怪物になれなかった少年は人外魔境にて進化を続ける   作:プーリとベルト

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第18話∶約束は守る殺人鬼

 

「少年、見つかりましたよ──!」

 

 瓦礫の隙間から、まるで晴れ間の鳥のように弾んだ声が響いた。アケムが振り返ると、ひどく裂けた白外套の裾を翻しながら、ルシリアが片手を高く掲げて歩み寄ってくるところだった。その指先には、見覚えのある銀糸の紋様が淡い光を弾ませている。

 

「あ、あったの?」

 

「はい。アケム少年の身体と同じ波長の反応を魔術で探しましたら、あっさり見つかりましたよ。ほら」

 

 差し出された手には、少し砂埃を被ってはいるものの、あの白い指抜きグローブがしっかりと握られていた。アケムはそれを受け取り、手のひらでその柔らかさを確かめながら小さく息を吐く。

 

「よかった……腕の方は?」

 

「それが、ですね……。元の場所には、腕の代わりにこんな不粋な置き手紙が残されていまして」

 

 ルシリアが忌々しそうに、けれどどこか楽しげに、懐から一枚の紙切れを取り出した。

 

『鉄騎士の討伐及び黒冠の討伐補助、おめでとう。腕は回収しておいたよ──喜泣公バンサル』

 

 達筆すぎる文字をなぞり、アケムは僅かに目を見開いた。

 

「居たんだ、あの人」

 

「ええ。おそらく特等席で、最初から最後まですべてを観劇していたのでしょう。まったく、喰えない老人です」

 

 ルシリアは苦笑しながら紙を丁寧に畳む。

 

「そう言えば、セクタルさんは?」

 

 一瞬、世界のすべての音が消えたかのような沈黙が落ちた。吹き抜ける風が崩れた城壁の破片を鳴らし、戦いの名残である鉄錆と血の匂いを静かに運んでいく。

 

 ルシリアはその風に美しい黒髪を揺らしながら、いつも通り穏やかな笑みを浮かべた。

 

「居ませんでしたよ、ええ。私が探した時には既に」

 

「……そっか」

 

 短い返事だった。

 

 だが感情の機微を僅かに読み取れてしまうアケムには──分かってしまった。彼女が、ひどく優しい嘘を吐いているということが。そしてこの少年は推測することが出来てしまう、王が死ねば『鉄騎士』である彼がどの様な判断をするのかを

 

 聞いてしまえば、その答えがこの世界に確定してしまう。

 

 だから、アケムはそれ以上何も聞かなかった。代わりに、新しく生え揃った右手にグローブを嵌め天蓋を見上げる。

 

「また、会えたらいいな」

 

 誰へ向けた言葉なのか、自分でも判然としなかった。それでもルシリアは、アケムの影に寄り添うように静かに頷いた。

 

「そうですね」

 

「では……そろそろこの場を離れますか。流石に派手にやり過ぎました。このまま長居する理由もありませんしね」

 

 ルシリアがぱんと白手袋の手を打ち鳴らし、一転して明るい声を上げる。

 

「R.A.I.D.が動くことは早々ないでしょうが、別の厄介な機関が嗅ぎ付ける頃合いです。『報道伯』辺りがこの惨状を見逃すはずもありません。明日には私たちのニュースで持ちきりかもしれませんよ」

 

「ニュースって、テレビの?」

 

「それかWEBサイト、あるいは違法な配信サイトかもしれません。まあ、そんなことはどうでも良いのです。それよりも、アケム少年との約束を果たさねばなりませんから、ね?」

 

 ルシリアは愛おしそうに血を拭った短刃を外套の内側へ滑り込ませ、柔らかく微笑んだ。

 

「覚えていてくれたんだ」

 

「私を何だと思っているのですか」

 

「殺人鬼」

 

「フフ、否定出来ないのが困りますねぇ」

 

 ルシリアは可笑しそうに肩を竦めると、崩れた城壁の頂へと軽やかに飛び乗り、遥か先を見渡した。

 

「ですが、私は約束を守る異常者ですよ。信用というのは、次の面白い殺しを呼び込むための大切な撒き餌ですから。中層へ向かう方法自体はいくらでもあります。私なら、正規の手段も非正規の手段も、どちらも通行出来るでしょう」

 

 彼女は顎に細い指先を添え、赤い瞳を気まぐれな猫のように細める。

 

「ただし、問題は人捜しの方ですね。名前だけで広大な中層から二人の人物を探し出すのは、中々骨が折れます。」

 

「でも、探したいんだよ」

 

 ルカ。そして、ユイナ。

 

 アケムは静かに新調されたグローブの拳を握りしめた。

 

