機は熟した。
細かい箇所は前もって桜と詰め、四条家の人間にも協力を要請。
もちろん一矢にも話を通してある。
親しい人間を罠にハメるのは……と言われるかと思ったら、意外にもあっさりと了承してくれた。
『だって、彼女と会うのを邪魔されるいわれはないだろ』
ごもっとも。
遥たちだって鍵がかかっているのを開けてまでベッドに潜り込んだりしているわけで、ある意味お互い様である。
というわけで。
作戦決行は十二月第二週の日曜日となった。
当日は朝から晴天。
昨夜のうちに俺は四条本家に移動し、一夜を明かしている。
遥たちには俺も参加すると伝えており、合流場所がここなので、アリバイ作りとしてそうしておくべきという判断。
桜は正式に次期当主の婚約者となったので、前よりここにくる頻度が増えている。彼女も前夜からの宿泊組である。
「莉緒さん。心と身体の準備はよろしいですか?」
「はい。早めに起きて、可能な限り磨き上げました」
「それはなによりです」
以前から美人だった桜だが、最近は前にも増して綺麗になった気がする。肌にも艶が乗って──もしかして、既に従兄にお手付きしてもらったのだろうか? 幸せいっぱいオーラが出ていてとても頼もしい。
さて、約束の時間は午前十時。
名目上は「クリスマスに向けてのシェイプアップ」。
桜は痩せようと痩せまいと結婚確定なので従兄を連れて行っても問題ないが、聖夜に向けてお腹周りなどを引き締めたい遥たちは一矢を連れてくるべきではない……ということで、少年は本日居残りとなっている。
無事に桜付きになったひばりが少女たちを迎えに行き、遥と結弦、沙希と都築先輩、四人ともばっちり時間通りに到着した。
「ようこそお越しくださいました。みなさま、ご予定は滞りなく?」
「はい! 昨日は早めに寝たので元気いっぱいです!」
「それは良かった。……ただ、実はこちらに少々不都合が生じまして」
ちらりと視線を向けられた俺は、いかにも申し訳ないといった表情を浮かべて、
「お祖父さまから用事を言いつけられてしまって、小一時間ほどかかりそうなんです。ですので、桜さんたちは先に行っていていただけますか?」
と、これだけだと怪しいので、ここで祖父が登場して一声。
「莉緒、準備は良いか?」
「はい、お祖父さま」
威厳溢れる前当主の顔出しは効果絶大、遥たちは「あ、これマジなやつだ」「しかも手伝えそうにないやつだ」という表情になった。
「後からわたくしも参りますので。道案内と受付は桜さんとお従兄さまにお願いしますね」
「ああ。莉緒はしっかりと役目を果たして来るんだよ」
あれ以来、すっかり桜の尻に敷かれている従兄はもはや諦めたという顔で俺たちの作戦に乗っかってくれる。
……こうして、出発していく遥たちを笑顔で送り出して。
「ふむ。作戦は成功のようだな、莉緒?」
「いえ、まだわかりません。不測の事態に備えて五分ほどは様子を見るべきかと」
「そうだな。……よからぬことを考えている時に限って、家人が忘れ物を取りに戻ってくる、という事はままある」
「あら。お祖父さまにもそのような経験が?」
「私も若い頃は随分とやんちゃをしたからな。それに比べたらお前達の企みなど可愛いものよ」
「まあ、お祖父さまったら」
祖父は可愛い孫が彼氏とあれこれするのに特に拒否感はないらしい。口ぶりからすると見た目に似合わずけっこうエロい人なのかもしれない。若い頃は何人を泣かせたことやら。
しばし祖父と談笑し、スマホの位置情報サービスで桜の位置を確認。
うん、しっかりとホテル方面に向けて移動している。なにかあれば桜か従兄から連絡が来るはずだし、今のところは問題なしか。
「この度はご協力、誠にありがとうございます、お祖父さま。……では、わたくしも行ってまいります」
「うむ。恙なく済む事を祈っておこう」
念には念を入れ、俺はいつも乗っている雛瀬さんの車ではなく、四条家所有の別の車に乗り込んだ。車種まで違うので、これを見ただけでは俺を連想することは不可能。
後はまあ、車から降りた後にご近所さんに見られて結弦あたりに連絡が行くパターンくらいだが……こちらも念のため、帽子+サングラス+コートで一見しただけでは誰だかわからないようにした。
なんだかいろんな意味でどきどきしてくるのを感じながら、俺は藤間家へと到着し。
着く二分前にメッセージを送信しておいたおかげで、どんぴしゃのタイミングで一矢が迎えに出てくれた。
「ええと、うまく行った……んだよな?」
「はい。今のところはとどこおりなく」
まるで密会……っていうか、そのまんま密会かこれ。
俺たちは秘密を共有している連帯感を抱きながら、急いで家の中へと消えた。
雛瀬さんは既に車を走らせ、家の前から去っている。
◇ ◇ ◇
彼氏の部屋で二人きりになるのはこれが二度目だが、今回は、いきなり遥たちが帰ってくる可能性はかなり低い。
なお、一矢の部屋は前来た時よりも片付いていた。
