怪物になれなかった少年は人外魔境にて進化を続ける   作:プーリとベルト

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第13話∶攻城開始

 

 

 下層区域、その中でもかつて元ソフィル歓楽街と呼ばれていた一帯は、今や見る影も無かった。

 

 崩れた建物の残骸が通路脇へ積み重なり、割れた看板や捨てられた装飾品が埃に埋もれている。かつては夜を彩る光と喧騒に満ちていたのだろうが、今は配管の唸り声と風に転がる金属片の音だけが虚しく響いていた。

 

「今はもう移転しちゃったけど、『夜の女王』がここ一帯を支配してたんだ。まぁ『黒冠』に荒らされてこの通りだけどね」

 

「何で、わざわざこの地域を?」

 

「兵力の確保だよ。用心棒としてそこそこの兵力が固まってたんだ」

 

「そっか……」

 

 納得しかけたところで、アケムはふと足を止めた。妙だった。視界に映る景色は廃墟同然だというのに、感覚だけが何かを訴え続けている。

 

 地面の下から、壁の向こうから、遠くの建物の内部から。

 

 まるで無数の生き物が眠っているかのような気配が、街全体へ薄く広がっていた。

 

「……ん、これは気配がそこら中からする……」

 

「気づいたね、城──正しくは『黒冠』の牙城たる血冠城も厄介だけど、この支配域の時点で彼の血液は脈として根付いてる。つまりは既に相手の懐の中なのさ」

 

 そう語るルシリアの姿は相変わらず自然だった。しかしアケムには分かる。彼女の気配だけが異様なほど希薄なのだ。

 

「私は気配を殺してるから、まだバレてないだろうけどね」

 

 アケムは周囲へ意識を広げる、確かに街そのものが生きているようだった。足元の地面から伸びる脈管めいた流れ、建物の壁面へ染み込んだ血の気配、遠方で蠢く無数の反応。

 

 まるで巨大な生物の体内を歩いているような錯覚を覚える、そして、その感覚は一つの結論へ繋がった。

 

「つまり僕の方に確実に『鉄騎士』が来るわけだ。嵌めたね、バンディアさん」

 

「計画通りさ」

 

「確かにそうだ」

 

 遠くでは巨大な城郭が黒い影となって聳えていた。血液で構築された異形の要塞。その内部で待ち受ける王と騎士を思いながら、彼は静かに視線を向ける。

 

「分かったよ。じゃあ此処で分かれる?」

 

「そうだね、それじゃあ健」「逆に殺されないでねバンディアさん」

 

「ああ、その通りだね」

 

 二人は分かれ、城に向かい始めるアケムの方は最早、態と目立つ様に彼女より早く血冠城へ駆けて行く。

 

 アケムが駆け出してから数分もしない内に、街そのものが反応を始めた。

 

 崩れた建物の壁面が脈打つように震え、ひび割れた地面の隙間から赤黒い液体が滲み出す。その血液は意思を持つ生物のように蠢きながら集まり、やがて人型へ近い形を作り上げていった。

 

 アケムは速度を落とさない、その様子を見た血の人形達が一斉に動き出した。

 

 四肢を異様な角度へ折り曲げながら駆けるもの、槍のように変形した腕を振り上げるもの、口の裂けた顔から甲高い悲鳴を漏らすもの。

 

 それらは統率など存在しない獣の群れにも見えたが、同時に一つの意思によって動かされていることも理解できた。

 

 侵入者を察知し、まずは雑兵で足を止めようとしている。だが、その判断は少し遅かった。

 

 先頭の血人形が跳び掛かった瞬間、アケムは僅かに身体を捻る。その肩が触れただけで、人形の上半身が弾け飛んだ。続いて左右から迫った二体へ腕を振るえば、圧縮された暴力が空気ごと叩き潰し、血液の塊を霧状へ変える。

 

 しかし終わらない、砕け散った血液が地面へ落ちるより早く再び集まり、新たな形を作ろうと蠢いている。

 

「再生するんだ」

 

 呟きながらアケムは足を止めず、そのまま城へ向かって走り続けた、背後では無数の血人形が次々と生まれ、前方では建物の窓や路地裏から新たな群れが溢れ出してくる。まるで街全体が巨大な巣になっているようだった。

 

 アケムは走りながら、砕いた血人形の残骸へ視線を向けた。地面へ散った血液は、ただ再生している訳ではない。

 

 僅かだが、自分の靴底へ付着した欠片が這い上がろうとしている、生きている。

 

