適応進化する少年、人外魔境で暮らします   作:プーリとベルト

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二字のターゲット


10話

ルシリアは外した手袋を机の上へ丁寧に置きながら、なおも興味深そうな視線をアケムへ向け続けていた。

 

 淡い照明に照らされた室内は静かで、外の下層区域から響いていた喧騒も、厚い壁に隔てられたせいか今はほとんど聞こえない。

 

 

「もっと詳しく調べたいのですが、アケム少年の身体。流石に此処の設備では限界がありますね」

 

 白い指先を軽く顎へ添えながら、ルシリアは残念そうに息を吐く。

 

 

「僕の身体のことか、多分研究所か、喜泣公か……柴尾さんが詳しいかも」

 

 その名前を聞いた瞬間、ルシリアの目がわずかに細くなった。だが警戒というよりは、点と点が繋がった時の納得に近い表情だった。

 

「……なるほど、研究所育ちでしたか」

 

 彼女は小さく頷きながら棚へ歩み寄ると、細長い硝子瓶を取り出す。中には透明な液体が揺れており、酒にも薬品にも見えた。ルシリアは小さなグラスを二つ用意し、その片方へ液体を静かに注いでいく。

 

「私は下層区域育ちですよ。パークアドラ生まれ、パークアドラ育ち、生粋のパークアドラの人間です」

 

 硝子同士が小さく触れ合う音が鳴る。彼女はもう一つのグラスへも液体を注ぎながら、ふと思い出したように視線を上げた。

 

「……それはそうと、『喜泣公』と『紫の尾』と知り合いなのですか?」

 

 問い掛けと同時に、部屋の空気がほんの僅かだけ鋭くなる。柔らかな口調ではあったが、ルシリアがかなり重要な情報を確認しているのだとアケムにも分かった。

 

 彼は曖昧に首を傾げる。

 

「なんて言えば良いだろ。どっちも、不思議な関係かも」

 

「フフ……そうですね。お二方とも、妙な縁を結んでくるタイプですから」

 

 ルシリアはくすりと笑うと、注ぎ終えたグラスをアケムへ差し出した。

 

「あ、飲みます? 毒ではありませんよ」

 

「貰います」

 

 アケムが素直に受け取ると、ルシリアはどこか楽しそうに目を細め、自分のグラスを指先で軽く回しながら続ける。

 

「ですが、観象連盟の『喜泣公』と、R.A.I.D.の『紫の尾』。立場だけで言えば、ほとんど真逆ですよ」

 

「観象連盟?」

 

 聞き慣れない単語に、アケムは率直に聞き返した。

 

 するとルシリアは肩を竦め、呆れとも苦笑ともつかない表情を浮かべる。

 

「知りませんか? 『星見』『狂賢』『盤楽王』『千里眼』、そして『喜泣公』などの、都市に拠点を置く上位者達の暇潰しの集会ですよ」

 

「……どういう人達なの?」

 

「さて、人かどうかも怪しい方が混ざっていますので、難しい質問ですね」

 

 彼女は喉の奥で小さく笑い、それから何でもない調子で言った。

 

「ですが、全員機会が有れば殺したい方々です」

 

 あまりにも自然な口調だった。まるで好きな料理の話でもしているみたいな軽さに、アケムは一瞬だけ黙り込む。

 

「全員悪人ってこと?」

 

「えぇ、まぁ大体は」

 

 ルシリアはあっさり頷いた。

 

「全員、厄介な性質を抱えた変態どもです。まぁ、変態という意味では獣噛柴尾も大概なのですが」

 

 その名前を聞いた瞬間、アケムの脳裏には紫色の尾をぶんぶん振り回しながら意味不明な語尾を撒き散らしていた柴尾の姿が浮かぶ。

 

「……そうかもね。変な人だね、柴尾さんは」

 

「予測不能さなら都市随一でしょう」

 

 ルシリアは薄く笑った。

 

「まぁ、R.A.I.D.のツートップとなると、満場一致で『無敵』と『最強』の二人になるのでしょうが」

 

 そこまで話したところで、彼女はふと口を止める。

 

「……おっと、話が逸れてましたね。ですが丁度ダブルワーズの話をしていますし、明日のことへ繋げましょうか」

 

 

「何の?」

 