床も掃除がされており──シーツや枕カバーも取り換えたばかりのように綺麗だ。あれか、事後に元のやつに取り換えるつもりか。俺的にも、遥や結弦の匂いがしみついていそうな状態のベッドはじゃっかん気になるし、ありがたい。
帽子やコートを脱ぎ、ハンガーにかけさせてもらって。
ベッドにちょこんと腰かけさせてもらうと、少年はあからさまにそわそわした様子で尋ねてきた。
「一時間くらいしたら追いかける、って話になってるんだよな?」
「はい。ですのであと2、30分はまず気づかれないかと。もし怪しまれてもホテルからの移動時間もありますし……念のため、桜さんに『もう少しかかりそうです』と連絡も入れておきます」
メッセージを入れておけば桜がそれを示してアリバイを補強してくれる。
「じゃあ、あと1、2時間は平気か」
「遊び始めてしまえばそれくらいの時間はあっという間でしょうし、それほど危険はないはずです。ですので、まずはお喋りから始めてもよいと思いますが……」
「いや。そんな事してまたお預けを食らうのは嫌だ」
めちゃくちゃ真剣な顔である。あれか、さすがに禁欲生活も限界か。
女子である俺は性欲的な意味では我慢がききやすいので、その差分が出たらしい。
一矢は俺をじっと見下ろして。
「それとも、莉緒は嫌か?」
「まさか」
俺は微笑み、首を振って──「もちろん」と唇を震わせた。
「あなたとなら、いい、ですよ……?」
必殺の上目遣い。一秒ごとに少年の心が「GO」に傾いていくのがわかる。
一歩、彼がベッドサイドに歩み寄って、軽く、肩が押される。
とさ、と、倒れ込む身体。
横になって見上げた恋人の姿は、認識していたよりもずっと逞しく、男の子をしていた。
勝った。
さすがにこの状況ならそうそう邪魔は入らない。入ったとしても、ここまで持ち込めた時点でほぼ勝ち確だ。
とくんとくんとうるさい鼓動に頬を染めながら、俺は、おりてくる彼の唇を受け入れて。
「んっ……」
俺たちは「少年少女」から「男と女」へとその関係を変えた。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
心地よい気怠さを覚えながら、俺はスマホに『バレました。今、大急ぎで着替えをなさっています』とメッセージが入るのを見た。
直後、枕元にぴょん、と黒猫が飛び乗って。
「おめでとう、莉緒」
ぽふぽふと俺の頬を叩いてくる。
「まさか、キミたちがシステムを消滅させて自由を手にするとは思わなかったよ。事前予測も万能じゃないね。未来が少し変わってしまった。まあ、だからこそ面白いんだけど」
もしかして、俺が勝つことは最初からわかっていたのか? いや、それはわからない。黒猫自身が予測は万能でないと言っているのだから。
「システムもない以上、ボクももう必要ないだろう。しばらく特等席をキープさせてもらったけど、もう行くよ。ボクに使っていたポイント分は……そうだね、胸のサイズにでも上乗せしておいてあげよう」
消える、というか、俺の認識できないところに行くつもりか。
幼稚園児の頃から一緒だったこいつがいなくなるのは、なんだか寂しい。
「クロ。その、ありが──」
ありがとう、と、言い終わる前に。
黒猫が、なー、と鳴いて、『その存在に』一矢が目を丸くした。
「あれ、こいつ、どこから入ってきたんだ? って、まさかこいつ、遥の使い魔とかじゃないよな!?」
「いえ、それは違うと思いますが……すみません、一矢くん、遥たちにことが露見したようです。わたしは大急ぎでこの場から撤退しますので」
「あ、ああ! 俺は全力で証拠隠滅する!」
相棒との別れを悲しむ暇もないまま、俺たちはばたばたと動き出した。ああもう、シャワーを浴びてる時間はないな。家に帰ってから身支度を整え直すとして、服を着て、雛瀬さんに連絡して、念のため遠回りで本家まで戻って──。
ああ、確かにもう、クロの出る幕はなさそうだ。
ここから先は物語のセオリーも通用しない。ポイントももう使えない。先の見えない毎日を、どうにかこうにかやっていくしかない。
でもきっと、前世みたいな最後にはならない。
少なくとも今の俺は、心からそう信じている。
果たして、数年後の俺たちはどんなふうになっているのやら──。
というわけで完結です。
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。
あれこれ要素を入れ込み過ぎたといいますか、もっとゆっくりやるつもりで始めたらぜんぜん話が進まないので加速させたら余計取っ散らかったといいますか、結果、いろいろと難しいことになった作品でした。
個人的にあんまり余計なことを考えすぎないほうがいいような気もしてきたので、次はもう少し素直なのを書こうと思います。
……ノリでシステム廃止とかしたせいで冒頭に繋がらないじゃん!と最終話を書きながら気づいたのは内緒です。