「はい、って言っちゃえばいいのに」
遥が口を尖らせながらそう言ったものの、俺は「仕方ないじゃないですか」と反論した。
「今、そんなことになったら戦いに集中できません。……それに」
「それに?」
「告白してもらう前に、藤間くんにお話しておきたいこともあるんです」
「え、なにそれ?」
まだなにか隠しているのかとばかりに見つめられたので、
「そういう秘密ではありません。……わたしと彼の、ささやかな想い出の話です」
「あ」
目を丸くした遥は「ごめんなさい」とばつが悪そうにした。なお、それを横で聞いていた一矢はもっとばつの悪そうな顔をしていた。
「いいんです。……わたしこそ、ごめんなさい。いろいろと、遥たちに隠しごとをしていて」
「ううん。莉緒ちゃんは、私たちのために黙っててくれたんでしょ?」
「そんなこと。……自分だけが優位な立場にあることで安心する気持ちも、多々ありました。決して褒められたものではありません」
「でも、それはカズくんに好きになってもらうためだもんね?」
柊也はすでに客間を後にしている。
この場にいるのは、俺と共に烏丸さんと戦うことを決意したメンバーだけだ。
「あの、四条さん。もう一度確認しておきたいんですが……この『システム』? を使って、兄さんの心を変えたりはできないんですよね?」
「はい、できません。設定を操作できるのは基本的に自分自身か、自分に紐づくひと、あるいはものだけです」
「自分に紐づく……というと?」
「烏丸さんは友崎さんや都築先輩を一から生み出したでしょう? ですから、二人は友崎さんの部下、というか使い魔のようなものです。ですので操作できますが、藤間くんはそうではないので、烏丸さんには操作できません」
すると、沙希が「あの、それってさ」と手をあげて、
「ボクたちは今からでもあいつのいいように作り変えられちゃうかもしれない、ってこと?」
「可能性はありますが、そうなる可能性は低いと思っています」
「どうして?」
「一つは、お二人がヒロイン──つまり、世界の中心として作られたこと。その時点で、あなた方は単なる友崎さんの使い魔ではなくなっています。
もう一つは、大幅な改変はその結果を予想できないためです」
二つ目の理由に沙希は「えーっと」と目をぱちぱちさせる。
「例えば、友崎さんに使っていたポイントを還元して、あなたの存在を消滅させたとします。すると、あなたは『はじめからいなかったこと』になります。
多少の変化であれば世界は強引に辻褄を合わせますが、それで収まらなかった場合は、なにがどう転ぶかわかりません」
これに都築先輩が頷き、
「なるほど。彼女が存在しなくなった分、あなた方が自由に動き──結果、烏丸理古をもっと早く的確に追い詰めてしまう『可能性もある』ということですね」
「はい。ですので、よほど思いきらなければできないはずです」
最悪の場合、改変した瞬間に自分が「既に死んでいたことになる」可能性もあるからな。
「うわ。これ、めちゃくちゃ怖い力じゃないか」
「そうですね。ですが、うまく使えばこれ以上ない切り札になります。とりあえず、減らしたり改変する方向ではなく、追加する方向で行けばそれほど大きな問題は起こらないかと」
と、そこまで話したところで部屋のドアがノックされ、
「お話中に失礼します、莉緒様。どうしてもお伝えしたいことがあり、こちらに参上いたしました」
「雛瀬。どうしたの?」
「はい。実は、かの者より私たちも誘いを受けまして──私とひばり、両名も、莉緒様と共に戦いに参加させていただきます」
連れ立って入ってきたのは雛瀬さんとひばりだ。そうか、彼女たちもヒロインになっているのだから、この戦いに参加する権利があるのか。
ついでに言うと、ヒロイン化したことで、烏丸さんにとっての沙希たち同様、俺の手を離れた存在になっている。
「ありがとう、雛瀬。ひばり。とても助かるわ」
……それにしても烏丸さん、ひょっとしてぜんっぜん人望ないな?
◇ ◇ ◇
文化祭当日を指定された最終決戦のルールは、極力かいつまんで箇条書きにするとこんな感じだ。
・参加できるのは主人公、ヒロイン、黒幕のみ
(ただし、ポイントを使用して作り出した部下やしもべ等は例外的に参加可能)
・戦いは特殊空間で行われ、その中で死んでも現実で死ぬことはない
・勝ったチームの参加メンバーは一人一つずつ願いを叶えられる
(通常のポイントでは叶えられない願いも叶えられる)
・この戦いを成立させるためにかかるポイントは全参加者で頭割りとなる
要するに全員で行う一種の儀式のようなものだ。
願いを叶える、なんて大仰な効果をどうやって持ってきたのかと思えば、条件をくっつけることで割引した上での頭割りである。
「まあ、死んでも死なないってのは助かるよな。……もちろん、それでも死にたくはないけど」
「はい。ただ、それだけに、相手方がなにをしてくるか油断できません。死んでも死なないということは、一撃必殺を狙っても良心が痛まないということですから」
「あ、そっか。極端な話、『死ねって言ったら相手が死ぬ能力』とかも持てるんだもんね?」
「沙希ちゃん、たとえが物騒」
「ですが、友崎さんの言う通りです。もちろん、ポイントとの兼ね合いになりますので、相応に重い代償を支払うことになりますが」
文化祭まではあと一か月ちょっとある。
その間、俺たちは時間を惜しんで決戦対策にいそしむことになった。
もちろん、学校生活もおろそかにはできない。別にこの戦いに勝っても俺たちの人生は終わらないのだ。
なお、烏丸さんはあれから一日も学校に来なかった。もう取り繕う必要もないし、彼女としては戦いに全力投球したいのだろう。従兄はもともと大学生なので自由時間が多いものの、講義に出る日数を大幅に減らした模様。
ちなみに、一矢たちのクラスの出し物は「可愛い子が多いから」とメイド喫茶になったらしい。
「残念。莉緒ちゃんも一緒のクラスだったら良かったのに」
「そうですね。我が家にはメイド服がたくさんありますので、わたしはそれを着て参加できたかもしれません」
「本物のメイド服で参加するのは反則じゃないでしょうか……!?」
「こほん。えーっと……ところで、四条さんのクラスはなにをやるんだ?」
「あ、カズくんやらしい。莉緒ちゃんにえっちなコスプレしてもらおうとか思ってる」
「『えっちな』ってのはどっから出てきたんだよ!?」
「残念ながら、特進コースはクラス単位での参加がないんです。ですので、わたしは美術部として似顔絵屋さんをやるくらいですね」
じゃあうちのクラスに参加しちゃいなよ、という話も出たものの、さすがに他クラスの輪に入るのは、と、丁重にお断りした。
というか、ちゃんとシフトに入れるかどうかがわからない。
認識阻害に似た効果が発動して、戦っている間は誰も俺たちの不在を気にしないはずだけど、帰ってきてからが大変かもしれない。
けれど、それもすべては勝たなければ始まらない。
一矢たちは、勝っても負けてもおそらく無事だろう。けれど、俺はまず間違いなくこの世から消える。
消滅の恐怖に吐いて、ふらふらになった時のことを思い出して苦笑した。
エリカなら「負けると消える? じゃあ勝てばいいじゃない」とか言ってくれるだろうか。
その通りだ。
勝てばいい。ただ、それだけのこと。人はある日突然死ぬことだってあるし、死ぬのも消えるのも大差ない。だったら、今この時を精いっぱい生きる。
そうして、あっという間に文化祭当日を迎えて。