怪物になれなかった少年は人外魔境にて進化を続ける   作:プーリとベルト

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第1話∶人外魔境の『おとしもの』

 此処は海上都市パークアドラ。

 

 誰もが知る人外魔境(ハザードヘイブン)であり法も秩序も煙のように揺らぐ場所。この都市で日常の中に異常が入り込むのは、この街では何時ものことであった。

 

「棺桶?」

 

 波打ち際に打ち上げられた巨大な黒い箱を前に、眉をひそめる。どう見ても木製ではない、金属でもない。未知の無機物を前にユイナ・キサラギは兄に声をかけた。

 

「ルカ兄、これ絶対ヤバいやつでしょ」

 

 少し後ろで立ち止まっていたルカ・キサラギは、すぐには答えなかった。視線は箱ではなく、周囲に向けられている。

 波の流れ、砂の乱れ、痕跡、運ばれてきたものか、置かれたものか。

 

「ユイナ、下がれ」

 

「え、なんで」

 

「いいから」

 

 短く固い一言。軽口を叩きかけていたユイナは、わずかに口を閉じ仕方ないと一歩後ろに下がる。

 

 ルカは相変わらず落ち着いた口調で、目を再び箱に向ける。二人はこの街の一般住民だが、必要最低限の自衛の縮小携帯武器と簡易魔術式の護符くらいは身につけている。そうでなければ、この都市では暮らせない。

 

「いや、でもルカ兄…………ちょっと待って。なんか音、しない?」

 

「分かってる」

 

 波音の合間に、機械のような電子音が紛れていた。

 

 ピーピー。

 

『周辺環境把握──空間異常測定──輸送物の生存に問題無し。開放します』

 

 箱の蓋が滑らかに開き、白い蒸気が溢れた。

 そこから現れたのは──

 

 褐色の肌、銀色の長い髪を持つ、白い服と黒のズボンを着た少年。その目は驚きより、混乱より、もっと淡々とした空白を映していた。こちらを観察しているようでもあり、同時に周囲すべてを警戒しているようでもある。

 

「…………あなた達は?」

 

「わ、私達?」

 

 ユイナが少年の質問に跳ねるように一歩後ずさる。

 

「僕を買った人ですか?」

 

「み、見つけただけ! 見つけただけです! 買ってないから!!」

 

「それで、お前は何だ?」

 

 ルカの問いに、ユイナが「ちょっと!」と肘でつつくが無視をする。

 

「…………えっと? 分からない。僕は誰だろう?」

 

 ルカはゆっくりと膝をつき、少年と目線を合わせた。

 

「なんだ記憶喪失か?」

 

「それは違うかな。色々覚えてるよ僕は」

 

「……そうか」

 

「それに名前もある。アケム。僕はアケム」

 

「なる程な名前は覚えてるのか」

 

「えっとアケム……くんは、ここがどこか分かる?」

 

「分からない」

 

「……だよね」

 

「パークアドラって場所に聞き覚えは?」

 

「無い……けど、いつものようにしてたら、買い手がついたって言われて……気づいたらあの箱の中だったかな」

 

 ルカとユイナの顔色が変わる、人身売買、亜人種や異界人の密輸。それらを加工しての商品化すらこの都市でよくある話なのだ。

 

 だが目の前の少年は、ただの被害者というには妙に落ち着いていた。動き方に無駄がない、姿勢が綺麗で芯にしっかりと軸がある。

 

 ルカは数秒の間、沈黙した。偶々シフトの兼ね合いでまとまった連休を手に入れたは良いが、そこで妹のわがままに付き合い写真を撮るために海辺まで来ただけなのだ。

 

 必要の無い面倒事は拾い込みたくは無かった。

 

「ねえルカ兄、放ってくの?」

 

「……」

 

 答えない。

 

 ただ、もう一度アケムを見る。敵意はない様に思う見た目は幼い子供だ16のユイナより少し背が低い。そして、この街で放置すれば、死ぬか、もっと悪いことになる可能性は高い。

