ようこそ暴力至上主義の教室へ   作:戦竜

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第四話 VS龍園翔

龍園翔という名前を思い浮かべた瞬間、

宝泉和臣の口元には自然と笑みが浮かんだ。

 

堀北と伊吹は肩慣らし。

須藤は馬力の確認。

七瀬は技術の確認。

 

だが、龍園は違う。

 

あいつは、ただ強いとか弱いとか、

そういう分かりやすい物差しだけで測れる相手じゃない。

 

前に無人島でやり合った時、宝泉は確かに龍園を圧倒した。

体格も、腕力も、純粋な暴力の出力も、すべてこちらが上だった。

 

それは今でも変わらない。

 

だが、あの時の龍園の目だけは、妙に記憶に残っている。

殴られても、追い詰められても、

負けを認めるどころか、どこか面白がっているような目。

 

痛みを恐れていない。

敗北を恐れていない。

 

むしろ、自分の身体が壊れる寸前まで相手の底を測ろうとするような、

イカれた観察者の目。

 

ああいう奴は、なかなかいない。

 

だから次の相手は、龍園に決めた。

 

借りを返す。

 

いや、正確には借りなんてもんは宝泉の中にはない。

 

無人島で圧倒したのは自分だ。

だが、それでももう一度叩き潰しておきたかった。

 

龍園翔という男が、今の自分にとってどの程度の相手なのか。

そして何より、あの不気味な笑みをもう一度、拳で歪ませてやりたかった。

 

放課後。

 

宝泉は簡単なメッセージだけを送った。

 

『校舎裏に来い』

 

それだけで十分だった。

 

龍園からの返信は、短かった。

 

「面白そうじゃねえか」

 

宝泉はそれを見て、声を出して笑った。

 

やっぱり来る。

あいつも同じだ。

 

最近、退屈していたのだろう。

 

小賢しい試験や、クラス同士の駆け引きばかりで、

腹の底に溜まった暴力の熱を持て余していたに違いない。

 

校舎裏に着くと、夕暮れの光はすでに建物の影に沈みかけていた。

空は赤黒く、壁際には冷たい風が流れている。

 

しばらくして、ポケットに手を突っ込んだ龍園が現れた。

 

一人だった。

 

「よう、宝泉」

 

龍園はいつものように笑っていた。

 

「今度は何だ?また俺を叩きのめして気持ちよくなりてえのか?」

「分かってんじゃねぇか」

「ククッ、相変わらず単純だな」

「単純で何が悪い」

 

宝泉は肩を鳴らした。

 

「殴れば分かる。倒れた方が下だ」

 

龍園は薄く笑う。

 

「それで世の中全部片付くと思ってるなら、やっぱお前はバカだ」

「あ?」

「だが嫌いじゃねえ」

 

龍園の目が、ぎらりと光った。

 

「俺も最近、身体が鈍っててな。ちょうど誰かを殴りてえと思ってたところだ」

 

その瞬間、空気が変わった。

 

言葉はもういらない。

 

宝泉は一歩踏み出した。

龍園も同時に動いた。

 

先に仕掛けたのは龍園だった。

低く滑るように距離を詰め、真正面ではなく斜めから拳を振ってくる。

 

須藤のような直線的な力任せではない。

七瀬のような綺麗な技術でもない。

 

もっと荒く、もっと汚く、もっと実戦的な動き。

 

宝泉は腕で受けた。

衝撃はそこまで重くない。

 

だが次の瞬間、龍園の膝が腹を狙ってくる。

 

続けて肘。

さらに足払い。

一つ一つの攻撃に、遠慮がない。

 

顔、腹、脚、喉元。

 

ルールのある競技では絶対に出てこないような場所を、当然のように狙ってくる。

 

「ハッ、いいじゃねぇか!」

 

宝泉は笑った。

 

こういうのだ。

こういう喧嘩がしたかった。

 

宝泉は龍園の腕を弾き、胸元へ拳を叩き込む。

 