 研究所という無機質な檻を出て、初めて出会った人達。短い時間だった。けれど、自分という人間の人生が独りではないと知るには、十分すぎる温もりだった。

 

 その迷いのない眼差しを受け、ルシリアの冗談めいた笑みがすっと消えた。その横顔には、珍しく純粋な思案の色が浮かんでいる。

 

「そうでしょうねぇ」

 

 彼女は下層の退廃的な街並みを見下ろし、小さく呟いた。

 

「アケム少年は案外、執着が強い。興味が無いものには驚くほど無関心なのに、一度内側に入れた相手は、絶対に手放そうとしない」

 

「そうかな」

 

「ええ、ですから。私も少し興味が湧いてきました。アケム少年がそこまでして会いたがる人間が、どんな人物なのか、まぁ善人なのは予想出来ますが……」

 

 ルシリアは楽しげに城壁から舞い降りると、音もなく歩き出した。

 

 血冠城を背に、二人が辿り着いたのは深夜のアンダーシェル、喧騒に膨れ返る下層の商店街だった。

 

 

 天井を走る巨大な配管からは油混じりの結露が滴り、剥き出しのネオン管が毒々しい紫や紅の光を放っている。中層の法と倫理からあぶれた商人、非合法なサイバネティクスを施したギャング、出所不明のジャンク肉を焼く露店の煙。

 

 王が死のうが世界がひっくり返ろうが、下層の底辺に蠢く者たちの夜はどこまでも泥臭く、そして騒がしかった。

 

「さて中層へ向かう訳ですが。アケム少年、手段自体は幾つかあります」

 

 ルシリアはひどく裂けた外套の裾を気にも留めず、怪しい電子部品が並ぶ露店の間を軽やかにすり抜けていく。

 

「まずは、最も原始的な方法。天蓋に開いた大穴を力任せに登るです」

 

「壁を登るの?」

 

「ええ。下層の各所には、過去の崩壊や戦闘の余波で、中層の底と直結した巨大な通気口や亀裂が点在しています。アケム少年の身体能力なら、壁に爪を立てて垂直跳びを繰り返せば、数時間で中層の土を踏めるでしょうね」

 

「うーん、疲れそうだね」

 

「フフ、お勧めはしませんよ。上層や中層の治安維持機構が設置した自動迎撃タレットの的になるだけですから。蜂の巣にされた少年を回収するのは流石に面倒です」

 

 ルシリアは足を止め、怪しげな看板が明滅する路地の奥を指し示した。

 

「ですから、現実的なのは二つ目。『違法な転移ゲート』の利用です」

 

「転移ゲート?」

 

「ええ。本来、空間を繋ぐ転移技術は『門』とその管理機構が完全に独占しています。安全面はもちろん、関税や移民流入といった経済的な理由から、民間での所持や運用は厳重に管理されている。ですが──」

 

 彼女は唇に手を当てながらシーッと合図をする。

 

「ここは無法の下層です。ギャングの連合や闇商人が、中層の廃棄された中継器をハッキングして組み上げた、密輸用のゲートが幾つも存在しているのですよ」

 

 その話を聞きながらアケムは昼間に彼女から聞いた、あの歪な建築物の名前を思い出す。

 

「それで……話してた、賭博場(ラグナロク)に行くの?」

 

「まさか。今日の昼頃にお教えしたあの場所は、あくまで最後の手段です。あそこは命や記憶まで毟り取られる最悪の魔窟ですからね。それに比べれば、これから向かう闇ゲートは随分と安全ですし、支払う代償も可愛いものですよ」

 

「何を払うの?」

 

「ただの金銭ですよ。それなりの値段ですがラグナロクは神格すら判断を誤れば命が危ぶまれる場所ですので、そこと比べたら優しいものです」

 

 二人が歩みを進めるにつれ、密造商店街の喧騒は徐々にその色を変えていった。露店から響いていた粗野な怒鳴り声や強引な値切り交渉は潮が引くように静まり返り、代わりに低く抑えられた囁き声と、ひどく張り詰めた視線が二人を刺す。

 

 アケムは周囲を見回しながら歩いていたが、ふと妙な違和感に気付いた。すれ違う者たちの誰も彼もが、ルシリアの姿を認めた瞬間に弾かれたように道を空けていくのだ。

 

 中には慌てて顔を伏せる者すらいる。

 

 さっきまで店先で大声を上げていたサイバネティクス持ちのギャングたちですら、彼女の白い外套が近づけば、まるで凍りついたように不自然な沈黙に陥っていた。

 

「バンディアさんって、有名人なの?」

 

 素朴な疑問を口にすると、ルシリアは細い指先を顎に当て、少し楽しそうに首を傾げた。

 

