戦いは、熾烈を極めた。
なにしろ相手は神である。しょせんはポイントから生み出された存在とはいえ、その力は、人が相手をするにはあまりにも強大。
ヘルの振りまく『死』を抑えるために俺は強力な結界を張らなければならなかったし、そこまでしてなお、防げるのは空気感染的な『死』のみ。黒い触手状に伸びてくる『死』はかわすか壊すかしなければならなかったし──かわしきれずに肌をかすめれば、それだけで形代がひとつ吹き飛んだ。
けれど、こちらとてただの人間ではない。
魔法少女には無限の可能性がある。神だろうと魔王だろうと、場合によっては打倒しうる存在である。
源となるのは、想いの力。
遥と『それ』を重ね合わせた今の俺は、
『なにそれ。……なんで、どんどん、力の出力が上がってるの!?』
「ようやく、余裕がなくなってきましたね、烏丸さん。わたしたちが強い理由がわかりませんか?」
生命の炎、と言われるように、炎とは活力の象徴でもある。
向こうが死を振りまくのなら、こちらは温かな炎を纏う。それは死を振り払い、無力へと変えていく。
力が湧き上がってくる。魔法少女ふたりの相乗現象は、かつて、小学生時代に経験したそれよりも遥かに強い。
当然だ。
たとえ、結果から逆算された想いだとしても、
「それは、わたしたちが恋をしているからです」
『……は? あははっ、馬鹿にしてるの?』
「いいえ。人の持つ力を馬鹿にしたこと、それが、あなたの敗因です、烏丸さん」
恋する乙女の力はなによりも強い。魔法少女という概念には、そんな理が同梱されている。
ヘルを全力でいなしながら、俺は一瞬だけ一矢を振り返る。
必死に、柊也と剣を交える彼の姿。やっぱり、必死で頑張る少年の顔は、良い。小さかった頃と違って、今ならば。
不器用ながら想いを伝えてくれた、死ぬかもしれない戦いに参加してくれた、そんな彼のことが好きだと、はっきりと。
明確な、燃え上がるような強い想い。それをふたりぶん重ね合わせれば、それはもう、誰にも負けはしない。
「神様だから強い、強いからなにをしてもいい、なんて、子供じゃないんですから」
ヘルも足掻いた。抑え込まれればこまれるほど『死』を濃密にし、俺についていた形代をぜんぶ吹き飛ばしてくれた。しかし、そこが限界。彼女の保有していた『冥界』は不死鳥の炎に焼き尽くされて消滅、ヘル当人ともども浄化されていく。
見れば、ミドガルズオルムとフェンリルもまた、結弦と遥の必死の奮闘によって叩きのめされつつある。
影の戦士たちも雛瀬さんたちに押さえこまれ、その数を徐々に減少。
「さあ、まだ手札はありますか?」
『────っ』
「ないのなら、こちらから行かせていただきます」
俺は、烏丸さんの居場所に向かって一直線に飛んだ。
相手から肉眼以外で見られている限り、こちらからも相手を見返すことができる。フィールドは学校。周囲にあるものを見れば、どこにいるのかなんて見当がつく。
烏丸さんがひっそりと身を潜めていたのは、現在改装、というか修復が行われている最中である、本来の生徒会室。
王にでもなったつもりだったのか、彼女はそこでゲーム盤のようなものを覗いていた。
「四条さん」
「烏丸さん。さあ、終わりにしましょう」
「は? まだぜんぜん終わってないんだけど?」
嘲るように言った彼女はロキの変身能力を行使、ヘルの髪と目、フェンリルの身体、尾にミドガルズオルムを生やした異形の化け物。しかし、サイズはあくまで人間大であり、その力もまた、さっき倒したヘルに遠く及ばない。
死を不死鳥の炎で無力化し、四肢を氷漬けにする。変身を解除した烏丸さんは足を凍り付かせたまま「なんで」と口にした。
「なんで、百年も使って、勝てないわけ!?」
「それは、あなたたちの『百年』がただのこけ脅しだからです」
「っ」