龍園の身体が後ろへ下がる。

 

だが倒れない。

 

すぐに踏みとどまり、口元を歪める。

 

「効くなァ、お前の拳は」

「まだ軽いぜ」

「ならもっと来いよ」

 

言われるまでもない。

 

宝泉は踏み込んだ。

 

右。

左。

 

肩からの体当たり。

 

龍園は受け、流し、避けきれないものは身体で受けながら、

それでも反撃を返してくる。

 

並の不良なら、宝泉の最初の一発で戦意を失う。

須藤ですら、途中から肉体の限界が見え始めた。

七瀬は技で粘ったが、力の差を埋めきれなかった。

 

だが龍園は、痛みを受けても表情を崩さない。

 

むしろ、殴られるほど目が楽しそうに細くなる。

 

「お前、やっぱイカれてんな」

 

宝泉は拳を振り下ろしながら言った。

 

龍園はそれを肩で受け、低く笑った。

 

「テメェに言われたくねえよ」

 

龍園の蹴りが宝泉の脇腹に入る。

 

痛みが走る。

 

浅いが、角度が嫌らしい。

 

続けて龍園は宝泉の服を掴み、体勢を崩そうとしてくる。

その動きに、無人島で感じた龍園のしつこさが蘇った。

 

こいつは一度負けたくらいで終わらない。

 

殴られながら、こちらの癖を見ている。

 

攻撃の重さ。

踏み込みの間合い。

怒った時の呼吸。

 

そして次の一手を、ずっと探している。

 

だからこそ厄介だ。

 

だが、だからこそ楽しい。

 

宝泉は力任せに龍園を引き寄せ、腹へ膝を入れた。

 

龍園の身体が折れる。

 

そこへ拳。

 

龍園は腕で防ぐが、防御ごと押し込まれる。

 

背中が壁に当たった。

 

「どうした、龍園」

 

宝泉は笑いながら距離を詰める。

 

「無人島の時と同じじゃねぇか」

「クク……」

 

龍園は息を乱しながらも笑った。

 

「同じに見えるか?」

「あ?」

 

次の瞬間、龍園の足が宝泉の膝横を狙った。

 

宝泉の体勢がわずかに崩れる。

その一瞬を狙って、龍園の拳が顎先へ伸びる。

完全には避けきれず、鈍い衝撃が頭に響いた。

 

視界が一瞬揺れる。

 

宝泉は数歩下がった。

 

龍園は壁にもたれながら笑っている。

 

「見えたぜ、今の」

 

宝泉の中で、熱が跳ね上がった。

 

痛みより先に、歓喜が来た。

 

「ハハッ……!」

 

こいつ、やっぱり面白れぇ。

無人島の時より喧嘩を学習し、強くなってやがる。

現に無人島では自分に手も足も出なかった彼の攻撃を今は数発受けている。

しかも勝てないと分かっていても、諦めるどころか、次の傷を探してくるのも健在。

 

今の一撃で宝泉を倒せるわけではない。

だが、確かにこちらの隙を突いた。

 

それがたまらなく愉快だった。

 

「いいぜ、龍園」

 

宝泉は首を鳴らした。

 

「少しだけ本気で潰してやる」

 

そこから先は、不良同士の本気の殴り合いだった。

 

綺麗な技などない。

構えもない。

 

相手の目を見て、呼吸を読んで、次に来る攻撃を力で叩き潰す。

 

龍園の拳が宝泉の頬を掠める。

宝泉の拳が龍園の肩を打つ。

龍園の蹴りが宝泉の脚を削る。

宝泉の体当たりが龍園を壁際へ追い込む。

 

何度も、何度も、校舎裏に鈍い音が響いた。

 

だが戦況は変わらない。

 

宝泉が上だ。

 

それは最初から分かっていた。

腕力も、耐久力も、攻撃の重さも、宝泉が勝っている。

 

