怪物になれなかった少年は人外魔境にて進化を続ける   作:プーリとベルト

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第12話∶革命準備

 

「久々の大怪我ですね……治療キットは何処でしたか」

 

 裂けた白外套の肩口を軽く押さえながら、ルシリアが小さく息を吐く。先ほどまで空間を埋め尽くしていた殺気は既に薄れ始めていたが、それでも彼女の肩からは細く赤い血が滲み続けていた。

 

「僕が取ってくるよ。何処?」

 

「そこの棚です。左から二番目の箱をお願いします」

 

 アケムが棚へ近づくと、内部には包帯や注射器、色の違う薬瓶が几帳面に並べられていた。薬品棚というより、小型の医療室にも見える光景だった。

 

 金属箱を抱えて戻ると、ルシリアは「ありがとうございます」と柔らかく笑い、そのまま慣れた手つきで白外套を脱いでいく。

 

 露わになった肩口には、先ほどアケムが掠めた傷痕が深く残っていた。裂けた皮膚から血が伝っているにも関わらず、彼女は眉一つ動かさず、消毒液を染み込ませた布を淡々と押し当てていく。

 

「そう言えばだけど、回復薬みたいなのは使わないの?」

 

「アケム少年はそちら派ですか?」

 

「いや……パークアドラで初めて使ったというか、浴びたのがそれだったから」

 

「その類の薬品は確かに便利ではありますよ」

 

 彼女は包帯を広げながら、どこか講義でもするような口調で続ける。

 

「ですが、あれは万能ではありません。基本的には自己治癒能力を強引に加速しているだけですし、急速に効果が出たとしても完全治癒まで持っていける訳ではない。肉体への負担も大きいですし、多用すれば細胞異常や精神汚染を引き起こす場合もあります」

 

 淡々と語られる内容は随分と物騒だったが、ルシリア自身は慣れ切っているのか、まるで日用品の欠点でも説明するような自然さだった。

 

「まぁ……アケム少年は別かもしれませんがね」

 

「僕?」

 

「えぇ」

 

 包帯を巻き終えたルシリアが、興味深そうにこちらを見る。

 

「先程、感電毒を受けた際。普通なら最低でも数秒は神経が硬直します。ですがアケム少年の身体は、毒性へ適応しながら戦闘を続行していた」

 

 彼女は細い指先で自分のこめかみを軽く叩いた。

 

「理解不能ですよ。生物としての防衛機構が異常に早過ぎる」

 

 アケムは少し考えるように視線を落とした。だが、自分の身体の変化について問われても上手く説明は出来ない。ただ気付けばそうなっていた。それだけだった。

 

「普通じゃない?」

 

「全く。ですが安心してください。パークアドラでは、普通ではない程度、珍しくもありませんから」

 

「パークアドラは凄いところだからね」

 

「えぇ。だから私が異常者としても暮らせるんですよ」

 

ルシリアは肩の包帯を軽く叩く。

 

「さて、後は魔術で調整すれば数時間で治ります」

 

 彼女はそう呟きながら立ち上がると、机へ置かれていた下着や外套を着て白手袋を再び嵌めていく。その仕草には奇妙なほど隙が無い。

 

「では、そろそろ出掛けましょうか。準備を済ませて、夜には革命の決行です」

 

 革命、その言葉を聞いても、アケムにはあまり実感が湧かなかった。

 

 国を変える訳でもない、民衆が立ち上がる訳でもない。今夜起きるのは、たった二人による殺人だ。それなのにルシリアは祭りの前日を迎えたみたいに楽しそうだった。

 

 

「……『黒冠』を殺しに行くんだね」

 

「えぇ」

 

 ルシリアは静かに頷き、そのまま壁際の棚から黒いケースを取り出した。内部には短銃、細身のナイフ、見覚えの無い術式媒体が隙間無く収められている。

 

 彼女はそれらを迷い無く選び取りながら、まるで今夜の食事でも決めるみたいな自然さで口を開いた。

 

「とは言え、真正面から城攻めをする訳ではありませんよ、『黒冠』の城は、彼自身の循環器官みたいなものです。外壁、通路、床下、その全てへ血液が張り巡らされている以上、正面突破は最悪に近い選択でしょうね」

 

 

 ルシリアは黒いケースの内部へ視線を落としながら、細い指先で幾つかの武装を確かめていく。短銃の弾倉を確認し、銀色の小瓶を懐へ滑り込ませ、細身のナイフを外套の内側へ隠すその動作は、戦闘準備というより長年繰り返してきた日課のように自然だった。

 

「『黒冠』は臆病者です。真正面からの戦闘は好みません。ですので、自分が絶対的優位を保てる環境を作り上げた。城の内部では、侵入者を感知すれば即座に反応し、壁そのものが牙を剥く。下手に暴れれば、建物全域から迎撃されるのは必至でしょう」

 