 ルシリアは静かにソファへ腰掛け、そのまま足を組みながら彼を見つめた。白い外套の裾がさらりと揺れ、細い脚線が照明の下へ浮かび上がる。

 

 

 アケムの問いに対して、ルシリアは柔らかな笑みを浮かべたまま答えた。

 

「勿論──これから殺す相手の話ですよ」

 

 室内の静けさが、一瞬だけ深くなった気がした。ルシリアは頬杖をつきながら、楽しげに目を細める。

 

「ターゲットの二つ名は『黒冠』血塊の冠を被り、王を名乗る憐れな男です」

 

「……二文字」

 

「はい。ダブルワーズの一人です。厄介な力を持ち、そして少々、殺しづらい場所に居る方でしてね」

 

 彼女はそこで一度言葉を切り、グラスへ口を付ける。透明な液体を喉へ流し込みながらも、その表情にはどこか愉悦が浮かんでいた。

 

 アケムは静かにルシリアの言葉を聞いていた。彼女は殺す相手の話をしているはずなのに、その口調は奇妙なほど穏やかで、まるで旅行の計画でも語っているみたいだった。

 

 

「楽しそうだね」

 

「えぇ。彼をどの様に殺すかを考えるだけで、堪らない気持ちになります。……おっと、アケム少年には私の正体を話しているからでしょうか。つい口が緩くなっていけませんね」

 

 そう言いながらも、彼女の声音には反省らしい色はほとんど無かった。むしろ秘密を共有した相手との会話を喜んでいるようですらある。

 

「それで、僕をどう動かしたいの?」

 

 その問いを受けた瞬間、ルシリアはソファの背へゆっくり身体を預けた。組んでいた脚を静かに入れ替えながら、長い黒髪を指先で払う。

 

「本来なら、私一人でも手段を整えれば殺す場は作れそうだったのですがね」

 

 彼女は穏やかな口調のまま続ける。だが、その言葉の端々から既に何度も暗殺計画を組み立てて来たのだろうと予想がつく。

 

「今日、アケム少年と出会ってしまった……だから、アナタには一つの手段になって欲しいのです。私の武器として、ね」

 

 静かな声だった、脅しでも命令でもない。けれど、その言葉には妙な重みがある。アケムは少しだけ黙り込み、それから視線を上げる。

 

「……条件を出しても良いかな」

 

 その返答に、ルシリアは少し意外そうに眉を上げたあと、楽しげに笑った。

 

「構いませんよ。ですがアケム少年、何か欲しいものでも?」

 

「中層へ移動する手段と、中層へ戻ってから人を探すのを手伝って欲しいんだ」

 

「なるほど降ってきたのは中層からでしたか。えぇ、問題ありませんよ。その条件でアケム少年に協力して貰いましょう」

 

「良かった、約束は破らないでね」

 

 その言葉に、ルシリアの口元がゆっくり歪む、愉快そうで、それでいてどこか試すような笑みだった。

 

「……それでは、もし私が破ったら。アケム少年はどうします?」

 

 室内の空気が少しだけ静まる、だがアケムは視線を逸らさなかった。

 

「バンディアさんの敵になる」

 

 その返答は驚くほど真っ直ぐだった、脅迫でも激情でもなく、ただ当然の未来を語るみたいな声音。

 

「フフ……それは困りますね」

 

 彼女は楽しそうに肩を竦める。

 

「味方のままで居てもらいましょう」

 

 そう呟いたあと、ルシリアは机の引き出しへ手を伸ばした。内部から取り出されたのは、数枚の写真と古びた端末、それから黒い封筒だった。

 

 彼女はそれらを机へ並べると、先ほどまでの柔らかな空気を少しだけ薄め、仕事人の顔になる。

 

「では最後に──能力と、場所について話しましょうか」

 

 淡い照明の下で、写真の一枚が机の上を滑る。

 

 そこに映っていたのは、黒い王冠にも見える異形の血肉を頭部へ纏った男だった。人の姿をしているはずなのに、その周囲だけがまるで乾いた血で塗り潰されているみたいに歪んで見える。

 

 アケムは無言のまま、その写真を見下ろした。

 

 するとルシリアは、どこか愉快そうに目を細める。

 

「『黒冠』。下層でもかなり厄介な部類のダブルワーズです」

 

 彼女は指先で写真を軽く叩いた。

 

