「なにが目的ですか、烏丸さん。まさか、ここで争い合おうとでも?」
尋ねる俺に、彼女はまったく動じないまま答えた。
「やっぱり、ぜんぜん驚いてないみたいだね、四条さん。そりゃそうか。前からあたしが黒幕だって気づいてたんだし」
「えっ。どういうことですか、四条さん」
「その子には、自分が監視されてるとその相手がわかる能力があるんだよ。まあ、あるっていうか身に着けた、が正しいけど」
こいつ、ここでそういうことを言ってくるか。
「確かに、彼女の言う通りです。わたしは海水浴の時点で、烏丸さんが超常の力を用いてわたしたちを監視していることに気づいていました。ですが、それだけではなんの証拠にもなりません。もっと明確な手掛かりを求めていたのです」
「そうだよねー? お互い、ゲームキャラから逸脱しちゃってるから、潰し合ったらどんなことになるかわからないもん」
「ゲーム?」
「キャラ?」
疑問符を浮かべた遥、沙希を見て、烏丸さんはにやりと笑った。
「この世界はゲームなんだよ」
※個人の感想です。
「あたしたちはね、ゲームのヒロイン。そして、そこにいる藤間君はゲームの主人公。……思ったことない? 自分がこの世界の中心にいるんじゃないか、って」
「それは。……そんなの、誰だって一回くらい妄想するだろ?」
「そうかもね。まあ、あたしは一回じゃなくて何回も何回も思ったけど。あたしは特別な存在なんだ。あたしは選ばれたんだって」
「だから、『物語』を裏から操る存在を選んだんですか?」
「うん」
けらけらと、本当に楽しそうに笑いながら、彼女は答える。
「だってつまんなかったんだもん。ゲームなんだから楽しくないと。勝ちの決まってるゲームなんて面白くないでしょ?」
「待ってください。あなたは最初から黒幕だったわけではないはずです。いつから、ヒロインから逸脱することを選んだのですか?」
「んー? そうだなあ……小学二年生の初めくらい?」
「……それほど以前から、このような大それたことを企んでいたのですか?」
さすがのロボ娘、都築先輩も呆然としたように呟いた。
「そうだよ。その頃のあたしは、ぶっちゃけつまんない子でさ。好きな男の子はいたけど、その男の子にはあたしよりずっと可愛い『幼馴染』がいたから。敵うわけないって思いっきり突き付けられてる感じだった」
「それって……」
「俺たちと君は同じ小学校だったのか? でも、そんな記憶──」
そこまで言った一矢ははっとした。そんな話をつい最近もしたからだ。
「そう。あたしは『自分自身の設定』を自分で書き換えたんだよ。だから、今の歴史では、あたしは別の小学校に通ってることになってる。みんなの記憶には、あの頃のあたしのことは残ってない」
「……どうやって、その力を得たのですか?」
「どうやって? そんなの、願っただけだよ? もっと特別な存在になりたい。願いを叶えられるような存在になりたい。この世界がどう存在していて、どうやって動いているのか知りたい。そうしたら──世界を想いのままに動かせるって」
「……狂ってる」
沙希が呟くように言った。烏丸さんは「そうだねー」と頷いた。
「あの頃からあたしは狂ってたし、あの願いが叶って、ヒロイン兼黒幕になった時にさらに狂ったんだよ。だって、この世界が、たった数人の恋愛のためだけに存在してるなんて、知っちゃったんだから」
そして、その中心にいるのは、一矢たち。
「もう、自分の恋なんてどうでもよくなっちゃったよね。この世界を、このゲームを、引っかきまわせるだけ引っかきまわして、狂わせるだけ狂わせて、主人公もヒロインも泣かせて悩ませて、それを見て笑ってやるほうがずっと楽しいもん」
「ね、ねえ、待ってよ! どうしてそんなこと、当たり前みたいに言えるの!? 私たちはそんな特別じゃ──」
「へえ? じゃあ、魔法少女になりたいと願ったら本当になれたのは誰?」
