ドキュメンタリー・オブ・ゴジラタワー 作:よよよーよ・だーだだ
私の依頼主は急いでおられない。
――アントニ=ガウディ(建築家、サグラダ・ファミリアの建造について)
【ニュース】ゴジラタワー完全倒壊 建造七十年、一夜で崩壊
ガイガンとの交戦に巻き添え 財団「ゴジラの意図は判断留保」
【現地発】ゴジラとサイボーグ怪獣ガイガンによる四日間の沿岸交戦は、三日目の早朝、ゴジラタワーから約二百メートルの地点で最終衝突に至り、同日午前中、建造開始から七十年を経たゴジラタワーは完全に倒壊した。
ゴジラタワー財団は同日午後、「直接打撃はガイガンによるものと推定される」との見解を示した。一方でゴジラの関与については「詳細な映像分析を専門チームが進めており、現時点では判断を留保する」と述べ、意図的な破壊かどうかの判断を避けた。
ゴジラタワーは1954年、東京でのゴジラ出現を目撃した彫刻家セオドア=トッシュミットが建造を開始した。トッシュミットの死後、建造はゴジラタワー財団に引き継がれ、EU圏の地域開発ファンドと観光収益を財源に継続されてきた七十年の工事は顔の造形を残したまま終わりを迎えた。
タワー倒壊に対しては、怪獣保護団体「巨神擁護機構」が声明を発表。「ゴジラが人間の構造物を審判したのは必然だ」との見解を示した。詳細については追って会見を行うとしている。
タワー周辺には土産物屋や屋台が数十軒営業しており倒壊に巻き込まれたが、Gフォースは交戦二日目の時点でタワー周辺への接近を禁止し、翌日までに半径五キロ圏内の住民避難を完了させており人的被害は無かった。
(写真:倒壊したゴジラタワーの跡地。中央部に破損した鱗の一部が残っている)
写真家のシマ=マチコはタワー倒壊から二週間後、タワーから十キロほど離れたアパートの一室で取材に応じた。
壁には額入りのプリントが並んでおり、その大半はゴジラタワーを撮ったものだった。季節ごと、年ごとに光の加減が少しずつ異なる同じ被写体が、何十枚も繰り返されている。
――ゴジラタワーを撮り始めたのはいつ頃ですか。
「十五年ほど前に、この街に越してきたときです。最初はただ、散歩しながら撮っていました。この街に住んでいれば、あのタワーはどこからでも目に入りますから」
――最初から被写体として興味があったのですか?
「面白いというか、奇妙だと思いました」
――奇妙?
「だってそうじゃないですか、ゴジラの形をした巨大な建造物がずっと建設中だなんて。近くで見ると鱗の一枚一枚が人の背丈くらいあって、脚だけでもビルを超える大きさがあって、それが空に向かって延々と続いている……面白いものが撮れそうだなと思って、撮り始めました」
――地元の業者に撮った写真を販売していますね。
「ええ、撮り始めてからしばらくしてから声を掛けられて、土産物のポストカード用に写真を売ってくれないかって。本業と違って趣味で撮っていたものだし最初は断ったんですが、意外と良い値段をつけてくれたので……」
――それから定期的に撮るようになった?
「ええ。工事が進んだタイミングで撮るようになりました。腕がついた年、外装が変わった年……タワーは毎年少しずつ違う。だから毎年行く理由があった。そのうちに、気がついたら十五年経っていました」
――タワーに愛着はありましたか?
「……気がついたら、という感じでした」
少し間を置いた。
「最初はただの被写体でした。でも何年も撮っていると、あの場所のことをいろいろ知っていくんです。夕方に鱗が金色に見える角度があるとか、雨上がりの朝が一番きれいだとか、工事の段階が変わったとか。そういうものが積み重なって、いつの間にかお金のためだけじゃなく、自分のために撮るようになっていました」
――ゴジラとガイガンとの戦いが始まったとき、撮影に出かけましたか。
「ええ、すぐに出かけました。あんなものは滅多に撮れませんから」
――どこから撮りましたか?
