莉緒ちゃんと一緒がいい。莉緒ちゃんと一緒の学校に行きたい!」
結局、俺たちの進学先は二人とも内部進学、このまま園の系列の小学校──というか初等部に進むことになった。