 

(けど、ここでコイツを拾い込んで何になる? 金になるか? 出費がかさむだけだろ……嫌だが働き手が増える可能性も有るのか? どうだろうなコイツの運動能力もよく分からねぇし)

 

「あの……ルカ兄」

 

「何だ?」

 

「連れてこうよ、いや確かに嫌な予感はするけどさ明日ここで死体が見つかったとかニュースで出たらさ、嫌じゃない?」

 

「それは…………はぁ、来い」

 

「え?」

 

「だから、連れて帰るっことだ」

 

「ほんと!?」

 

「しょうがないだろ、確かに夢見が悪くなるのもやだし、子供を見捨てるほど、俺は人間落ちぶれちゃ居ない。まぁだが面倒事になったら警察に引き渡す良いな?」 

 

「うん、分かったルカ兄」

 

「えっと、その……」

 

「とりあえず家だ。事情を聞いて。服とかも用意しねぇとな。ここに留まると別の問題が起きるかもしれんしな」

 

「……いいの?」

 

「まぁ、ちょっと怖いけど……放っておけないしね」

 

「そういうことだ、あ、だが。必要なら明日からにでも働いて貰うからな」

 

「ちょっとルカ兄!」

 

「俺達の家にもう一人分を自由にさせておく余裕は無いんだよ!! まぁ? お前が浪費やらを抑えるなら考えなくも無いが?」

 

「グヌヌ……分かった、あーえっとアケムはそれで大丈夫?」

 

「うん、どうやって働くかは分からないけど。やれって言うなら、僕はやるよ」

 

「よく言った、コレで安心して連れていける」

 

「じゃあ、改めて街に戻ろっかアケムくんもね?」

 

 ユイナが苦笑する、アケムはそれに応える様に少しだけ表情を柔らかくした。その笑みは控え目だが年相応で

 

 気付けば彼が二人へ向けていた警戒心は薄れていた。

 

「こっちがユイナ、俺がルカだ、ま、よろしくなアケム」

 

「分かったよろしく、ルカ、ユイナ」

 

 その背後で、黒い棺の残響装置が最後に電子音声が静かに鳴る。

 

『輸送先への到達を確認。

 監視工程──継続。売却先への連絡──開始』

 

 誰もその声の意味を理解できないまま、三人は人外魔境の雑踏へと歩きだした。浜辺を離れ、三人は海上都市パークアドラの中心街へと入っていく。どこか海底のような陰影を街路に落としていた都市そのものを何かが覆っているような。

 

(何だろう、あれは)

 

「ほらアケム、遅れるなよ。人が多いから」

 

 アケムは足を止めかけながら周囲へ視線を巡らせた。

 

 確かに周り沢山の者達が居た、しかし見慣れない姿の者が大勢いたのだ。肩から触手を伸ばした男が飲み物を片手に誰かと談笑し、透き通る身体をした女性が買い物袋を提げて通り過ぎていく。翼を持つ青年は壁にもたれながら煙を吐き出していたし、身体の半分を機械へ置き換えた子供たちは笑いながら駆け回っていた。

 

 けれど、それ自体はそこまで不思議ではなかった。

 

 施設にも異形はいた。培養槽の中で眠るものも、実験区画で暴れるものも見たことがある。

 

 違うのは、その誰もが当たり前のように生きていることだった。誰も警報を鳴らさない。誰も隔離されていない。誰も恐れられていない。

 

 此処では違う。異形であることが日常の中へ溶け込み、誰もが当たり前のように生きていることだった。誰も警報を鳴らさない。誰も隔離されていない。誰も恐れられていない。

 

 

「……ここは、何というか、凄いね」

 

「え? あぁ、なるほどな、そりゃこんなの見るのは初めてか。ほら前の大戦知ってるか? ……それで、こういう有様なんだよ、まぁ俺も昔の事になると、そこまで詳しい訳じゃないが」

 

「今日はまだマシな方じゃない? 人が溶けてるとか、異界化した無機物に手足が生えて歩いてるとか無いし」

 