龍園は技としつこさと悪知恵で食らいついてくるが、

それだけでは覆せない差がある。

 

宝泉の拳が、ついに龍園の防御を大きく弾いた。

 

龍園の身体が開く。

 

そこへ、宝泉は肩からぶつかった。

 

龍園が地面へ倒れる。

すぐに起き上がろうとする。

 

その根性は認める。

 

だが、宝泉は逃がさない。

 

胸ぐらを掴み、無理やり引き起こす。

 

「まだ笑えるか?」

「……クク」

 

龍園は笑った。

 

口元を歪め、息を切らしながら、それでも笑った。

その顔を見た瞬間、宝泉は心底楽しくなった。

 

普通なら折れる。

普通なら怯える。

 

普通なら、もうやめてくれと目で訴える。

 

だが龍園翔は違う。

 

こいつは最後まで、こちらを値踏みしている。

 

「いい顔してんじゃねぇか」

 

宝泉はそう言って、最後の一撃を叩き込んだ。

 

龍園の身体が地面へ崩れる。

今度はすぐには立ち上がらない。

 

荒い呼吸だけが、校舎裏に残った。

 

決着だった。

 

宝泉は肩で息をしながら、倒れた龍園を見下ろした。

 

身体のあちこちが痛む。

 

須藤や七瀬の時より、ずっと濃い痛みだった。

 

だが、それがいい。

 

この痛みこそ、喧嘩をした証だ。

 

生きている実感だ。

 

「終わりだな、龍園」

 

宝泉が言うと、龍園は地面に片手をつき、ゆっくり身体を起こした。

 

完全に負けている。

それでも目だけは死んでいない。

 

むしろ、さっきより不気味に光っているように見えた。

 

「……このままじゃ終わらねえぞ、宝泉」

 

低い声だった。

 

負け惜しみのようで、負け惜しみではない。

 

龍園は笑っていた。

 

痛みに歪んだ顔で、それでも愉快そうに笑っていた。

 

「次は、テメェの笑い方ごと潰してやる」

 

そう言い残して、龍園はふらつきながらも立ち上がった。

そして宝泉に背を向け、ゆっくり校舎裏を去っていく。

 

普通なら、負けた相手の背中など惨めに見えるはずだった。

 

だが龍園の背中には、奇妙な圧が残っていた。

 

終わったはずなのに、終わっていない。

 

倒したはずなのに、消えていない。

 

あいつはまた来る。

 

そう思わせる何かがあった。

 

宝泉は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑った。

 

「ハッ、上等だ」

 

龍園が見えなくなると、宝泉は拳を握った。

 

痛みがある。

だが力も戻っている。

 

堀北と伊吹を倒した時よりも。

須藤を倒した時よりも。

七瀬を倒した時よりも。

 

今の自分は、明らかに戦える身体へ戻ってきている。

 

龍園翔。

 

あいつを真正面から潰した。

 

不良として前線で戦ってきた男を、また上から押し潰した。

それは宝泉の自信を、さらに大きく膨らませるには十分すぎた。

 

「ハ……ハハ……」

 

笑いが漏れる。

抑えられなかった。

 

「ハハハハハハッ!」

 

校舎裏に、宝泉和臣の高笑いが響き渡った。

 

もう誰にも負けねぇ。

そう本気で思った。

 

この学校の強者どもを、片っ端から潰していけばいい。

 

龍園でこれなら、次はもっと上だ。

 

天沢。

八神。

高円寺。

 

そして綾小路清隆。

 

名前を思い浮かべるだけで、拳が疼く。

 

宝泉は夕暮れの校舎裏を後にしながら、胸の奥で膨らむ万能感に身を任せた。

 

この時の宝泉はまだ知らない。

 

龍園の不気味な笑みが、単なる敗者の強がりではなかったことを。

 

そして、自分が今感じている「もう誰にも負けない」という確信こそが、

これから粉々に砕かれる最初の亀裂だったことを。




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