「……面倒だね」

 

「えぇ、とても」

 

 ルシリアは小さく笑った。

 

「ですが、完全ではありません。どれほど巨大な循環器官を築こうと、血液を制御しているのは結局『黒冠』本人です。ならば、必ず意識を向けなければならない箇所が存在する」

 

 そう言いながら、彼女は机の上へ一枚の図面を広げた。脈管みたいな通路が幾重にも走る不気味な構造図だったが、その中心部だけは赤い印で丸く囲まれている。

 

「此処?」

 

「はい、この中央区画は、培養血液の制御槽と直結している中枢領域です。言わば心臓ですね」

 

 アケムは静かに図面を見つめていた。巨大な血液循環城。それは要塞というより、巨大生物の臓器標本みたいだった。

 

「つまり僕達は、その心臓を目指すんだね」

 

「えぇ。ただし、そこへ辿り着くまでにも面倒な番犬が大量に居ます。血液操作で作られた怪物に、精神操作で下僕となったクワトロワーズやクインテットワーズ十数名、他にも異界生物がいます」

 

「二つ名を持った人達が下僕に……」

 

「ですが、アケム少年。今夜の主役はアナタですよ」

 

「僕?」

 

「彼がダブルワーズたる由縁はトリプルワーズを一人戦力として従えている点です、従えられたのは相性が悪いというのも有りますがね。『紫の尾』や『喜泣公』ならばこうは行かないでしょう……まぁ彼らは文字数詐欺の様な存在ですが」

 

「バンディアさんも?」

 

「そうですね、様々な死因、敗因への対策や秘策は幾つも用意しています。そして『黒冠』の最大戦力たるトリプルワーズの一人の二つ名は『鉄騎士』セクタルです」

 

「『鉄騎士』どんな相手なの?」

 

「まぁ『紫の尾』ほど理不尽な存在ではありません。ですが純粋な戦闘能力だけなら、私より上です。厄介な相手でしてね。異常な耐久力と自己修復能力を持ち、加えて近接戦闘技術も高水準。真正面から戦えば、まず並のトリプルワーズでは突破は難しいかもしれません」

 

「……正に騎士って感じだね」

 

「えぇ、本人もそのつもりなのでしょう。甲冑を纏い、弱者を守る真似事を好む男でした」

 

 そこでルシリアは薄く笑った。だが、その笑みには僅かな嘲りが混ざっている。

 

「もっとも、現在守っている相手が『黒冠』では滑稽極まりない話ですがね」

 

「その人を、僕がやるの?」

 

「理想を言えば、ですね」

 

 ルシリアは机の縁へ軽く腰を預けながら続ける。

 

「私は『黒冠』を殺します。その為に最短で中央区画へ辿り着きたい。ですが、『鉄騎士』はこちらを確実に止めに来るでしょう」

 

 静かな声だった。しかし、その瞳の奥には既に殺害手順が組み上がっている。

 

「本来なら、私が足止めを引き受けるべきでしょうね。ですが、それでは『黒冠』へ届くまでに時間が掛かり過ぎる。城全体が警戒態勢へ移行すれば、流石に面倒です」

 

 彼女はそう言いつつ、ゆっくりとアケムへ歩み寄った、白い手袋越しの指先が、軽く彼の肩へ触れる。

 

「だから、アケム少年。アナタには『鉄騎士』を引き受けて欲しい」

 

 その言葉に重圧は無かった。命令でも脅迫でもなく、ただ事実として最適解を提示している声音。だが同時に、それはトリプルワーズ級戦力との戦闘を当然の前提として語っているという事でもある。

 

 普通なら正気を疑う話だった、それでもアケムは、少し考えるように視線を伏せたあと、小さく頷く。

 

「分かった」

 

 あまりにも自然な返答だった、ルシリアは数秒ほど沈黙し、それから不意に吹き出すように笑った。

 

「フフ……本当に、怖いくらい素直ですねぇアケム少年は。ですが安心してください。無理に勝てとは言いませんよ。時間を稼ぐだけでも構いませんし、最悪の場合は逃走を優先しても良い」

 

「大丈夫だよバンディアさん」

 

「ほう?」

 

「倒してすぐに追いつくからさ」

 

「それは、とても楽しみですね」

 

 そう呟きつつ、彼女は黒いケースを閉じると、そのまま壁際へ立て掛けられていた長銃を軽く持ち上げた。細身の銃身へ刻まれた淡い術式の紋様が、室内灯を受けて静かに光る。

 

「ですが、嫌いではありませんよ。強者を前に怯え過ぎる人間は、結局そこで思考が止まってしまうものですから」

 

 ルシリアはそう言いながら、黒いケースの底へ手を差し入れた。細い指先が幾つかの道具を掻き分け、やがて三つの品を机の上へ静かに並べていく。

 

「折角です。前金代わりに、幾つか渡しておきましょう」

 

