黒幕の去った部屋の中は、重い空気に包まれていた。
烏丸さんからの提案はこちらとしても助かる。相手のリソースを掴めないまま泥仕合を続けるよりは話が早いし、ルールに則った争いなら心理的負担も少ない。
一方で、見知った相手が敵に協力を表明したというのは──。
「柊也さん。さっきのは、どういうことですか」
「どういうこともなにも、言った通りさ」
従兄は、特にどうということもなさそうに淡々と答えた。
「僕はそもそも、君と莉緒が友人づきあいをすること自体が気に入らない。……しかも、莉緒のファーストキスを君が持って行ったなんて。頬とはいえ、許せるわけがない」
「え。あ」
そうか、俺はあの一件を「主人公やヒロイン以外は記憶に留められないように」細工したけれど、主人公になった従兄にはそれが効かなくなってるのか。
「お従兄さま、あれは」
「言い訳は必要ないよ、莉緒。……僕はこの戦いで、四条の娘として相応しい君を取り戻す。それだけの話だ」
「それは、ええ。……これが、世界の中心にあろうとする者同士の争いであり、堂々とルールに則ったものである以上、禁止することはできませんけれど」
親しい相手が敵に回るというのは、やっぱりつらい。
「別に、家の方針に反しているわけでもないさ。僕達が勝っても、莉緒はきちんと戻ってくる。ただ、藤間一矢への想いを断ち切って僕の妻となることを選ぶだけだからね」
「そんなの……!」
遥が声を上げて、それから、どこか苦しそうに続ける。
「そんなの、もう、莉緒ちゃんじゃないよ……!」
「莉緒さ。僕にとっては、僕の思い描く莉緒が莉緒だ。君達だって、魔法少女になったり、随分好きにやっていたんだから、似たようなものじゃないか」
「っ」
相当、鬱憤が溜まっていたんだろう。そんな彼を放置してしまった罪が、きっとこの状況を生みだした。
柊也は、肩を竦めると沙希や都築先輩のほうを見た。
「君達もどうだい? もともと彼女に生み出されたのなら、こちらにつくほうが得策じゃないかな?」
けれど、二人はきっぱりとそれを切って捨てる。
「嫌に決まってるじゃない、そんなの。あいつが勝ったら、またどんなふうに使われるかわからないだよ? だったら四条さんについて、きっぱり縁切りするほうがマシ」
「同感です。そもそも、私の使命は特異点の調査。特異点と敵対するメリットを感じません」
まあ、従兄も特異点ではあるわけだけれど、烏丸さんが勝ったら俺は消されてしまうからな……。
従兄は「仕方ないな」と呟くと、あさっての方向を向いて、
「なら、桜に頼むとしようかな。彼女ならきっとこっちについてくれるはず」
既に呼んであったらしく、桜は程なく四条の屋敷に到着し──。
◇ ◇ ◇
「お断りいたします。私は、柊也様ではなく莉緒さんの側につかせていただきます」
「なっ……!?」
「驚かれますか? 当然ではないでしょうか。私は、柊也様をお慕いしております。莉緒さんとは利害が一致しており、柊也様の思惑とは対立しているのです」
少女は微笑み、それから、まっすぐに想い人を見つめて。
「柊也様には完璧に、莉緒さんを諦めていただきます。……もし、どうしても諦めがつかないというのであれば、願いの権利とやらを用いてでも、そのように」
願いを使って俺を手に入れようとしているのに、まさか、自分が同じことをされるのを拒否しないよな? と暗に聞かれて、柊也は黙った。
「さて。……遥さんたちは、どうなさいますか?」
振り返られた遥と結弦は、
「その前に、聞かせて欲しいことがあるの。莉緒ちゃんも、烏丸さんと同じっていうのは、どういうことなのか?」
「そうですね。それについて、お話しなければなりませんね」
俺が頷くと、例によって足元で聞いていたクロが「ねえ、莉緒」と声を上げた。