 そうとしか思えなかった。アケムは咄嗟に足を振り払う。

 

 付着していた血液は地面へ落ちると、まるで獲物を逃した虫のように蠢きながら再び本体側へ戻っていった。

 

 その様子を見た瞬間、背筋へ冷たいものが走る。先ほどのアケムの攻撃はむしろ相手の身体を散らしただけで、血液そのものは依然として『黒冠』の支配下に残り続けているようだった。

 

 ──触れない方が良いかも。

 

 ルシリアの説明を思い出しながら、アケムは僅かに進路を変える。もし血液へ精神干渉や何らかの汚染効果があるなら、わざわざ接触する理由は無い。そう判断した直後だった。

 

 前方の通路が轟音と共に崩れ落ちる。

 

 瓦礫の向こうから現れたのは血人形ではなかった。

 

 重装甲を纏った大柄な男が一人。全身へ黒鉄の増設義肢を接続しており、右腕そのものが大型砲へ置換されている。男の瞳には生気が無く、その首筋には赤黒い血管が樹木の根のように浮き上がっていた。

 

 それだけではない、建物の屋上には長銃を構えた女が立ち、路地裏からは異様に長い腕を持つ少年が姿を見せる。更に背後の配管を突き破りながら、巨大な甲殻を持つ異界生物まで這い出してきた。

 

 誰も彼もが正常には見えない。

 

 肉体の一部へ黒冠の血液が食い込み、操り糸のように脈動している。

 

「確か操られてる二つ名持ちと、異界生物か」

 

 アケムが呟きと同時に銃声が響いた、高所から放たれた術式弾が空気を裂く。

 

 だがアケムは身体を沈めながら走り続け、その軌道を紙一重で躱した。直後に義肢の男が砲撃を放ち、爆炎が通路を呑み込む。

 

 しかし煙を突き破るようにアケムは前へ出た、拳が振るわれる、義肢兵の胸部へ命中した衝撃は装甲ごと肉体を圧潰し、男を後方の建物へ叩き込んだ。

 

 しかしその身体から溢れた血液が蠢き、砕けた骨格を無理矢理繋ぎ直そうとしていた、その隙を狙い、長腕の少年が横合いから飛び掛かる。

 

 人間とは思えない速度だったが、アケムの感覚は既に捉えていた。伸びた腕を避けると同時に肩から体当たりを叩き込み、そのまま相手を地面へ沈める。

 

 骨の砕ける音、だが、それでも動く、黒冠の血液が傷口を埋め、壊れた身体を操り人形のように立ち上がらせていく。

 

「面倒だな……何とか無力化出来ないか……」

 

 そう呟いた時、頭上の空気が震えた。

 

 見上げれば、更に多くの気配が集まり始めている。

 

 クワトロワーズやクインテットワーズ達だけではない。異界生物、血人形、改造兵士、その全てが一つの方向から押し寄せて来ていた。

 

 まるで城そのものが、侵入者たるアケムを喰らうために全軍を動かし始めたかのようだった。だがアケムは立ち止まらない。

 

 ただ血冠城を見据えながら拳を握り直し、そのまま群れの中心へ向かって加速した。遠く離れた場所で待つであろう『鉄騎士』の存在を感じながら。

 

 押し寄せる敵を捌きながら、アケムは絶えず思考を巡らせていた。

 

(血液による身体操作、精神干渉……)

 

『黒冠』の能力の一角だ。ならば逆に言えば、その支配を中和出来れば操られている者達は戦闘不能になるか、少なくとも統率を失うはずだった。

 

 だが問題は方法である。

 

 アケムの肉体は異常な適応能力を持っている。しかし適応には時間が必要だった。毒に対しても、環境変化に対しても、身体は理解し、解析し、変化する。その過程が存在する以上、一瞬では終わらない。

 

 そして今の戦場には、その時間が無かった。砲撃をを躱しながら駆け抜ける中で、不意に胸元へ意識が向く、ルシリアから渡された再生薬。

 

 小瓶の存在を思い出したと同時に、アケムの脳裏へ昨日ルシリアから受けた毒や研究所時代の記憶が蘇る。薬品、病原菌、寄生体、魔術、電気信号。

 

 研究員達は何度も彼の身体へ外部要因を流し込み、その反応を観察していた、そして、その中には似たような実験もあった。

 

 侵食を受けながら適応する、変質させられる前に変質し返す、支配される前に耐性を獲得する、決して気持ちの良い記憶ではなかったが、方法だけは覚えている。

 