「近くの高台です。Gフォースの避難指示は出ていましたが、規制線の外なら近づけた。望遠カメラを持って、高い場所を探して。怪獣が二体、沿岸で動いているんですよ。あれは撮りに行きます」
――その日の様子を教えてください。
「四日目の朝でした。近くのビルの屋上に上げてもらって、そこから撮っていました。ゴジラとガイガンが動くたびに地面が揺れる。望遠越しに見ると、ものすごい迫力で……」
――倒壊した瞬間は見ていましたか。
「ガイガンがゴジラに向かって、腕のハンマーハンドを振り上げたんです。それをゴジラが躱した拍子に、ガイガンの腕がそのままタワーに……」
少し止まった。
「ファインダーで追っていたのはゴジラとガイガンだったので、タワーが視野に入ったのは当たる直前でした。気づいたときにはもう、胸部のあたりから傾き始めていた」
――そのとき、どう思いましたか。
「頭が追いついていなかった、というのが正直なところです。タワーが傾いている映像がファインダーの中にあって、ただシャッターを切り続けていた」
――そのまま撮り続けたんですか?
「ええ。ファインダーを覗いているあいだは、あまり周りのことを気にしないんです」
――目の前でタワーが倒れ掛かっているのに?
「ええ。撮る時はいつも目の前のものを切り取ることだけを考えてます。あの瞬間もそうでした。タワーが崩れていく。光がきれいだった。それだけ考えていました」
――そのあと気づいた?
「……タワーが完全に崩れ落ちてから、ファインダーから目を離しました。そこで初めて、何が起きたか理解しました」
――後で写真を見ましたか。
「……見ました。良い写真でした。技術的に、という意味ですが。光の条件が良くて、タワーが傾いていく様子がきれいに撮れていました。それが、なんとも言えない気分で」
――その写真はどうするつもりですか。
「まだ分からないです。報道機関からは問い合わせが来ていますが、返事をしていません」
そう言って、マチコは壁のプリントを見た。どれも倒壊前のタワーだった。
「タワーが完成したら顔を撮るつもりでいました。十五年、顔のないものを撮り続けて、最後に完成した顔を撮る。そのつもりで、ずっと撮っていたので」
少し間があった。
「……それが撮れなかったのは残念ですね」
巨神擁護機構の活動家レイチェル=フォードは、避難先のホテルの一室で取材に応じた。
部屋は高層階にあり、窓の外にはかつてゴジラタワーが立っていた沿岸部が見渡せるはずだったが、厚手のカーテンが隙間なく閉じられていた。室内の照明は点けられていない。
――今回の倒壊について、機構はゴジラタワー財団への責任追及を始めたと聞きました。
「ええ。始めました」
短く答えてから、彼女は一度視線を落とした。
「責任は明確です。ゴジラタワーがあの場所に存在しなければ、ゴジラとガイガンの戦闘は少なくともあの形では起きなかった。70年にわたって、あの構造物は海に向かって立ち続けてきた。あれはただの建造物ではない。ゴジラの像であり、ゴジラを挑発し続ける標識でもあった。私たちはそう考えています」
――ただ、今回はガイガンとの戦いの巻き添えです。ゴジラが意図的にゴジラタワーを破壊したわけではない、という見解もあります。
「それを言い始めると、すべてが曖昧になります。ゴジラたち怪獣が何を考えているのか、私たち人間には分かりません。分からない以上、意図の有無を論じること自体が、私たち人間の責任の所在をぼかすことになる」
少し間を置いてから続けた。
「問題はそこではありません。問題は、怪獣が出現する沿岸域に、巨大なゴジラの像を70年も建て続けていたことです。その結果として、あの場所が戦場になった。これは事実です」
――あなたがた巨神擁護機構はこれまでゴジラタワーの建造に反対してきた。その意味では、かねてより主張していた通りになったとも言えますね。ゴジラが壊しに来る可能性があるから危険だ、と。
「いいえ、違います。私たちが求めていたのは……」
と、彼女は言ってから、改めて言い直した。
「私たちが求めていたのは、あの建物の建造を人間の側から止めることでした。人間が自らの理性と意志でもって中止の判断を下し、そして冒涜的なあのタワーを自らの手で取り壊すことです。ああいう形で終わることを望んでいたわけではありません」
数秒の沈黙のあと、話を戻すように続けた。
「いずれにしても、財団の責任は変わりません。財団は、いや私たち人間は長きにわたってゴジラタワーを利用して利益を上げてきた。観光、商品、補助金。そのすべてが、あの構造物の存在に依存していた。そして今、そうした構造を放置した結果として、周辺地域が壊滅的な被害を受けた」
――人的被害はありませんでした。
「それは避難が成功したからです。そしてそれが成功したのは幸運の賜物であり、成功しなければどうなっていたかは考えるまでもない。リスクは存在していた。そしてそれを作ったのは私たち人間です」
――財団は再建の可能性に言及しています。
「ええ、あれだけのことが起きて、また同じものを建てようとしている。同じ過ちを繰り返すことを、私たちは止めなければなりません。ゴジラタワー再建の動きが具体化すれば、法的手段も含めて対抗します」
――財団の再建計画を止めることが、今後の活動の中心になりますか?