「っ」
「美男美女に囲まれて、異能の力があって、学校でも次々イベントが起こって。そんな生活を送っている人間が特別じゃないわけある? ないよね?」
「それは、君がそういうふうに仕向けたんじゃないのか?」
「違うよ。願えば与えられるのは、あたしたち全員、ヒロインと主人公と黒幕の特権。あたしが知ったのは、ヒロインらしい、黒幕らしい行動を取ればポイントが与えられて、それを使って自分を改造したり、手下を手に入れたりできるってこと」
そうやって小学校を変えたり、高校でテロを起こしたり、大ダコを召喚したり、沙希や都築先輩を生み出したりした。
「でも、感謝して欲しいな。あたしが引っかきまわさなかったら、きっともっと早く、藤間君は四条さんのものになってた。あたしが必死に邪魔しようとしてるのに、この女ときたらいちいち乗り越えてくるんだもん」
烏丸さんはつまらなそうに「悪堕ち魔法少女にでも殺されてればよかったのに」と呟いた。
それを聞いた一矢は「ああ、そうか」と目を細める。
「君は、もう駄目なんだな。人を不幸にすることで喜んで、人の幸せが気に入らない。そんな性格を直すこともできないんだな」
「そうだね。で、だからなに? あたしは死ぬまで止まらないよ? そして、あたしはあなたたちがなんとなく使ってる力を、自覚的に使える」
ぞわり、と、背筋が泡立つような感覚。
圧倒的なまでの威圧感が、烏丸さんから放たれたせいだ。
「あらためて名乗るね。あたしは烏丸理古。北欧の神ロキの神格を宿した、この世界の黒幕」
「ろ、ロキって……!」
本当に神様になってたのかよこの女。とんでもないな……って、あんまり人のことは言えないけど。
「ゲームをしようよ。最後のゲーム。正直、あたしももうポイントが心もとないんだよね。だから一気に決着をつけよう。舞台は、十月にある文化祭。二つのチームで争って、勝ったチームのメンバーはひとつずつ願いを叶えられるってことで」
烏丸さんが言い終えると、俺の前に光るウィンドウが表示された。「わっ」とみんなが驚いているので、全員の前に現れているらしい。
「ルール説明のページも書かれてるからよく読んでね。このルールにはあたしも含めて誰も逆らえない。そうすることでポイント節約してるから」
「烏丸さん。今までの言葉に嘘がないこと、これからもわたしたちに嘘を言わないこと、今までに言っていたら訂正することを誓ってください。そうでなければ信用できません」
「ゲッシュか。いいよ、誓う」
これで最低限の保証はできた。まあ、直感的には彼女は嘘を言っていないだろうと思うけれど。
「当然、あたしは勝ったら四条さんの消滅を願うけど、どうする?」
俺はぐっと息を呑んでから、強いて笑みを浮かべた。
消滅への恐怖とはずっと戦ってきた。
負けたら消えるのなんて今更、ならば、
「あなたの放埓はここで食い止めます。世界を、これ以上好きにはさせません」
タブレット端末みたいで若干気の抜ける表示をタップし、俺は参加ボタンを選んだ。チームは当然、烏丸さんに対抗する側。暫定的にそちらは莉緒チームとなる。
烏丸さんのチームは一人、と、思いきや。
メンバーの一覧に「四条柊也」の名前が追加される。
部屋のドアが開いて、入ってきたのは──当の従兄だ。
「僕は、彼女の側で参加させてもらうよ。話はだいたい聞いている。勝てば、僕は莉緒をもらう」
「柊也さん!?」
「藤間一矢、今朝の立ち合いでも君は僕に勝てなかった。君の莉緒への気持ちは認めたが、君と莉緒の交際を認めたつもりはない」
「こっちが勝った場合、今の四条さんはいったん消滅して、柊也君の都合のいい『四条莉緒(おにんぎょうさん)』が新しく生まれることになるね。あはは、楽しそ」
けらけら笑いながら、烏丸さんは歩いていく。
「ま、文化祭までに決めておいてよ。こっちにつくか、それとも逆らうか、さ」