 

 アケムは迫り来る敵の群れを見据えながら静かに息を吐く、この行為は危険だ、失敗すれば身体を乗っ取られるかもしれない。

 

 だが、それ以上に成功する可能性も感じていた、彼は覚悟を決める。横合いから伸びてきた血槍へ視線を向けながら、刹那、回避動作を途中で止めた、鋭い穂先が肩口を貫く。

 

 激痛とともに血液が流れ込んだ瞬間だった。肩口から侵入した異物が、生物のように血管を駆け巡る。

 

 視界が揺れた、心臓の鼓動が一拍遅れる、自分ではない感情が頭の奥へ滲み込んで来る。

 

 跪け、従え、王へ頭を垂れろ。

 

 言葉ですらない命令だった。ただ本能へ直接流し込まれる支配の意思、膝が僅かに沈む、呼吸が乱れる。

 

 脳の奥側で何かが書き換えられていく感覚。

 

 しかし、アケムはその精神を汚染される感覚に抗いながら再生薬へ手を伸ばし、一気に飲み干した。全身を熱が走る、細胞が悲鳴を上げる。

 

 侵入してきた『黒冠』の血液は、まるで生きた寄生虫のようにアケムの血管を這い回り、神経へ触れ、肉体の主導権を奪おうとしていた。だが、アケムの身体は既に活性化した細胞群が異物へ反応を始めている。

 

 骨髄は猛烈な速度で新たな血液を生み出し、免疫機構は侵入者を解析しながら変質していった。激痛が全身を駆け巡るが、アケムは歯を食いしばりながら走り続ける。

 

 肩口から入り込んだ赤黒い血液は確かに彼を侵食していた。だが同時に、彼の肉体もまた『黒冠』の血液を侵食していたのである。支配の構造を理解し、その命令系統を分解し、無害化するだけでは終わらない。身体はより効率的な答えを導き出そうとしていた。

 

 やがてアケムの血流の中へ、一つの変化が生まれる、それは『黒冠』の血液が持つ血液操作の因子を破壊し、他者の体内へ入り込んでも同様の作用を引き起こす特殊な抗体にも似た何かだった。

 

「……出来た」

 

 呟いた瞬間、背後から飛来した血人形の腕が彼の背中へ絡み付く。しかしアケムは振り返りざまにその腕を掴むと、自らの血液を滲ませながら殴り付けた。

 

 次の瞬間、異変が起きる。

 

 血人形を構成していた赤黒い液体が激しく震え、体を維持できずに崩壊した。操られていた血液は命令を失い、まるで泥水のように地面へ崩れ落ちていく。

 

 それだけではなかった、近くで立ち上がろうとしていた長腕の少年も、アケムが手を振るい飛び散った血液が入り込んだ途端に動きを止める。首筋に浮かんでいた赤黒い脈管が次々と色を失い、操り糸を断たれた人形のように膝をついた。

 

 アケムは静かに拳を握る、完全な解放ではない。それでも確かに『黒冠』の支配に拮抗している。

 

 そして、その瞬間だった、血冠城の方向から、巨大な怒気が膨れ上がる、城全体が脈打った。

 

 城壁が扉をアケムの方面に共に生成し開かれる、城から現れたのは血人形などではない、全身を鈍色の甲冑で覆った巨躯だった。人間の二倍近い体格、背には大剣、そして静かに兜の奥からアケムを見下ろしていた。そして低く響く声が廃墟へ広がる。

 

「侵入者よ。此処より先は王の領域だ」

 

 アケムは立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。感覚が告げている。今までの雑兵とは違う、目の前に立つ存在こそが『黒冠』最大の盾。

 

 トリプルワーズ──『鉄騎士』セクタルだった。

 

 





現界異類研究機関オグィレフト
地球圏に存在する超常生命研究機関である。国家機関には属しておらず、各国政府や企業から一定の距離を保ちながら活動する半独立組織として知られており、異常生物や超常生命体に関する研究資料の一部には度々その名が登場する。

オグィレフトの究極的な目的は「人類の次段階」の模索にある。そしてこの目的は研究員達の純粋な探究心によって支えられている一方、研究成果を優先する傾向が強く、人体実験や危険な試験、生体改造実験なども必要であれば容認される。また半独立機関ながら大規模な研究が行えてる理由としては子爵と呼ばれる人物からの支援のお陰とも言われている。
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