「そうなります。タワーがなくなった今、問題の本質がより見えやすくなった。この機を逃す理由はありません」
そう言って彼女は席を立ち、インタビューを打ち切った。
退出する際、カーテンに手をかけて、そのまま数秒止まった。外の光が縁から少しだけ漏れているのをしばらく眺めた後、ようやく手を離した。
カーテンは閉じたままだった。
ゴジラタワー財団の理事長フィリップ=ルソー・スドウには、タワー倒壊から一ヶ月後、財団の欧州本部でビデオ通話を通じて話を聞いた。
――ゴジラタワーの存在がゴジラをこの地域に誘き寄せたと主張する人もいます。財団はこれについてどう答えますか。
「その主張については、財団として真剣に受け止めています。現在、外部専門機関と連携し、複数のデータセットに基づく包括的な分析を進めております。現時点で確定的な結論を提示する段階にはありませんが、引き続き透明性を確保しながら検討を進めてまいります」
――「真剣に受け止めている」というのは、可能性として否定できないということですか。
「現時点では、あらゆる可能性を排除しない立場で分析を進めているということです」
――財団の内部では、この問題はどのように議論されていますか。
「それについて、ここで詳らかにすることは適切ではないと考えています。内部プロセスの詳細については差し控えますが、法務、技術、リスク管理の各部門が連携し、総合的な観点から検討を行なっています」
――EU圏の補助金について、今回の件を受けて見直しの動きがあると聞きましたが。
「関係機関とは継続的に連絡を取っています。Gフォース、モナーク、いずれにせよ財団の事業の正当性については自信を持っており、適切な説明責任を果たしていきます」
――タワーの存在が怪獣災害の原因になったとすれば、再建はその被害を繰り返す可能性がある。その点はどうお考えですか。
「……それは、非常に難しい問いです。タワーがゴジラを誘引したかどうか、私にはわかりません。正直なところ、それを判断できる立場にないと思っています。ただ……」
と、ここでフィリップは言葉をいったん区切った。
「我々は70年にわたって、この構造物を作り続けてきました。しかし、その意味を完全に説明できていたかと言われると、必ずしもそうではなかったかもしれません」
――と、言いますと?
「再建するとしても、同じものを作れるかどうか。設計図の大部分は未整理のまま引き継いでいて、創始者のトッシュミットが最初に建造した土台部分は完全に失われてしまいました。創始者が何を意図していたかを正確に再現することは、もはや誰にもできないかもしれない。あるいは……」
そこまで言って、彼は言葉を止めた。
数秒後、表情がわずかに整えられ、フィリップは改めて言った。
「まぁ、これはあくまで個人的な所感であり、財団としての公式見解ではありません。再建の可否を含めた今後の方針については、各種評価と社会的議論を踏まえ、適切なプロセスを経て決定されるべきものと考えています」
――再建は前提として検討されているのですか。
「現時点では、複数の選択肢を排除せず検討している段階です。いかなる結論に至るにせよ、財団としては責任ある主体として、関係各所と連携しながら最善の判断を行なってまいります」
最後の一言は、最初に話し始めたときとほとんど同じ調子だった。
ゴジラタワーの麓でお土産屋を営んでいたダニエル=チャンの店は、タワー倒壊の巻き添えで崩壊した。
取材は、ダニエルが一時的に身を寄せている親族の家の近くで行われた。
――お店は?
「ありません。もう」
ダニエルは一度だけそう言った。
「タワーが倒れた時、私は避難所にいました。翌朝戻ったら、なかった。店も、ポストカードの在庫も、ゴジラの置物も全部」
――巨神擁護機構は、財団が周辺住民に与えた損害の責任を問うと言っています。
「私のことも言っているんでしょうね、たぶん」
彼はそれだけ言って、少し間を置いた。
「ただ、私が困っているのは損害を誰かに認めてもらうことじゃなくて、次に何をするかです。それはまだわかっていません」
――財団はタワーの再建を検討していると言っています。
「タワーを建て直したら、また何か売れるかもしれない。でも同じにはならないでしょう。タワーのポストカードは、もう撮れないですから」
――あなたはタワーに再建してほしいと思いますか。
「そりゃあ……」
と、口を開いてから、ダニエルはしばらく考えたあと答えた。
「そりゃあ、飯の種ですからね。あって困ることはありません。しかし……」
――しかし?