「よく見るがそんな頻繁に見るもんじゃねぇだろ」

 

「でも珍しいものでも……ング、無いでしょ?」

 

 ユイナは街に入ってから元の調子に戻ったのか何事も無いように言いながら、何処で買ってきたのか揚げ串を買ってかじっていた。

 

「アケムもいる?」

 

「いや、ちょっと今は良いかな……お腹空いて無いし」

 

「そっか、お腹空いたら言ってね〜」

 

「ま、毎日、毎分、毎秒どれだけ危険でも、住む奴は住むし、死ぬ奴は死ぬ。そんな場所なんだよ、此処は」

 

「そだね、私たちもう慣れてるけど……アケムは、大丈夫?」

 

「……うん。いや……」

 

 大丈夫だと言おうとして、言葉が止まった。耳へ飛び込んでくる音が多すぎたからだ。誰かの足音と心音が重なり、遠くで鳴る機械音と店先の呼び込みが混ざり合い、風に乗った匂いまでもが一度に流れ込んでくる。

 

 身体は危険だとは判断していない。それなのに筋肉が僅かに強張り、呼吸が浅くなる。

 

 自分の身体が勝手に情報を拾い過ぎているのだ。施設の試験区画へ入る直前と似ていた。何かが起きるかもしれないと、身体だけが先に構えている。

 

「……怖い、わけじゃない。でも……体が勝手にこわばって……大丈夫だよ。少なくとも一人じゃないから」

 

「別に私達が居てもこのパークアドラがおかしいのは普通だよ! むしろ私たちが変なんだって!」

 

「ああ、俺たちはもうこの都市に慣れてるからな。異常だろうと異界だろうと、だいたい日常の一つってことで無視できる。とは言っても慣れたからって強いわけでも無いけどな……」

 

「ね、運が悪かったら1秒後に死ぬよね」

 

 そう、ユイナが言い終えると同時──

 

 通りの先で、何かが弾けた。

 

 ガンッ! ガシャァァン!! 

 

 金属がひしゃげる音と、悲鳴。そして次の悲鳴が、獣の咆哮にかき消される。

 

「はぁ平穏だと思ったら……何処からだ?」

 

「この時間帯でこれって、珍しいね」

 

 ユイナが串を捨て、腰のコンパクトな護符ホルダーに手を伸ばす。アケムは音の方向に一歩踏み出すと、無意識に身構えた。

 

「何かが……暴れてる?」

 

 そしてようやく三人は大通りにいる何かを捉えた。

 

 

 そこにいたのは獣のようで人のような鉄の獣人、暴れているように見えるのに、その動きには統一性が無い。壁を壊し、人を追い立てながらも、どこか身体そのものに振り回されているような違和感があった。

 

「ありゃ違法パーツでもドラッグ代わりに着けやがったか?」

 

「とりあえず逃げようルカ兄」

 

「そうだな鎮圧されるまで、て、おい近づいて来てねえか? アレ」

 

「………………」

 

 その光景を、アケムはじっと見ていた。獣人の動きを目で追う、呼吸が乱れている、四肢の出力も一定ではないようで動作に歪さが混じっていた、何か自分の意図していない挙動をしていると伝わってくる。

 

 そう考えた瞬間、自分の身体が僅かに前へ出ていることに気付いた。試験でもないのに、けれど目の前で起きている問題を見ているだけというのは、何故か落ち着かなかった。

 




プロフィール

・パークアドラ
海上に築かれた、現界最大規模の超巨大都市。
無数の層状都市区画や超高層建築群によって構成されており、都市そのものが一つの世界に近い。統治体系は公的機関・企業連合・自治機構・神格協定による多重管理によって行われ。地球人類や亜人、異界人、機械生命、怪異、神格存在までが共存しており、暴力・商業・宗教・娯楽・科学・魔術の全てが極端な形で発達している。

「存在出来るものは、だいたい存在する」
とまで言われる混沌都市。
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