ようこそ暴力至上主義の教室へ   作:戦竜

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第二話 VS須藤健

伊吹と堀北を潰した翌日。

宝泉和臣の身体には、久しぶりに心地よい熱が残っていた。

 

筋肉の奥に沈んだ鈍い痛み。

腕を回した時に走る軽い張り。

 

拳を握った時に、皮膚の下でじわりと蘇る昨日の感触。

 

悪くねぇ。

 

やっぱり人間の身体ってのは、使わねぇと腐る。

 

教室で机に向かって、教師のくだらねぇ説明を聞きながら、

宝泉は心の中でそんなことを考えていた。

 

特別試験だの、ポイントだの、協調性だの、

どいつもこいつも真面目な顔をして語っているが、

宝泉からすれば、そんなものは全部飾りにすぎない。

 

最後に相手を黙らせるのは、理屈じゃねぇ。

 

拳だ。

 

相手の目の奥に恐怖を叩き込み、二度と逆らう気が起きねぇようにする。

 

それが一番早い。

それが一番確実だ。

 

そして昨日、堀北と伊吹を相手にしたことで、その感覚は少しだけ戻ってきた。

 

だが、まだ足りない。

 

あの二人は思ったよりは動けたが、

それでも宝泉の中では肩慣らしに過ぎなかった。

 

もっと重い相手がいる。

もっと殴り甲斐のある相手が。

 

そう考えた時、次に浮かんだ顔はすぐに決まった。

 

須藤健。

 

あの赤髪のデカブツ。

バスケで鍛えた身体。

単純な馬力。

 

短気で、挑発に弱く、しかも宝泉を分かりやすく敵視している。

 

最高じゃねぇか。

 

呼び出す手間すら大していらなかった。

 

昼休み、廊下で須藤を見かけた宝泉は、わざと肩をぶつけるようにして横を通った。

 

「おい」

 

須藤の声が飛ぶ。

宝泉は足を止めず、少しだけ口元を吊り上げた。

 

「邪魔なんだよ、雑魚」

 

その一言だけで十分だった。

背後の空気が一気に熱を帯びる。

 

「てめぇ、今なんつった?」

「聞こえなかったか?耳まで筋肉で詰まってんのかよ」

 

振り返ると、須藤はすでに拳を握っていた。

 

いい顔だ。

 

怒りで真っ赤になった目。

今にも飛びかかってきそうな肩。

 

だが、それでも校内の廊下だから踏みとどまっている。

そこだけは、昔より少し賢くなったのかもしれない。

 

宝泉はつまらなそうに鼻で笑った。

 

「ここじゃ暴れられねぇだろ。校舎裏に来いよ」

「……上等だ」

 

即答だった。

単純すぎて笑える。

 

だが、その単純さが今はちょうどいい。

 

放課後。

校舎裏。

 

昨日と同じ場所に、今日も夕暮れの光が差し込んでいた。

コンクリートの壁が赤く染まり、室外機の低い唸りが、

妙に静かな空気の中で耳に残る。

 

宝泉が先に待っていると、しばらくして須藤が現れた。

 

一人だ。

 

余計な観客もいない。

 

いい。

 

「逃げずに来たか」

「逃げるわけねぇだろ」

 

須藤は低く言った。

その声には怒りが混じっていたが、昨日の伊吹や堀北とは違う重さがあった。

 

身体そのものが大きい。

 

肩幅もある。

足腰も強い。

 

ただ突っ立っているだけで、そこらの生徒とは圧が違う。

 

なるほどな。

 

宝泉は少しだけ嬉しくなった。

 

「お前、俺のこと気に入らねぇんだろ?」

「当たり前だ。お前みたいに力で周りを脅す奴は大嫌いなんだよ」

「へぇ。正義の味方気取りか?」

「違ぇよ。ただムカつくだけだ」

 

須藤は一歩踏み出した。

 

「鈴音たちに何したかは知らねぇ。でも、お前がロクでもねぇことしたのは分かる」

 

その名前が出た瞬間、宝泉は笑った。

 

「堀北?ああ、昨日の女か。思ったよりは動いたぜ。

まあ、最後は地面に転がってたけどなァ」

 