「こうして実際にゴジラたちに壊されたわけだし、やっぱり無かった方がよいのかもしれませんね。財団や政府は再建すると言い、活動家の人たちは再建を止めさせると言っている。私がどちらに何かを言える立場でもないと思っています」
ダニエルはそこで立ち上がり、「また次の商売を考えます」と言ってインタビューは終わった。
取材班が現地に到着したのは、午後三時過ぎだった。
規制線は一部が解除されており、許可証を提示すると瓦礫帯の外縁まで立ち入ることができた。ゴジラタワーがあった場所は、遠くからでもすぐに分かった。
地形が変わっている。
もともと平坦だったはずの地面が、波打つように盛り上がり、中央に向かってゆるやかに沈み込んでいる。全体が灰色の粉塵で覆われていた。
その中央に、比較的形を保った構造物が残っていた。
近くで見ると複数の鱗が重なり合うように残っており、パネル同士の継ぎ目や内部のフレームが露出していた。
胸部にあたる部分の外装だというそれは、思っていたより複雑な構造をしていた。そこに立つと、かつての大きさが少しだけ想像できる。
同行していたカメラマンがシャッターを切り続けていたが、やがて手を止めた。
「どこを撮ればいいのか分からないですね……」
答えは返さなかった。
ゴジラタワーの再建について、現時点で具体的な計画は示されていない。
財団は倒壊直後の声明で「複数の選択肢を排除せず検討する」との方針を示しているが、その後一ヶ月が経過した時点でも、再建の可否を含めた正式な判断には至っていない。
関係各機関との調整も継続中だ。
EU圏の文化遺産保護基金については、暫定的な調査対象としての登録が検討されているが、倒壊した構造物を「保護対象」とみなすことの妥当性をめぐり、内部で意見が分かれているという。再建を前提とする場合と、遺構として保存する場合とで、制度上の扱いが大きく異なるためだ。
一方、Gフォースおよびモナークは、当該地域の危険評価を見直している。
これまで観光区域として整備されてきた一帯について、「怪獣活動の集積点としての性質を持つ可能性」を指摘する報告書が提出されており、再建の可否に直接影響する見通しとなっている。
しかしゴジラタワーの存在がその要因であったかどうかについては、「現時点では相関関係の域を出ない」とされ、結論は保留されている。
財団内部でも、方針は一枚岩ではないとみられている。
関係者の一人は、「再建を急ぐべきだという意見と、いったん立ち止まるべきだという意見が拮抗している」と語る。前者は、観光資源としての価値や雇用への影響を重視する立場であり、後者は今回の倒壊を受けて「建造プロジェクトそのものを再検討する必要がある」とする立場だという。
ただし、いずれの立場においても共通しているのは、「同一のものをそのまま再現できるかどうかは不明である」という認識だ。
ゴジラタワーの設計は、創始者セオドア=トッシュミットの死後、断片的な資料と複数の解釈に基づいて継承されてきた。特に上部構造については、近年は生成AIによる補完設計が導入されており、どの時点の設計を「正」とみなすかについて明確な基準は存在しない。
今回の倒壊により、初期段階で建造された基礎構造の多くが失われたことも、再建を困難にしている。現地調査にあたった技術チームは、「残存部分から元の構造を逆算することは可能だが、それが創始者の意図にどこまで近いかは保証できない」としている。
かつてタワーが立っていた場所は、いまのところ何にもなっていない。
再建されるのか、残されるのか、あるいは別の形で利用されるのか……そのいずれについても確定した方針は存在せず、判断は先送りされたままになっている。
ゴジラタワーが倒壊してから、一年が過ぎた。
ゴジラタワー再建をめぐる法的争いは続いており、正式な決定は何も下されていない。かつてタワーが立っていた場所は、今も空いたままだ。
そんな中、取材に応じてくれた人がいた。
「お久しぶりです」
かつてゴジラタワーの造形を担当していた彫刻家シェーン=マッカーサーは、自身の工房で取材に応じた。
床には石膏の粉が積もり、棚には型と工具が並んでいた。高い位置にある窓から差し込む光が空気中の白い埃をゆっくりと照らしており、作業台の上には布をかけられた何かが置かれていた。
――倒壊後、現場には行きましたか。
「一度だけ、規制の一部が解除されたとき許可をもらって入りました。私が行ったときはまだ瓦礫の撤去作業中で、私が手掛けたゴジラタワーの鱗が残っていました」
――ご自身の仕事だと分かりますか。
「ええ、胸部の左側、下から三段目のあたりのものがありました。自分が仕上げたものかどうか、近くで見れば分かります。継ぎ目の処理の仕方が、人や制作時期によって違いますから」
――持ち帰ったりはしたのですか?
