0 遅い午後のある路地にて
[OPERATION NAME]
OPERATION FALCONRY
[DATE/TIME]
3, OCT 2049 1530
[OPERATION AREA]
RAMADI, ANBAR GOVERNORATE, IRAQ
33° 26’12”N 43° 16’ 17”E
[WEATHER/CLOUD COVER]
SUNNY, SKC
0 遅い午後のある路地にて
カービンを構える。
黒い鉄の塊、人類の叡智が生んだ殺意の権化。装填済みの弾倉と諸々のアタッチメントを足せば、総重量は四キログラムほどだろうか。
それは機械的で、機能美を湛えたフォルムをしている。敵を殺す。そのために突き詰められた機能に宿る美。
肘を膝に乗せ、左手でフォアグリップを掴み、銃床を右肩の筋肉に押し当てる。
右手で握りしめたグリップが硬い感触を返す。
脇を締めて銃を固定する。
親指で触れたセレクターは単射に入っていた。薬室には弾薬が既に装填されていて、撃鉄は起きていた。
照準器を覗き込む。
右目の視界の一部が切り取られ、四倍ほどまで拡大される。
集光チューブとトリチウムで発光するシェブロン・レティクルがその中央に滑り込んでくる。それはちょうど累乗の記号のような形状だ。赤く光るサーカムフレックス。
狙うべき標的へ、照準を据える。
それは黒いシルエットに見えた。それはAKを構えている。不恰好に構えている。腰は引け、銃を突き出すように構えている。銃床の使い方など知らないようだ。照準器の使い方を知っているのかすら怪しかった。
遅い午後の日差しが降る路地にて、飛び跳ねるように銃を撃つシルエットの胸元へ、照準を据える。
一連の動作はほんの一瞬で完了し、その殆どは脳が命じたものではなかった。ただひたすらに繰り返された訓練、身体に、筋肉に、神経に染み付いた動きの反復。
指先に圧力がかかる。
引き鉄が滑らかに動き出す。ライフルは戦場を征く兵士たちの杖であり、手足であり、兄弟であり、命である。銃のことは自分の体よりよく知っている。何がどのように動くかを、目の前で起き、手に触れているかのように想像することができる。
シアが外れる。撃鉄が落とされ、撃針が雷管を叩く。
そこで生まれた小爆発が薬莢の中の火薬を目覚めさせる。二グラムにも満たない火薬。薬室と銃身によって指向性を与えられた爆発は、約四グラム、鋼と鉛と銅の弾頭を加速させる。手のひらに収まる小さなカートリッジに詰め込まれた殺意は、秒速九五〇メートルで迫る弾丸として降臨する。
銃口から解き放たれる弾丸に続いて燃焼ガスが噴き出し、大気圧との圧力差での急激な膨張が、イヤーマフをしていなければ鼓膜を貫いただろう、暴力的な音量の銃声となる。
一度だけではなかった。指先は二度三度と引き鉄を引く。
ごく軽い反動が肩を押し、その度に揺れる照準を制御する。訓練の成果は完璧だった。
一発目は腹を撃ち抜いた。二発目は鳩尾を、三発目で胸を穿った。おそらくは──なぜなら路地には嵐の夜のように弾丸が飛び交っていたのだ。
どの銃弾が誰のものかなど分かるはずがない。しかし、自分の撃った弾丸だ、という確信があった。
弾丸を浴びたシルエットは倒れる。悶えすらしなかった。ズドン・ばたっ。そんな具合だった。映画のように倒れるのではない。ただ倒れたのだ。AKを放り出して。躓いて、手を出せなかったように倒れた。
まるでセメント袋だった。自分が殺したのだ。しかしそこに殺意があったかと問われれば、分からないとしか答えようがない。
それは反射的だった。同時にそこには怒りがあったようにも思える。撃たれていたのだ。
照準器越しに、地面に伏した男が身体を揺すっているのを見た。まだ生きていた。しかしすぐに死ぬだろう。放たれた弾丸は複数の箇所で大量出血を起こしているはずだ。
頭ではそう理解していても、指は追加の弾丸を浴びせていた。それは憐憫と慈悲からだった気もするし、あるいは嗜虐と憤怒だったかもしれない。
着弾の衝撃で身体が震え、次こそ動かなくなった。死んだ。次こそ殺した。
ふとティム・オブライエンの短編を思い出す。
素寒貧の午後に図書館で手に取り、気まぐれに開いた本。暇つぶしに読んだ中で、やけに印象に残った話の一つ。私が殺した男。まさしくあれは私が殺した男だ。
だが感傷に耽り死体を眺める時間はなかった。ここは今も銃弾が飛び交う戦場であるが故に。
飛び出してきた青年がAKを拾った。
それもすぐに撃ち殺した。五発と三発を費やして、弾倉にはまだ半分ほどが残っていた。