「能力は単純。ですが厄介極まりない」

 

 ルシリアの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。

 

「彼は、自分が流した血液を支配します。それだけなら、少し厄介程度なのですが……」

 

 「それだけじゃ、ないんだね」

 

「はい、流石はダブルワーズと言ったところでしょうか。彼が流した血液は、どれほど時間が経過しても操作対象から外れないのですよ」

 

 彼女の白い指先が、机の上をゆっくり滑る。

 

「攻撃に転用するのは当然として、防壁にもなる。更には輸血へ混ぜ込めば、肉体や精神へ干渉し、洗脳染みた真似まで可能になるのです」

 

 淡々と説明される内容は、あまりにも悪質だった、アケムは静かに聞きながら、小さく首を傾げる。

 

「でも、人間って血の量そんなに多くないよね?」

 

 その疑問へルシリアは頷きながら口を開く

 

「普通ならそうですが。パークアドラですよ、此処は」

 

 その言葉には、この都市そのものへの諦めにも似た実感が滲んでいる。

 

「自身の血液を数千トン単位で保有する方法など、探せば幾らでも存在します。培養槽、異界生物との混成臓器、血液増殖系統の魔術……まぁ、碌でもない手段ばかりですがね」

 

 彼女は肩を竦めながら続けた。

 

「そして『黒冠』は、その殆どの方法を試み実際に積み上げてしまった」

 

 室内の空気が少しだけ重くなる。ルシリアは写真の下からもう一枚の資料を引き抜き、机の上へ広げた。

 

 そこに描かれていたのは建築図面だった。だが普通の建物ではない。幾重もの円環構造と脈管めいた通路が重なり合い、まるで巨大生物の内臓をそのまま建築物へ変えたような不気味な構造をしている。

 

「彼は今、自身の血液が循環する城の中に居ます」

 

 ルシリアの声が静かに響く。

 

「壁の内部を血が流れ、床の下で脈動し、侵入者を感知すれば即座に槍にも濁流にも変わる。城そのものが、彼の身体の延長なのですよ」

 

 アケムは図面を見つめながら、小さく呟いた。

 

「……生き物みたい」

 

「実際、半分くらいは生きていますよ。あの男はそんな城で要塞で、自分を王だと本気で信じている。血で出来た王国を築き、その中心で冠を被っているんですから。さて、そんな場所へ乗り込む訳ですが……アケム少年」

 

 そこで彼女は、ふと視線を上げた、赤い瞳が、じっとアケムを見つめる。

 

「アナタ、自分がどれくらい強いのか把握していますか?」

 

「バンディアさんや柴尾さんよりは弱いかな」

 

 アケムは特に気負う様子もなく答えた。自分を卑下している訳ではない。ただ事実としてそう感じているだけなのだろう。

 

 ルシリアはその返答を聞くと、小さく笑いながら背もたれへ身体を預けた。長い脚を組み直しつつ、彼女はどこか教師めいた口調で話し始める。

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 その言葉と共に、彼女は机の上へ指先を軽く打ち付けた。

 

「私がざっくり数値化するなら、『紫の尾』はアケム少年より、ほぼあらゆる基礎性能が五十倍程度は上です」

 

 さらりと告げられた内容だったが、普通なら冗談にしか聞こえない数字だった。

 

 だがアケムは、昼間に見た紫色の残光を思い出す。

 

 異界怪獣の腕を木の棒で粉砕し、空間の歪みを踏み越えながら笑っていた存在。あれを思い返せば、むしろ「五十倍程度」で済むのかという感覚すらあった。

 

 ルシリアは続ける。

 

「対して私の場合、殺害に関する技術なら百倍以上の差があります」

 

 その声音には誇張も虚勢も無かった。ただ積み重ねた経験を、そのまま口にしているだけだ。

 

「人体構造の理解、急所、毒物、暗器、魔術、心理誘導、環境利用、殺し合いにおける思考速度……そういった相手を殺す為の技術なら、今のアケム少年ではまず私に届かないでしょう」

 

 彼女はそこで一度言葉を切り、じっとアケムを見つめる。

 

 そして、不意に口元を緩めた。

 

「ですが、運動性能だけで言えば話は別です」

 

「別?」

 

「えぇ」

 

 ルシリアは楽しそうに頷く。

 