須藤の表情が変わった。

 

分かりやすく怒りが燃え上がる。

 

「てめぇ……!」

「来いよ、須藤。女の仇でも取ってみろ」

 

次の瞬間、須藤が飛び込んできた。

 

速い。

思ったよりずっと速い。

 

長い脚で地面を蹴り、距離を一気に潰してくる。

最初の拳は大振りだったが、威力はあった。

 

宝泉は腕で受ける。

 

鈍い衝撃が骨に響いた。

 

「おっ」

 

思わず声が漏れる。

 

軽くねぇ。

 

伊吹や堀北の攻撃とは違う。

 

体重が乗っている。

 

真正面から殴られれば、普通の奴ならそれだけで膝をつくだろう。

 

続けて須藤は左の拳を繰り出してきた。

宝泉は半歩引いて避ける。

 

風が頬を撫でた。

 

外れた拳が空気を裂く。

 

こいつ、ただのバカじゃねぇ。

 

身体能力だけなら、確かに上級の部類だ。

だが――喧嘩は身体能力だけで決まらない。

 

宝泉は踏み込む。

 

須藤の腕の内側へ入り、肩で体勢を崩しながら腹へ拳を打ち込む。

 

「ぐっ……!」

 

須藤の呼吸が詰まる。

 

だが倒れない。

 

すぐに歯を食いしばり、宝泉の肩を掴んで押し返してきた。

 

力がある。

 

宝泉の身体がわずかに後ろへずれる。

 

「へぇ」

 

面白い。

宝泉は笑った。

 

「やるじゃねぇか」

「舐めんな!」

 

須藤の膝が飛ぶ。

 

宝泉は身体を捻って避けるが、完全には逃げきれず、太ももに重い衝撃が入った。

 

痛みが走る。

いい痛みだ。

 

身体が目を覚ます。

 

宝泉は反射的に須藤の首元を掴み、力任せに壁へ押しつけた。

 

「調子乗んなよ」

 

そのまま拳を振るう。

須藤は腕を上げて防ぐ。

 

一発。

二発。

三発。

 

防御の上からでも、衝撃は須藤の身体を削っていく。

 

だが須藤は退かない。

 

壁を背にしながらも、足を踏ん張り、逆に宝泉の胸を押し返してくる。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

気合いだけは大したもんだ。

だが、気合いで勝てるなら誰も苦労しねぇ。

 

宝泉は須藤の押し返しに逆らわず、わざと半歩下がった。

 

須藤の身体が前へ流れる。

 

その瞬間、足を払う。

須藤の重心が崩れた。

 

「なっ――」

 

宝泉の肘が肩口へ入る。

須藤は地面へ片膝をついた。

 

だが、そこからが予想外だった。

 

膝をついた体勢のまま、須藤は宝泉の腹へ拳を突き上げてきた。

 

完全に不意を突かれた。

 

「ぐっ……!」

 

重い。

 

内臓の奥に響くような衝撃。

 

思わず宝泉の足が止まる。

その一撃は、ただの根性任せではなかった。

 

低い姿勢。

体重の乗せ方。

バスケで鍛えた下半身から生まれる爆発力。

 

こいつの身体能力は、本物だ。

 

宝泉は腹を押さえることなく、ゆっくり息を吐いた。

 

痛ぇ。

 

だが、悪くない。

 

「……今のは効いたぜ」

 

須藤は荒い呼吸をしながら立ち上がる。

 

額には汗。

肩も上下している。

 

それでも目は折れていない。

 

「まだ終わってねぇぞ、宝泉」

 

その言葉に、宝泉は笑った。

 

さっきまでの軽薄な笑いではない。

少しだけ、本気で面白がる笑いだった。

 

「いいぜ。お前、堀北たちよりずっと殴り甲斐がある」

 

宝泉は拳を握り直した。

 

ここから少しだけ、力を入れてやる。

 

須藤が再び突っ込んでくる。

今度は真正面ではなく、斜めから。

 

足運びも変えている。

単純なようで、学習はしているらしい。

 

だが遅い。

 

喧嘩の中で相手の変化を見る力。

 