「??」

 

 アケムが首を傾げると、彼女は楽しげに口元を緩めた。

 

「一つ目は情報。二つ目は武器。そして三つ目は道具です」

 

「情報って、中層に帰るための?」

 

「まぁ、そうですね。とは言っても、本命と呼べるほど確実なものではありませんが」

 

 そう前置きしながら、ルシリアは古びた端末を起動する。淡い光が空中へ投影され、巨大な建築物の立体映像が浮かび上がった。

 

 それは塔だった。

 

 否、塔と呼ぶには余りにも歪だった。無数の階層が捻じれながら積み上がり、都市そのものを縦へ引き伸ばしたような異様な建築物。表層では煌びやかな照明が瞬き、その奥側では何か巨大な影が脈動している。

 

「終末賭博場《ラグナロク》。『三』がディーラーとして勤めている異界建築です。下層から上層まで複数領域へ接続されている、半永久循環型の巨大異界ですね」

 

「……賭博場?」

 

「えぇ。金銭、寿命、肉体、記憶、能力、臓器、未来……ありとあらゆるものを賭けの対象にする場所ですよ」

 

「そんなモノを取り引き出来る場所が有るんだ」

 

「そして、この賭博場はただでは通してくれません。通過するだけでも、何かしらの賭け事をする必要があります。冷やかし客は歓迎されませんからね」

 

「危ない場所?」

 

「パークアドラで安全な場所を探す方が難しいでしょう?」

 

 彼女はくすりと笑い、そのまま二つ目の品へ手を伸ばした。

 

 机の上へ置かれたのは、白い指抜きグローブだった。布地には淡い銀糸みたいな紋様が走っており、角度によって僅かに光を反射している。

 

「こちらは武器です。アケム少年、アナタは徒手を主体にした戦闘が得意なようですからね」

 

 ルシリアは自分の白手袋を軽く持ち上げる。

 

「色もお揃いですよ」

 

「……本当だ」

 

「フフ、嫌でしたか?」

 

「嫌じゃないよ」

 

「このグローブには簡易術式が編み込まれています。打撃力の増幅と、局所的な防御貫通補助ですね。『鉄騎士』相手では微量でしょうが、それでも無意味ではありません」

 

 アケムがグローブへ触れると、布地は驚くほど柔らかく、おまけにアケムは手に付けるとサイズがピッタリだった。

 

「最後に、これが道具です」

 

 ルシリアが小瓶を持ち上げる。内部では淡い青色の液体が静かに揺れていた。

 

「再生薬……と言っても、市販品より随分危険ですがね」

 

「危険なんだ、デメリットが大きいの?」

 

「通常の人間なら、過剰投与で肉体崩壊や精神汚染を引き起こします。細胞増殖を無理矢理加速させる代物ですから。ですが、アケム少年なら話は別です。むしろ、使い続ければ……」

 

「使い続ければ?」

 

「……いえ、これは後のお楽しみにしておきましょう」

 

 その笑みは、研究者めいていた。

 

 アケムは小瓶を受け取りながら、静かに息を吐く。中層への情報、武器、再生薬。どれも普通の人間なら命を賭けてでも欲しがる類のものだ。

 

「こんなに貰って良いの?」

 

「えぇ。投資ですから。アケム少年は、恐らく今後もっと面白い存在になるという期待です」

 

 その声音には打算が混じっていた。だが同時に、純粋な期待も確かに含まれている、ルシリアは壁際へ立て掛けていた長銃を手に取ると、ゆっくりと外套を翻した。

 

「では、そろそろ向かいましょうか」

 

「『黒冠』の城へ?」

 

「えぇ。民から王への刃、革命の時間です」

 

 そうして二人は動き出す、一人は王を殺すために、一人は生きたいと思った場所に帰る方法を探すために。

 




プロフィール

クインテットワーズ
五文字の二つ名を持つ存在達。一般人を基準値1とした場合、平均して百倍以上の実力あるいは影響力を持つとされる。戦闘能力だけではなく、特殊技能、資産、知識、異界適応力など評価対象は多岐に渡る。一部界隈では既に危険人物、あるいは将来有望な異常存在として認識され始めているが、社会全体への知名度は低い。裏社会、企業、武装組織などへ所属し始める者も多く、人間を逸脱し始めた入口と評される。

クワトロワーズ
四文字の二つ名を持つ存在達。十人に一人は名を知るとされる著名階級であり、実力・知名度・社会的影響力のいずれかが一定水準を超えて人に認知される様になれば付けられる。武装組織の幹部、企業の重役、都市の顔役、政治家、大商人など、社会構造へ直接食い込む者が多い。単独でも十分な脅威となるが、三文字や二文字の真の怪物達と比べれば劣る。しかしこの段階は戦闘力を計算に入れずに付けられる事も多く『商売大公』『電脳歌姫』『異界鑑識』が有名といえる。
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