「まさか喋るつもりかい? 君のアドバンテージが消えることになるんだよ?」
仕方ないだろ、この場合。
「実は、わたしには前世の記憶があるんです」
切り出すと、さすがにみんな一瞬硬直した。なに言ってんだこいつ、と、それいま関係ある? が半々くらいか。
「……ええと。今更前世の記憶くらいじゃ驚かないけどさ。その、本当なのか?」
「はい、本当です」
頷き、
「前世のわたしは、今世とはまったく異なる人生を送っていました。好きな人に裏切られ続けて、死んで。生まれ変わったこの世界では、絶対に、好きな人と添い遂げようと心に誓いました。……それが、今まで秘密にしていた、わたしのルーツです」
さすがに元男であることは省いたものの、これでほとんど、俺に関することはぜんぶ喋ってしまったことになる。
「前世のおかげで俯瞰的な視点を持てるせいでしょうか。わたしは、この世界を司るシステムを自覚的に扱うことができました。その力で、両親の財力を増やしたり、実家を大きくしたり、魔法少女になったりしました。その結果が、いまのわたしです」
「……そっか。だからあの時、莉緒ちゃんは」
遥は頷いて、微笑んだ。
「カズくんのどこが好きかって話したとき、ちょっと不思議だなって思ってたの。でも、そういうことだったんだね。好きになったのが先じゃなくて、好きになろうと決めたのが先だったから」
「……そうです。ですが、順番が逆になってしまっただけで、いまのわたしはきちんと、藤間くんが好きです」
いきなり間接的に告白された一矢が鼻白み、なにかを言いかけるも、その前に。
「うん。それは、疑ってないよ。……じゃあ、莉緒ちゃんは、烏丸さんみたいに化け物を出したりしてないんだよね?」
「はい、それは神に誓って。と言っても、信じていただくしかありませんけれど。危ないことにシステムを用いたという意味では、魔法少女のための敵を生み出した遥のほうがずっと危なかったと思います」
「そ、それはもう言わないでってば! ……うん、そういうことなら、私は、莉緒ちゃんを信じる」
光るウィンドウを操作して、莉緒チーム(仮)の参加ボタンを押す遥。
結弦も頷き、それに続いた。
「私もです。……もしかしたら、烏丸さんにつけば、兄さんを私のものにできるのかもしれません。でも、そんなの、私の好きな兄さんじゃない。だから」
「遥。結弦さん。……ありがとうございます」
ついでに特典の使い方も教えると、既にシステムの存在を聞いて理解している遥たちはあっさり自覚的な操作が可能になった。遥も結弦もちょっとその、なかなかの余りポイントがあって絶句した俺である。
まあなんか、目玉焼きが綺麗に焼ける能力とか磯野家長女の繰り出すじゃんけんに100%勝てる能力とか、無駄なのに使ってるポイントもだいぶあったが。
「それで? カズくんはもちろん、莉緒ちゃんの味方だよね?」
尋ねられた少年は苦笑して、ぽん、と、参加ボタンを押す。
「そりゃあ、な。四条さんと戦う理由がないし。……おじいさんからも、せっかくお許しをもらったからさ」
「え。あの、祖父が、わたしとの交際を許可したのですか?」
「あれ、莉緒ちゃんまだそこは聞いてなかったんだ」
「私たち、仕方なかったとはいえ、秘密の場所の道順を知っちゃったじゃないですか。慌ててたから正直覚えてないですけど……機密保全のために、最低でも誰か一人は親戚になれって言われたんです」
そうか、それで、祖父は俺と一矢をくっつけるほうに舵を切ったのか。
頬をかいた一矢は「だからさ」と言って、
「頼む。この戦いが終わったら、俺と付き合ってくれ」
ああ、ようやく。ここまで、来たんだ。
俺は、万感を込めて微笑んで。
「戦いが終わった後で、もう一度、聞かせてください」