怪物になれなかった少年は人外魔境にて進化を続ける 作:プーリとベルト
「お前達は……何をしたら満足するんだ? 僕は……それが分からない」
問い掛けに、バンサルは困ったように笑みを浮かべ、アンルは僅かに目を細める。
「満足か。それをすることは無いだろうな、永遠に」
「死んでもしないよ」
二人の答えを聞いたアケムは小さく息を吐き、どこか納得したようでもあり、それ以上に理解出来ないものを前にしたような表情で首を横へ振った。
「そっか……やっぱり分からないな」
「当然さ、私の考える生命とは可能性の塊だ。一つ謎を解けば、その先には十の未知が待っている。十を知れば百が生まれ、百を知れば千が姿を現す。だから終わりなんて来ないし、来てしまった時点で私は私ではなくなる」
「私にとって探究とは飢えだ」
アンルも淡々と言葉を重ねる。
「満たされた瞬間に停止する。停止とは思考の死であり、思考が死んだ知性に価値はない。だから私は常に足りないままでいることを選ぶ」
静かな口調で語られるその思想には一片の迷いも後悔も存在せず、アケムは二人の瞳を見つめながら、自分たちが見ている世界そのものが根本から違うのだと理解していく。
「僕は違う」
自然と口を突いて出たその言葉に、二人は興味深そうに視線を向けた。
「僕は、ルカやユイナが笑っていてくれたら嬉しいし、美味しいご飯を食べて、お腹いっぱいになったら幸せだって思う。頑張ったあとに眠ることも好きだ。だから、永遠に満足出来ないなんて僕は耐えられない」
その素朴な答えに、アンルは理解不能な理論へ触れたように僅かに眉を寄せ、バンサルは静かに目を閉じて笑みを深めた。
「なるほど。それがお前という生命の基盤か」
「うん。だから、お前達みたいにはなれない」
迷いなく言い切ったアケムは、ゆっくりと拳を握り直す。
「何かを成すために必要なら強くなりたい。でも自分が人生を歩いてると思え無くなるような、そんな強さは欲しくない」
その言葉を聞いたバンサルは嬉しそうに肩を震わせ、アンルもまた静かに口角を僅かだけ上げた。
「なら、それで良いさCode73。だが他者の思惑を跳ね除ける強さが今は必要だろう?」
「そうさ、人の姿のまま限界を適応し進化し乗り越える様を見せてくれ給え!!」
「そうしたら、試練が終わるなら。やってやるさ全力で」
アケムは深く息を吸うと、ゆっくりと目を閉じた。意識を静かに自分の肉体へと沈めていく。今までの損傷、負担、衝撃、そのすべてを一つずつ確かめながら、アケムは自らの身体へ、さらに強い負荷を与え始めた。
皮膚の下で筋繊維が意図的に断裂し、毛細血管が弾ける。それでも苦痛に顔を歪めることなく、壊れた箇所へ意識を集中させると、血流の性質がゆっくりと変化していく。
鉄騎士セクタルとの死闘で辿り着いた感覚。
意図的に体内にて生成した再生促進物質。その構造をより最適に最速で必要な作用だけを、自らの肉体で再現する。
全身を巡る血液がわずかに熱を帯び、壊れた組織へ流れ込むとともに、裂けた筋肉は以前よりも密度を増しながら繋がり、損傷した骨格も衝撃へ耐える形へ少しずつ組み替えられていく。
激痛は消えない。それでもアケムの身体は一秒を隔てる毎に先程より強く、強靭に進化し始めた。
その変化を見つめていたアンルの瞳が僅かに細められる。
「薬剤生成か。いや、厳密には違う。必要な機能だけを体内で模倣しているのか」
「なるほどねぇ」
バンサルは嬉しそうに笑みを深めながら、感心したように頷く。
「なるほど。壊すことで、壊れない身体へ更新しているのか。無茶苦茶なことをするじゃないか」