一瞬の隙を拾う感覚。

相手が痛みを隠した瞬間を見抜く嗅覚。

 

そういうものは、体育館でボールを追いかけているだけでは身につかない。

 

須藤の拳を外側へ弾き、宝泉は懐へ入る。

 

腹。

脇腹。

肩。

 

連続で打ち込む。

須藤の身体が揺れる。

 

それでも倒れない。

 

だから宝泉は、さらに踏み込んだ。

 

「耐えるだけじゃ勝てねぇぞ」

「分かってる!」

 

須藤が腕を振るう。

 

大きい。

 

当たれば危ない。

だが大きすぎる。

 

宝泉は身を沈め、須藤の拳の下を潜った。

 

そして足元を崩す。

 

須藤の巨体が揺れる。

そこへ肩からぶつかる。

 

須藤は背中から地面へ倒れ込んだ。

 

だがすぐに起き上がろうとする。

 

その根性だけは認めてもいい。

 

「しつけぇなァ、お前」

 

宝泉は須藤の胸ぐらを掴み、無理やり引き起こした。

 

「そういう奴は嫌いじゃねぇ」

 

そして顔面すれすれに拳を止める。

 

須藤は一瞬、目を見開いた。

 

その隙。

 

宝泉の本命は、腹への膝だった。

 

「がっ……!」

 

須藤の身体が折れる。

呼吸が詰まる。

膝から力が抜ける。

 

それでも須藤は宝泉の腕を掴んだ。

 

倒れまいとしている。

 

「まだ……だ……!」

 

その声は、ほとんど意地だけで出ていた。

 

宝泉は少しだけ目を細める。

 

こいつは弱くない。

 

少なくとも、雑魚ではない。

 

ただ、足りない。

 

経験が。

 

恐怖の使い方が。

相手を壊す覚悟が。

 

宝泉は須藤の腕を振り払い、最後に胸元を突き飛ばした。

須藤は数歩よろめき、それでも踏ん張ろうとしたが、足がついてこなかった。

 

そのまま地面へ膝をつき、片手をついて、荒く息を吐く。

 

もう立てない。

終わりだ。

 

宝泉は須藤を見下ろした。

 

「悪くなかったぜ、須藤」

 

須藤は悔しそうに顔を上げる。

 

睨みはまだ消えていない。

だが身体が動かない。

 

その事実が、須藤自身にも分かっているのだろう。

 

「くそ……っ」

「悔しいか?」

「……当たり前だろ……」

「ならもっと強くなれや。次も俺に潰されたくなけりゃなァ」

 

宝泉は肩を鳴らした。

 

腹にはまだ、さっきの一撃の痛みが残っている。

 

いい痛みだ。

 

堀北や伊吹の時とは違う。

須藤の一撃には、確かな重さがあった。

 

自分の身体に、戦いの感覚が戻ってきている。

 

それが分かる。

胸の奥が熱くなる。

 

もっとだ。

 

もっと強い奴とやりてぇ。

 

須藤でこれなら、次はもっと面白くなる。

 

七瀬。

龍園。

アルベルト。

天沢。

 

そして綾小路。

 

思い浮かべるだけで、口元が勝手に歪んだ。

 

「ハハ……」

 

小さく笑いが漏れる。

それはすぐに大きくなった。

 

「ハハハハハハッ!」

 

校舎裏に、宝泉の高笑いが響く。

 

須藤は地面に膝をついたまま、その声を悔しそうに聞いていた。

 

宝泉はそんな須藤を背にして歩き出す。

 

勝った。

 

それも、昨日よりずっと手応えのある相手に。

 

身体はなまっていない。

むしろ戻ってきている。

 

自分の暴力はまだ通用する。

 

この学校でも、自分はまだ上にいる。

 

そう確信した瞬間、宝泉の中で膨らんでいた自信は、

さらに大きく、さらに歪に膨れ上がっていった。

 

「次だ」

 

誰にも聞こえない声で呟く。

 

「次は、もっと強ぇ奴だ」

 

この時の宝泉は、まだ知らなかった。

 

須藤の一撃で感じた痛みが、単なる勝利の余韻ではなく、

これから先に待つ本物の壁への最初の警告だったことを。




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