百年という年月は確かにすごい。人の一生よりも長い時間があれば、なにかを極めることくらいは軽くできるだろう。実際柊也はそうして剣を極めた。
だが、
「異空間で、百年間、同じことの繰り返し。そんなものでヒロインポイントが増えるはずがない。黒幕としてのポイントにしても、物語にすれば一瞬で語られて終わりのイベント、手に入るのはせいぜい3ポイントにすぎません」
百年修行した、というのは、強い能力を手に入れるための理由付けにはなる。おそらくそうして割引を重ねたことであれこれ手駒を増やしたのだろう。だけど、大元のリソースが増えないのでは限界がある。
「それから、徹頭徹尾、あなたは自分の手を汚そうとしなかった。結局は『黒幕』。ラスボスとしての格は、備えられなかったようですね」
「……あはは」
烏丸さんは、壊れたように笑いだした。室内に笑い声を響かせ、やがて、やはり壊れたように止まる。
「あーあ、つまんない。これでゲームオーバーってわけ?」
「どこまでも子供なのですね。人生は終わりませんよ。自分で自分を諦めてしまわない限り、ずっと続いていくんです」
「うざ。そういうのいいから。どうせ負けたほうが消えるんだし」
机の上に置かれたままのゲーム盤から、駒が二つ消える。形からしてミドガルズオルムとフェンリルだ。大勢は決した。ここで俺を倒せればまだ僅かにチャンスはあるかもしれないが、ひらり、どこからともなく、桜が新造した形代が俺にくっつく。
烏丸さんはもう一度「あーあ」と呟いて。
どこから取り出したのか、なんの変哲もない銃を握った。
「一回やってみたかったんだよねー。自分の頭撃ちぬくやつ」
「烏丸さん、待──っ」
「待たなーい。拘束して降参させられるとか、そういうつまんないことされたくないし」
たん、と、無機質な音が響いて。
烏丸理古はこの世界から消滅した。同時に影の戦士たちも消滅したようで──男たちの戦いの決着がつくのにも、それからそう時間はかからなかった。
◇ ◇ ◇
気づくと、俺たちは屋上に集まっていた。
現実に戻ってきた、わけではない。まだここはある種の異空間。戦後処理のために集められたにすぎない。
勝利した俺たちの手に、輝く宝石のようなものが舞い降りる。それが「願いを叶える権利」の具現化だ。
「ほら、煮るなり焼くなり好きにしなよ」
「敗者は潔く代償を受け入れるよ」
あくまでもふてぶてしい烏丸さんと、どこか達観した様子の従兄。
最初に進み出たのは桜だった。
「柊也様。百年間の修行の記憶を忘れ、私との結婚に同意してください。それから──莉緒さんへ抱いた想いを『決して忘れないでください』」
途中まで素直に聞いていた青年は、最後の条件に目を丸くした。
「どうして、そんな条件を」
「何年も、想い続けてきたのでしょう? ならば、それはあなたの一部。なくしてしまっては、もうあなたではありません。だから、想いを残したまま、パートナーとして私へ誠実に対応してくださいませ」
「……そうか。それは、僕に相応しい罰だね」
桜のぶんの宝石が消える。それを見た烏丸さんが息を吐いて、
「つまんない願い。で? そろそろあたしを消してくれるの?」
「いいえ、烏丸さん。あなたは消えません」
消滅が罰にならない相手には、そんなことしてやらない。
一矢と俺が立て続けに願う。
「身の丈に合った部分だけを残して、システムも特典も、ぜんぶ廃止する。もう今までみたいな事は起こらないし、起こさせない」
「烏丸さん。あなたは自身のほとんどを失っても、この戦いのことを記憶し続けてください。そして、自分が負けたことを認識したまま『懸命に生きて』ください」
敗者として生きること、それが、世界をめちゃくちゃにした彼女への罰だ。
そして二度と誰もシステムを使えなくすることで、俺たちもまた罰を負う。