アケムは答えない、だが拳を握り締めると、その骨が軋む音さえ以前とは違って聞こえた。一つ一つの細胞が、今この瞬間の戦場だけに最適化され始めている。
傷付くことを恐れず、壊れることから逃げず、その痛みさえ次の自分の糧へ変えていく。
そしてアケムは静かに腰を落とすと、灰色の瞳で二人の怪物を真っ直ぐ見据え、翔んだ。
アケムの姿が掻き消えたように見えたのは、速度そのものではなく踏み込みの質が変わったからだった。荒野を蹴った足裏から放たれた衝撃が大地へ深く沈み込み、その反発を余すことなく全身へ伝えながら一直線にアンルとの間合いを詰める。
迎え撃つように幾重もの術式が足元へ展開され、炎と雷が複雑に絡み合いながら行く手を塞ぐものの、アケムは魔術へ意識を向けることなく、揺らぐ魔力の流れと二人の僅かな重心移動だけを見据え続けた。
拳圧によって魔力の奔流を押し退けながら強引に活路をこじ開け、その隙間へ身体を滑り込ませると、バンサルは穏やかな笑みを崩さぬまま片手を差し出し、掌の前へ幾重もの防壁を重ねていく。
しかしアケムは真正面から殴り抜くことを選ばず、防壁へ触れる寸前で拳の軌道を僅かに変化させ、衝撃だけを面として広げながら障壁全体へ叩き込んだ。
均衡を保っていた魔力が乱され、防壁同士が干渉を起こして一斉に軋み始める様子を見届けると、その崩れた一点へ身体ごと潜り込み、今度は迷いなく拳を振り抜く。
乾いた轟音が荒野へ響き渡り、受け止めたバンサルの身体が初めて数歩だけ後方へ滑った。
着地と同時にアンルが無数の魔術を空間へ散開させるが、アケムは視線すら向けずに地面を踏み換え、襲い来る術式の隙間を縫うように駆け抜けていく。その動きを見つめながらアンルは小さく息を漏らした。
「なるほどな、魔術と言える程の技巧は無いが空気や体内の物質や魔力をエネルギーに置換してるのか……そしてそのエネルギーを操る事で自身の性能を爆発的に増加させてる、身体を壊し続けてるのはこの機能に耐えられる肉体を得るためか」
「十分化け物だって言いたい?」
「いや、手っ取り早く強くなれる方法等。その肉体なら星の数程有と言うのに泥臭い方法を取るものだと思ったよ」
アンルは淡々と喋りながら、まるで研究結果を確認するような口調で言葉を続けた。
「効率だけを求めるなら、肉体を捨てて魔力生命へ移行する手段もある、外部器官を接続して演算能力だけを拡張する方法もあるだろう。あるいは神代の遺物へ頼れば、今のお前程度の強化など一瞬で到達出来る。それでも、お前は己という器だけで積み重ねることを選んだ」
「だって、それが僕だから」
短く返されたその一言に、アンルは僅かに目を細める。
「なるほど。強さではなく、自分自身を失わないことを優先したか」
「うん。どれだけ強くなっても、僕じゃなくなったら意味がない」
バンサルは穏やかに笑みを浮かべると、どこか嬉しそうに肩を揺らした。
「実にアケムくんらしい答えだ。自分が一個の生命体であること、人の形を持つことに執着してる、それは大変喜ばしいことだよ」
「さて、どうするバンサル」
「私としてはまだまだやりたいけど……そうだなぁけど時間をかけ過ぎると不味いよなぁ、このままアケムくんの進化に合わせてヒートアップしたらマナリの異界が何時まで耐えられるか、もし壊れたらR.A.I.D.や秩序派のザ・ワン達が動きかねない」
そう言ってバンサルは
「だから、最後に本気をちょっと見せちゃおうかな」
「まさか殺す気か?」
「さぁそれはアケムくん次第だよ」
バンサルは穏やかな笑みを崩さぬまま片手をゆっくりと掲げ、その指先へ集まった魔力は、白銀の雷槍へと姿を変えていく。稲妻を束ねて鍛えたようなその一撃は、神話に存在する大神の一撃を彷彿とさせながら空気ではなく空間そのものを焦がしながら静かに脈動していた。