「有名というよりは、少々顔が広いだけですよ。ほら、私は頻繁に変装しますからね。他の分かりやすい二つ名持ちの方々とは、畏怖のされ方のベクトルが少し異なるのでしょう……まあつまりはこの姿で長く此処らへをぶらつき過ぎましたね」

 

「そっか。中層に行ったら、また変装を変えるの?」

 

「そうですね。下層ではこの黒髪赤眼でしたから、次は金髪碧眼にでもしましょうかね。それとも、いっそ銀髪にでも」

 

「僕と同じ感じにする?」

 

「それはやめておきましょう。アケム少年が探している方々に『まぁ、仲の良さそうな姉弟ね』などと勘違いされたら面倒です。……それはそれで、ひどく愉快な事態にはなるかもしれませんが」

 

 ルシリアは可笑しそうに喉を鳴らしながら、迷いなく薄暗い路地へと進路を変えた。

 

 商店街の毒々しいネオンが遠ざかるにつれ、空気の温度が目に見えて落ちていく。湿った鉄錆の臭いと、焦げ付いた機械油の匂いが急速に色濃くなり、頭上をのたうつ巨大な配管からは断続的に白い蒸気が噴き出していた。

 

 やがて二人は、湿った闇に沈む古びた倉庫の前へと辿り着く。

 

 剥げ落ちた壁面には、かつて中層の巨大企業が所有していたことを示すロゴの痕跡がみすぼらしく残っていたが、今や外装が風化しており、元の判別すらつかなくなっていた。

 

「ここ?」

 

「ええ、ここです」

 

 ルシリアは小さく頷くと、錆び付いた鉄扉を独特のリズムで三度叩いた。

 

 数秒の重苦しい沈黙の後、ガリガリと金属が擦れる駆動音とともに、扉の一部が横へと滑る。

 

 現れた細い覗き窓の向こうから、複数の不揃いな義眼をギチギチと蠢かせた老人が顔を覗かせた。

 

「……誰だ」

 

「しがない通行人ですよ」

 

「帰れ」

 

「相変わらず冷たいですねぇ」

 

「貴様が来る時は、決まって碌なことが起きん」

 

 老人は吐き捨てるように毒づいたが、ルシリアの背後に佇むアケムの姿を義眼が捉えた瞬間、不自然にその駆動音を止めた。

 

「今度は何を連れて来た、え?」

 

 どうやら二人は初対面どころか、長年互いに不利益と厄介事を押し付け合ってきた、極めて質の悪い知人同士のようだった。

 

「アケム少年はただの無垢な子供ですよ、ね?」

 

「う〜ん、どうだろ」

 

 老人は深々と肺の底から溜息を吐き出した後、諦めたように首を振る。

 

「……金はあるんだろうな。それとも、また誰かの首か?」

 

「今回はまっとうな対価を持っていますとも」

 

「なら入れ」

 

 再び重い金属音が響き、巨大な防壁じみた鉄扉がゆっくりと内側へ開いていく。その奥から漏れ出した光景を目にした瞬間、アケムは思わず息を呑んだ。

 

 広大な倉庫の虚空。そこには幾重もの重厚な金属環が磁場によって空中へ浮かび上がり、狂おしい速度で回転していた。そしてその中心では、空間そのものが無理やり引き裂かれたかのように、青白い光の渦がパチパチと不気味な放電を伴いながら猛烈に脈動している。

 

 世界へ穿たれた、別の領域へ続く異形の傷口。

 

「これが……転移ゲート?」

 

「ええ。何分、法を無視した違法品(パチモン)ですので少々接続の安定性に難はありますが、中層へ移動する程度なら十分すぎる代物ですよ」

 

 ルシリアは外套の裾を翻し、青白く爆ぜる光の渦を見上げながら、どこか猟奇的な色を孕んだ笑みをその口元に吊り上げた。

 

「さて、アケム少年。ここを潜れば、いよいよ貴方の望む中層です、貴方の探し人が先に見つかるのか、それとも私の新たな退屈しのぎが先に見つかるのか。……フフ、少しばかり楽しみになってきましたよ」

 




プロフィール

・ダブルワーズ
パークアドラにおいて二文字の二つ名を冠する者たちへの総称。能力者として到達し得る一つの極点とされ、その戦闘力・影響力は個人の域を遥かに超越している。彼らは単なる強者ではなく、「災害」と同列に扱われる存在であり、その名が確認された時点で都市封鎖や避難勧告が検討されることすらある。もっとも、ダブルワーズ同士の間にも明確な格差は存在し、世界そのものへ干渉し得る規格外の個体も少なくない。そのため二文字の称号は、全てが最強を意味するのではなく、人類の理解と対処が困難な領域へ到達した証として認識されている。
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