当日の朝。
俺は、前の日の夜にかかってきた電話のことを思い返した。
『あの、さ。どうしても、今のうちに伝えておきたいことがあって』
相手は、一矢。
『本当は会って話したいけど、黙っていなくなると心配するだろうし。言ってから出るのも、遥たち相手だとやりづらくて』
おずおずと、けれど、確かな想いを抱いた声。
『明日。俺は、必ず勝つよ。それで、四条さんにもう一回告白する。……そうしたら、四条さんの秘密ってやつも教えてくれるんだろ?』
「ええ。……ええ、必ず、お伝えします」
なんだろう。勝手に涙が溢れてくる。誰かに想われるというのはとても幸せなことだ。それを、今さらになって思い出した。
もしかしたら、彼の気持ちはいずれ変わってしまうかもしれない。それでも、俺は彼のヒロインでいる。そして、彼が心変わりなんてしないように、できるだけのことをする。
それがきっと、俺がここにいる意味だ。
「勝ちましょう。明日、必ず。勝って平和と、未来をつかみ取るんです」
電話を切った俺は、ほう、と息を吐いて。
「ねえ、莉緒? キミ、だいぶ死亡フラグを積み上げてないかい?」
「うるさいな。今のは勝利フラグのほうだよ、たぶん」
……と、クロのせいで微妙に締まらなかったものの。
◇ ◇ ◇
「来たね」
早朝の学校は、思ったよりも多くの生徒で賑わっていた。
前準備だったり、前日までにどうしても終わりきらなかったところを仕上げるためだったり。そんな彼ら、彼女らを尻目に、俺たちは屋上へと集まって。
敵の陣営は烏丸さんと、従兄──四条柊也の二人。
こっちは俺、一矢、遥、結弦、都築先輩、沙希、それから雛瀬さんとひばり。
大人二人には人目を盗んで直接屋上まで飛び移ってきてもらった。今更だけどこれもわりと人間技じゃないな……?
ともあれ。
烏丸さんも従兄も、ともに尋常じゃない気配を纏っている。特に烏丸さんは、制服すら着用しておらず、代わりにギャルというか、パンクなファッションに身を包んでいた。
時間を有効に使ったのはこちらだけではない。どころか、向こうには学生をする気ももはやない──というわけだ。
「ちゃんと来たんだね、四条さん。泣いて命乞いでもするかと思ったけど。それとも、これからしてみる?」
「いいえ。わたしは、わたしの生を自分で勝ち取ります。逃げも隠れもいたしません」
「はっ。……そーいうところが気に障るんだよねぇ。まーいーけど。どうせもうすぐ消えてなくなるんだし」
けらけらと笑って、烏丸さんは右腕を横に向けた。
「準備はいーい? 泣いても笑っても、始まったらストップはなしだから」
「はい」
「ああ」
みんなが、頷く。それを見た烏丸さんはつまらなそうに「あっそ」と呟いて。
「5」
カウントダウン。数字がひとつずつ小さくなっていくたび、鼓動が高鳴る。俺はそれを過度の集中によって抑え、逆に静謐な思考を作っていく。
ゆっくりと──実際の時の流れ以上にそう感じながら、カウントが「1」を迎えて。
「ゼロ」
次の瞬間、俺は校門から伸びる、いわば表通りに立っていた。
◇ ◇ ◇
音は、不思議なことにない。
景色はいま、現実世界で繰り広げられている光景そのもの。つまり、登校してくる生徒もいれば、屋台や看板があちこちに立ち並び、雑然とした状態だ。
ただし、戦いの参加者以外のものはすべて白黒に染まっていて、彼らから俺たちの姿も見えていない様子。
いま、色がついて見えるのは俺自身と、それから、
「どうやら、みんなと分断されたみたいだな」
「ええ」
主人公こと、藤間一矢だけだった。俺たちはそれぞれに白黒の生徒に触れて、その質感が妙に硬いことを確かめる。
「やはり、干渉はできませんね。ゲームで言うところの破壊不能オブジェクトといったところでしょう」
「だな。っていうか、四条さんゲームとかやるんだ?」