「いえ、最初はそのつもりでしたが、やっぱりやめました。あそこに置いておくべきだと思って」
――なぜですか。
「……分かりません。ただ、そう思いました」
――ゴジラタワーの再建については、どのようにお考えですか。
「何も考えはありません。それは私が決めることではないですから」
少し間を置いた。
「……ただ、同じものを作ることは、たぶんできないと思います。私が担当してきた鱗の寸法は、設計図には細かく書いていなかった。長い時間をかけて、トッシュミットが最初に作った実物を見本にして少しずつ調整してきたものです。その実物がなくなった今、何を基準にするか……」
途中で止まった。
「以前のインタビューで、上手くなったかどうかは分からない、と言いました。私の中のゴジラが変わったのかもしれない、と。それは今もそうです。最初に作った一番下の列と、去年作ったものとでは、形が違う。どちらが正しいかという問いには、答えられない」
――タワーは顔が未完成のまま倒れました。顔については、どうお考えですか。
「……ずっと、考えていました。どんな目にするか。どこに置くか」
工房の壁のどこかを見ていた。
「ゴジラの目は、あの生き物が何を見ているかが出る。かつて私が港で本物のゴジラを見た時、ゴジラもこちらを向いた。目が合って、見られていると思った。その感覚を彫ることが、ずっとできていなかった。財団にも意見を言いましたが、採用されたかどうかも分からないまま、タワーは喪われた」
少し間があった。
「ただ……今は、少し前より分かってきた気がします」
――倒壊して、分かってきた?
「現場に立ったとき……タワーがなくなった場所に立ったとき、初めて空が見えた気がしました。あそこはずっと、タワーがある場所でしたから。なくなって初めて、向こうに何があるかが見えた」
少し考えてから、続けた。
「港でゴジラを見た夜のことを、現場に立ちながら考えました。あの時、ゴジラがこちらを向いて、目が合って、見られたと思った。当時はただひたすらに恐ろしかったけれど……確かに自分がここにいると、分かった。何かに認識された、という感覚がありました」
また間があった。
「……タワーが消えた場所に立ってみたとき、また同じことを思いました。タワーはもうないけれど、あそこに何かがあったことは分かる。あそこに立つと、こちらが認識されている気がした。タワーがあった、という記憶に見られている気がしました」
――タワーがあった、という記憶に見られる?
「ええ。まだ分からないですが、なんだか分かってきた気はしています」
――その感覚は、彫れそうですか。
「……分からないです。でも、以前とは違う気はしています」
少し間があって、彼は作業台のほうをちらりと見た。
「以前は『彫れない』と思っていました。当時は技術的な理由だったのか、感覚的な理由だったのかはわかりません。しかし今は『彫れるかもしれない』という気持ちです。それが変わったことなのかどうかも、よく分からないですが」
――今は何を作っていますか。
「小さいものを作っています。ゴジラタワーと関係あるかもしれないし、ないかもしれない。まだ途中なので」
そう言ってシェーンは、布のかぶせられた作業台に目をやった。きっとその下には、シェーンが今制作している彫刻があるのだろう。
――次の新作は、本物のゴジラをモデルに制作しているのですか?
「ええ。ゴジラタワーは喪われましたが、本物のゴジラは消えていません。あのとき港で見た夜を思い出しながら描いたスケッチが、引き出しの中にあります。今でも時々出して見ます。あれが基準になっている」
――以前のインタビューで、信仰かもしれない、とおっしゃっていました。今も同じですか。
「……信仰かどうかは、今も分からないです」
少し間があった。
「ただ、タワーがなくなっても、ゴジラはいる。あの目は変わらない。それに向かっていることは変わらない。それが信仰と呼べるのかどうかは、分からないですが」
工房にしばらく沈黙が流れた。窓の埃が、ゆっくりと動いてゆく。
インタビューの最後に訊ねた。
――制作は続けますか?
「はい、続けます」
そう答えるシェーンの表情は、晴れやかなものだった。
おしまい。
今回の話の元ネタのひとつであるバルセロナの聖家族贖罪教会:サグラダ・ファミリアについて、建物全体は2034〜2035年頃に完成予定だそうです。行ったことは無いし行く予定も無いですが、出来上がるのは楽しみですね。
執筆BGM:キセキ(高橋李依)
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