「安心してくれたまえ。派手なことはしない。ただ、この一撃だけは全力だ」
静かな声だった。それなのに、その雷槍から漏れ出す僅かな揺らぎだけで大地は軋み、遥か遠方の岩山が砂のように崩れ始める。圧倒的な力は放たれる前から周囲の世界を書き換え始めており、アケムは本能だけで理解した。
(喰らえば、終わる)
避けるという選択肢は最初から存在しない。逃げても追い付かれ、防いでも押し潰される。そう確信出来るほど完成された一撃だった。
それでもアケムは足を引かなかった。普通と思えた日々に帰る為に、この身勝手な試練を打ち破るため、ただ前だけを見据えた。
「良いね、その目だ。それでこそ、人のまま化けようとする生命だ」
少年の思いを見届けたバンサルは穏やかな笑みを浮かべたまま指先の雷槍を静かに前へ送り出す。その瞬間、解放されたそれは世界そのものを呑み込む白き閃光へ変貌し、荒野を満たす空気も岩盤も魔力さえも、一切の抵抗を許さず焦がし、破壊しながら一直線に迫ってきた。
その一撃を前にして、アケムは既に動いていた、全身を巡るエネルギーを一切の余剰なく脚部へ集束させる。
大地を踏み砕く反動とともに、その身体を一発の砲弾として射出した。
一直線だった。
迫り来る閃光を避けようとも逸らそうともせず、その中心を、ただ一点を目指し翔ぶ。
凄まじい速度によって周囲の大気が圧縮され、アケムの身体を包む衝撃層は一点へ収束していく。そして、その右拳にはこれまで積み重ねた適応と進化、その全てが凝縮されていた。
「
咆哮とともに放たれた拳は、バンサルの雷槍と真正面から激突した。二つの力は一瞬だけ均衡し、次の瞬間には空間そのものへ亀裂を刻み始める。
収束された破壊は逃げ場を失い、世界そのものを軋ませながら膨れ上がっていく。アケムは全身の骨が砕ける感覚すら押し殺し、なお前へ踏み込む。
やがて拳は閃光を貫き、その中心を打ち抜くと、行き場を失った莫大なエネルギーが一斉に解放され、荒野と空を隔てていた異界そのものへ蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
異界は硝子のような音を響かせながら砕け散る、裂け目から現実世界の空が覗く。荒野は現実へ侵食されるように溶け消えて行き、異界そのものが静かに終焉を迎えていく。
崩れゆく世界の中で、バンサルはどこまでも満足そうに笑い、アンルもまた、崩壊する景色を見上げながら小さく息を漏らした。
「……なるほど。世界を壊すほどの衝撃を、人の肉体で成立させたか」
「最高だよ、アケムくん。本当に、君は期待を裏切らないね───試練達成だよ」
「ああ。Code73、今回の実験は終わらせて良いだろう」
その言葉を最後まで聞き届ける前に、アケムの膝から力が抜けた。
全身を限界まで酷使した代償は隠し切れず、意識はゆっくりと暗闇へ沈んでいく、それでも倒れる寸前まで、その拳だけは固く握られたままだった。
まるで何か大事なものを握りしめるかの様に
収束式・超克拳撃
シンギュラリティ・ブレイクスルー
体内を巡るエネルギーを極限まで圧縮・収束し、拳の一点へ集約して放つ近接戦闘技。外見こそ単なる正拳突きに過ぎないが、内部では全身の筋力、血流、運動エネルギーを寸分の無駄なく拳へ伝達しており、その破壊力は通常の打撃とは比較にならない。『鉄騎士』セクタルとの死闘を経て、アケムが身体エネルギーを自在に流動・収束させる技術を獲得したことで成立した最初の完成形であり、後の技の原点でもある。