「藤間一矢くんとお付き合いすることになったの」
文化祭が終わって、翌日の片付けと振替休日を経た次の登校日。
登校時の車内にて、交際を報告。
聞かされたみゆちゃんは一瞬硬直してから「そうなんだ」とぎこちなく微笑んだ。
「おめでとう、莉緒ちゃん」
「ありがとう。これから、もっと頑張らないとね」
「え? お付き合いできることになったのに、もっと頑張るの?」
「うん。だって、好きな人を取られちゃうかもしれないから」
付き合う前に誰かに取られたのなら先を越されただけ。けれど、付き合い始めてから奪われたるのは「自分のものが自分のものでなくなる」ということだ。
「取られないように頑張らないと。誰かと付き合ったからって、他の人と付き合っちゃいけないわけでもないんだし」
重婚が可能になった影響で、いわゆる二股三股といった行為も「モテまくりだなこの野郎」くらいの受け取られ方になっている。こうなると浮気との境界線がだいぶ曖昧である。
「そっか。そうだよね。この国では、女の子同士も、何人もの人と結婚するのも、ありなんだもんね」
「みゆちゃん?」
「ね。莉緒ちゃん。もし、その藤間君にフラれちゃったら、私と、お付き合いしない?」
「 」
思ってもみないことを言われて、俺は硬直した。
いや、違うか。今まで、そういうことをまったく考えてこなかったと言えば嘘になる。
そんなことあるわけがないと思い込もうとしていただけで、彼女の好意が、時に親友のそれを超えているのではないかと感じることはあった。
まして、出会った頃と違って今は同性愛も合法なわけで。
顔を動かさずに雛瀬さんを見れば、彼女はなにも驚いていない様子で前だけを見ている。
俺は観念してみゆちゃんを見つめ、
「わたしで、いいの?」
「うん」
真剣な、とても真剣な表情が返ってくる。
「莉緒ちゃんがいい。莉緒ちゃんじゃないとだめなの。……やっぱり、嫌?」
「ううん、嫌なんかじゃない。嬉しい、けど」
俺は一人を愛すると誓った。だから、ここでうんと頷いてしまうのは違うのではないか。
すると、みゆちゃんはわかってる、とでも言いたげに笑って。
「いいの。だから、その人にフラれちゃった時だけ。その時だけ、私の気持ちをもらってくれないかな?」
そうか。俺がもし捨てられてしまった後なら、それくらいは許されるだろうか。
と、例によって他人のフリしてくつろいでいる黒猫が、
「そもそも、キミの信条は前世の世界に基づいて決めたものだろう? 様変わりしたこの世界で、それにどれだけの意味があるんだい?」
それも、そうだ。俺のことを好きでいてくれればハーレムOKというのなら、理屈の上では、俺が同じことをするのもOKになる。
それでも、こちらから少年を裏切るのは嫌だけれど。
「うん。じゃあ、約束。もしわたしが彼に捨てられたら、わたしと、お付き合いしてください」
「………はいっ」
約束の指切りをしようとしたら、みゆちゃんがわっと泣き出してしまって。泣き止むのに時間がかかってしまったので、雛瀬さんは気を利かせて、あたりをしばらくドライブしてくれた。
みゆちゃんが落ち着くまで待ってから、俺たちは二人して遅刻した。
◇ ◇ ◇
「……というわけなのですけれど、許してくれますか、一矢くん?」
「いや、その、許すもなにも」
昼食にて。ベンチの隣に座った少年は、食べていた鶏の唐揚げをごくんと呑み込んで。
「俺がどうこう言うことじゃないだろ。というか、俺が四条さ──莉緒をフる前提なのも嫌だし、ここで賛成したら『じゃあ安心して別れられるな』とか思ってるみたいじゃないか」
「あ、いえ、その、そういうつもりでは」
「かと言って、フられなくても付き合っていいだ、とも言いたくない。できれば俺は莉緒を独り占めしたいし……あと、なんか、男から言うと邪な考えがありそうだし」
「あ、兄さん。もしかして、四条さんのお友達まで結婚相手に加えるつもりですか?」
「だから、そういう誤解が嫌だって話だろ!?」
うん。ちょっと少年に心労をかけてしまったものの、無事にOKがもらえた。
「ありがとうございます。あくまでももしも、の話ですし。わたしは全力で一矢くんを愛しますので、面倒くさくなったら捨てよう、なんて考えないでくださいね?」
「考えないって。っていうか、まだ彼氏彼女らしいこともなんにもしてないし」
「あ、カズくんやらしい」
「それをお前達に言われたくないからな俺は」
なにかあったのかと尋ねると、少年は「聞いてくれよ」とため息をついた。
「遥はわざわざうちで風呂に入ったうえに下着姿でそのへんうろつくし、結弦も薄着で俺のベッドに潜り込んできて抱きついてくるんだ。あと、油断してるとどっかのサキュバスが夜這いに来るし、どっかのロボが『総菜を作りすぎてしまって』とか言って上がりこんでくる」
「あ、ボクのこと呼んだ?」
「みなさんの分のお弁当もあるのですが、ご一緒してよろしいでしょうか」
「本当にみなさん、人の彼氏をなんだと思っているのでしょうか」
「ふーんだ。彼女だからって独占する権利ないもん。そういう世界でしょ、ここは」
ぐぬぬ。こうなると逆に改変前の世界を覚えてるのが足かせになってないか。
「ね、一矢? まだ童貞でしょ? あの子より先に、ボクが気持ち良くしてあげようか? 胸はちょっと負けてるけど、テクはボクのほうが絶対上だよ?」
「あー、そういう抜け駆けは禁止なんだからね!?」
「だから、お前も人のこと言えないからな!?」
ああもうめちゃくちゃだよ!?(N回目)。
「こほん。ところでさ、莉緒ちゃん? 私考えたんだけど」
「何曜日は誰の日、とかローテーションするのはナシですよ」
「あ、それいい。……じゃなくて、こっちの世界って重婚できるわけでしょ? えっちなことするのって恋人か夫婦でしょ? じゃあ、カズくんが3Pとかしたくなった時のために、女の子同士も結婚したほうがいいんじゃないかな?」
「なんでこんな頭ピンク色の奴が魔法少女やってるんだよ」
「そういう魔法少女もいるよ、きっと!」
うん、まあ、いるな。たまに。
「それはまあ、一理ありますけれど。厳密に言うと、わたしと遥の間で行為が発生しないのであれば必要ないような」
「うん、結婚しよ、莉緒ちゃん。むしろ二人ともカズくんにフラれたらわたしも交ぜて」
「え、遥。いいんですかそれで」
「うん。私、莉緒ちゃんのことも好きだもん」
これも同性愛合法化の影響か? どうだろう、素かもしれない。
「ずるいです遥姉さん! 四条さん、私もお願いします!」
「え、えええ!? そもそもこれなんの話ですか!?」
「うん。俺と結婚する話なのか、俺を放っておいて莉緒と付き合う話なのかはっきりしてくれ」
「あはは、なかなか面白そうだね。じゃあボクも両方と結婚しようかなー」
「では私もお願いします」
これじゃもうなにがなんだか。というかそもそも一矢がハーレム容認するかもまだ決まってないんだが。
なお。
美少女に囲まれまくってえっちな話をされている一矢をこの時誰かが目撃していたようで、彼は今までよりもさらに「女の敵」「いやむしろ男の敵」と怨嗟を(主に同性から)向けられるようになったらしい。
中には一矢に告白して来る男子もいたらしいが、きっぱり断った少年いわく「さすがにそんな余力も気力もない」とのことだった。