「ええ。わたし、こう見えてアニメもけっこう見るんですよ? ……と、それはともかく」
「ああ。これは、勝手に動く障害物に気をつけながら動かないと──」
と、一矢が言い終わらないうちに。
モノクロに染まった人混みの中から、ゆらり、と、色のついた存在が現れた。抜き身の刀を下げた従兄──柊也は、幽鬼のような表情で一矢を見つめて。
「藤間くん!」
俺が、少年と従兄の間に割って入るのと同時に、刀を振りぬいた。
「────ぁ」
断ち切られたのは、俺ではなく一矢だった。
そもそも、彼我の距離も遠すぎる。単なる空振りのはずなのに、その斬撃は『空間を渡って』少年を一刀両断した。
まるで、俺が都築先輩たちに披露した、遠隔打撃。
「空間を斬る剣だ。悪いけど、莉緒の前で無様に退場して──」
「ああ、安心しました」
「なに……!?」
「お従兄さまには、まだ良心が残っているのですね。完全に心を鬼にしてしまったのであれば、最も警戒すべきわたしを躊躇なく斬っていたはず」
「ああ。……それがわかっただけでも良かった」
いつの間にか、斬られたはずの一矢が平然とした顔でそこにいる。
愕然とする柊也だったが、すぐに「そうか!」と気づいた。その視線は、ひらりと地面に落ちた小さな紙人形に。
「形代の拡大解釈か。……桜だな」
「そういうことだ。もちろん、『一人につき何体の』形代がついているかは教えないけどな」
簡単に言うと、死んでもそれを肩代わりしてくれるお守りがついている。
これがなくならない限り、俺たちは殺されても死ぬことはない。
「その様子だと、君達も相当、鍛えてきたみたいだな」
「ええ。あなたがたに極力、こちらの戦力を悟られないよう──昨日、異空間を形成し、そこで『半年』修行をしてきました」
マンガとかでよくある、時間の流れ方が現実と異なる修行用空間である。
もちろん、ポイントを使って新技やらなにやらもゲットしているので、それの習熟も含め、今までの俺たちとは別人レベルに強くなっている。
桜が習得した形代の応用もその一つ。
と。
『なぁんだ、たった半年かあ』
どこからともなく烏丸さんの声が響く。見られていることは例の特典で察知していたが。
『あたしたちもね、この一か月、似たようなことしてたんだよ? どれくらい籠もってたか教えてあげようか?』
自信まんまんに言うくらいだから、俺たちよりも長いのはわかる。その期間は、果たして。
『百年』
俺たちの、二百倍。そして、人の一生よりも長い年月。
『四条さんたちはさあ、修行の間に心がおかしくならないようにとか、老化しないようにとか、いろいろストッパーかけてたでしょ? だからたった半年しか鍛えられなかったんだよ。あたしたちはもう人じゃなくて神だから、そういうの関係ないんだよね』
たち、ということは。
「ああ。僕は剣神ティールの神格を得た。剣で、僕に勝つことは、できない」
ロキに、ティール。俺たちが相手にしているのは単なる人間の男女ではなく、神そのものだと認識せよということだ。
『というわけでぇ、手っ取り早く死んじゃないよ』
声が終わるよりも前に、空を、なにやら黒いものが埋め尽くした。
「虫……!?」
「虫は虫でも、バグだよ。エラーそのもの、とでも言えばいいかな。あいつらは、神以外の存在をすべて食らうようにプラグラムされている」
黒いもやっぽい感じなのであんまりグロくないのが幸いだが──そんなことを言っていられる相手ではなかった。
空を覆うほどの大群、そのすべてが、烏丸さんや柊也たちには無害な致死兵器。あんなものをひとつずつ潰していたら、その間に食われて死んでしまう。
だから。
雷鳴が轟き、バグたちを焼く。さらに、機械仕掛けの虫──ドローンが、残ったバグたちと対消滅していく。
「神には、神を」
『あはは、なーるほど。雷神トールに、機械の神──デウスエクスマキナ!』
もはやなんでもありである。