「純粋な身体能力だけなら、既に互角近い……いえ、条件次第ではアケム少年の方が上かもしれませんね」

 

 その瞬間、室内の空気が少しだけ静まった。

 

 アケム自身、自分の力を正確に把握している訳ではない。だがルシリアほどの存在が、冗談抜きでそう評価しているのだとしたら、それはきっと事実なのだろう。

 

 ルシリアはグラスを揺らしながら、興味深そうに続ける。

 

「特に異常なのは感覚器官ですね。空間認識、反応速度、危険察知……全部が人間の領域を踏み越え始めている」

 

 その言葉を聞いても、アケムはどこか実感の薄い顔をしていた、するとルシリアはふっと肩を竦める。

 

「まぁ、安心してください。今のアケム少年なら、まだ私が殺せますから。話すことは以上でしょうか……それでは、そろそろ寝ましょう」

 

 ルシリアは資料を纏めながら静かにそう告げた。机の上へ広げられていた写真や端末が整然と片付けられていき、部屋の空気も少しずつ仕事の色を薄めていく。

 

 アケムは資料を片付ける彼女を見つめながら、小さく口を開く。

 

「最後に、一つ聞いて良いかな?」

 

 

「なんですか?」

 

 彼女は振り返りながら問い返す、アケムは少し考えるように間を置いてから尋ねる。

 

「『黒冠』の名前って何?」

 

「……名前ですか」

 

 彼女は小さく呟き、それからソファへ背を預け直す。

 

「彼の名は、グラド・エゼルバイン」

 

 その名前が部屋へ静かに落ちる。

 ルシリアは淡々と続けた。

 

「元は闇医者でした。腕は良かったらしいですよ。違法義肢、異界感染、肉体改造、臓器売買……表では扱えない患者を専門にしていたとか」

 

 彼女の声音には軽蔑とも感心ともつかない響きが混ざっている。

 

「ですが、酷く金にがめつかった」

 

 そこでルシリアは、小さく笑った、冷たい笑みだ。

 

「治療費を吊り上げる為に、わざと医療行為を失敗することもあったそうです。治せる傷を治さず、患者を壊し、不安を煽り、更に金を搾り取る」

 

 室内の空気が少しだけ重くなる。

 

「当然、恨みも大量に買った。ですが彼は生き残った」

 

 ルシリアは机へ肘をつきながら続ける。

 

「血液操作の才能に目覚め、自分の城を築き、力を手に入れた結果……今では下層でも手を出しづらい怪物の一人です」

 

 そう言ってから、彼女はじっとアケムを見つめた。

 

「……どうして名前を?」

 

「殺す相手でも、名前くらいは知っておきたいなって」

 

 「きっと、アケム少年は一度覚えた名前を二度と忘れないでしょうね」

 

 「そうだね」

 

「そう言う生き方を私は尊敬しますよ、利用できそうだと思って拾ったのがアケム少年で良かった」

 

 

 「僕も下層区域に来て、バンディアさんに会えて良かったと思えると良いな」

 

 そんな事を呟いて彼は目を閉じた、安心したのでは無い明日の為に彼は、彼の身体は準備を始めたのだ。

 




名前 ルシリア・ノクト・バンディア(偽名)
年齢 23、4歳(複数の異界に長期間滞在している為、現界時間との誤差有り)
身長 188cm
体重 79kg
立場 無所属
通称 『殺人狂』 旧『殺人乙女』
家族 消息不明(父母はどちらも地球人類)
言語 現界共通語・複数異界言語・古代術式言語の一部を習得

外見的特徴
視線や立ち姿には妙な静けさがあり、常に白系統の外套や手袋を着用している。敵意・殺気・感情の揺らぎを極端に隠蔽しており、戦闘直前まで普通の人間にしか見えない。


好きなもの 死に様、悪人
嫌いなもの 特に無し
趣味 武器の収集、人体観察

能力 殺害の手練手管
殺害に関する技術・経験・思考速度・心理操作能力が異常域へ到達している。暗器、毒物、銃器、近接戦闘、解剖学、魔術、環境利用、誘導、拷問、潜入、変装など、あらゆる殺す為の技術を修得済み。また、異界経験によって多数の異常存在への対処知識も有しており、人外相手ですら様々な手段を用意し殺せる形へ落とし込む事を得意とする。
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