怪物になれなかった少年は人外魔境にて進化を続ける   作:プーリとベルト

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第25話∶人外魔境の『日常』

 

 

「そろそろ起きないもんかねアケムの奴…………」

 

 何でもない様な声と物音が深い眠りの底へゆっくりと染み込んでくる。重たかった瞼を少しずつ持ち上げると、ぼやけていた視界の向こうで、見慣れた青年の顔が安堵したように覗き込んでいた。

 

「ん……? ……おはよう、ルカ」

 

「おはよう。……つうか、ようやく目を覚ましたな」

 

 寝起きの掠れた声を返したところで、途切れていた記憶が少しずつ頭の中で繋がり始める。

 

 異界での試練。

 

 アンルとバンサル。

 

 世界そのものを砕いた最後の一撃。

 

 そして全身の力が尽き、そのまま意識を手放した瞬間まで思い出したところで、アケムはゆっくりと身体を起こした。

 

 見慣れた部屋だった。

 

 ルカとユイナが暮らすマンションの一室。窓から差し込む穏やかな陽射しや、生活の匂いが残る室内は、あの荒涼とした異界とは何もかもが違っている。

 

 ただ、一つだけ違和感があった。

 

「……ベッドだ」

 

 身体の下にある柔らかな感触を確かめながら呟くと、ルカは肩を竦めて苦笑した。

 

「ユイナがうるさくてな。怪我人なんだから絶対ベッドに寝かせろって譲らなかった。お陰で俺がソファで寝る羽目になった」

 

「そっか……ごめんね」

 

「気にすんな。まぁ……

 

 そう言いながらも、ルカは少しだけ視線を逸らし一度言葉を探すように頭を掻いた。

 

「お前のせいで観象連盟に誘拐されたのは事実だけどな」

 

 真面目な口調でもあり、その言葉はアケムの胸へ静かに沈んでいく。

 

「……ごめんなさい」

 

 小さく零れた声は、自分へ言い聞かせるようでもあった。ルカはそれを見てから小さく息を吐いた。

 

「でもな、俺もユイナも無事に帰って来られた。それだけで、この都市じゃ十分すぎるくらい上出来ではある」

 

 慰めようとしたわけではない事実を述べただけだ、それでもアケムは首を横へ振る。

 

「……でも、やっぱり僕のせいだ」

 

「そうだな。それは否定しない」

 

 ルカはあっさりと言い切った。

 

「だからな、アケム」

 

「何?」

 

「これからも俺とユイナに関わるつもりならさ」

 

「うん」

 

「何かされる前に守ってくれ。それと、自分が食っていくくらいの金はちゃんと稼げ」

 

「それで良いの?」

 

「お前を遠ざけても、多分意味ねぇ。だったら利用出来るもんは利用するってのが、ここ数日考えた中で一番丸かったんだよ……悪いか?」

 

「全然、凄く良いよ」

 

「そっかなら良かった」

 

「……そういえば、お金なら前にバンサルから渡されたお金があるから。あれ、ルカとユイナで使って」

 

「……いいのか? というか、大丈夫なのか?」

 

「うん、いいよ。もしバンサルに文句を言われても、僕が何とかするから」

 

 迷いのない返事だった。

 

 アケムにとって金は、生きるための手段ではあっても、それ以上の意味を持つものではない。

 

 一方でルカは、そんな返答が返ってくるとは思っていなかったらしく、しばらく呆れたような顔をしていたが、やがて苦笑混じりに頭を掻いた。

 

「……ま、毒を食らわば皿までか使うか。あの金」

 

「うん、使って本当はもらった直後に言えたら良かったんだけど」

 

「そうだなぁ、でも俺もユイナも」「アケムゥウ!!」

 

 勢いよく扉が開き、小柄な少女が部屋へ飛び込んでくる。

 

「ユイナ?」

 

 次の瞬間には、ユイナがベッドの傍まで駆け寄っていた。

 

「おはよう、アケム!」

 

「……おはよう、ユイナ」

 

「良かったぁ……本当に無事だった……」

 

 安心したように笑ったかと思えば、その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 

 アケムはそんな表情を見つめ、小さく微笑んだ。

 

「ルカとユイナも無事で良かったよ」

 

「それはそうだけど!」

 

 ユイナは即座に言い返える。

 

「心配したのはこっちなんだからね? 二日も全然起きないし、お医者さんは『生命活動に問題はありません』しか言わないし」

 

「そりゃそうだろ、外傷どころか身体の内部損傷もほぼゼロだったんだぞ」

 

「うぅ、とにかく色々無事で良かったよアケム」

 

「心配してくれてありがとうユイナ」

 

「……まぁ良いや、さっきの話の続きだがな」

 

「うん」

 

「というか二人で何の話ししてたの?」

 

「アケムの話だよ、パークアドラ(この都市)でのな」

 

「あ、あ〜そうだよ!! アケム!!」

 

「何?」

 

「ニュース! ニュース見た!? アケムが映ってるんだよ!」

 

「僕が?」

 

 ユイナは慌てて端末を操作すると、そのまま画面をアケムへ向ける。

 

 映し出されていたのは、大きく崩れ落ちた血冠城と、その周囲一帯へ広がる瓦礫の街並みだった。

 

『先日発生した血冠城崩壊事件について、新たな情報が入りました』

 

 落ち着いた調子でニュースキャスターが語り始める。 

 

『先日、起きた血冠城崩壊事件について続報です』

 

『ソフィル歓楽街に血冠城を建て、下層区域の一角を支配していた男『黒冠』グラド・エゼルバインの死亡が確認されました』

 

 画面には崩壊前の血冠城と『黒冠』の資料映像が映し出され、そのまま別の写真へ切り替わる。

 

『また、『鉄騎士』グレイロード・ヴァン・セクタルについては現在も行方不明となっていますが、現場の状況から死亡した可能性が高いとみられています』

 

 報道はそこで終わらず、崩壊した街並みを空撮した映像へ移り変わる。

 

『なお、今回の事件については『殺人狂』の関与が有力視されていますが、複数の証言から『鉄騎士』と交戦し、これを打倒した少年の存在も確認されています』

 

 さらに映像が切り替わると、瓦礫の中で一瞬だけ戦うアケムの後ろ姿が映し出された。

 

『報道伯セイブル氏はこの少年を『飛拳児』と呼称しており、新たなトリプルワーズとなり得る存在であると、都市全域へ向けて──』

 

「てな、訳だ今やすっかりトリプルワーズの一人だぞお前」

 

「実力や『殺人狂』との関係が不明だからダブルワーズになるかもなんて話も有るんだよアケム!!」

 

「僕がそんな事に……」

 

 アケムは画面へ映る自分の後ろ姿をしばらく眺めていたが、やがて困ったように眉を下げた。

 

「……飛拳児」

 

「嫌か?」

 

 ルカが何気なく尋ねると、アケムは小さく首を傾げながら考える。

 

「嫌というより……変な感じかな。僕はただ中層に帰りたくて戦っただけだから」

 

「そういう奴ほど勝手に名前付けられるんだよ、この街は」

 

 ルカは肩を竦めながら笑う。

 

「本人の意思なんて関係ない。目立った奴は勝手に噂になって、勝手に二つ名を付けられて、勝手に評価される。それがパークアドラだ」

 

「有名税ってやつだね」

 

 ユイナも苦笑しながら端末を操作すると、都市掲示板の画面を表示した。

 

 そこには『飛拳児は何者だ』『殺人狂の弟子らしい』『いや鉄騎士を倒した怪物だ』『観象連盟の実験体という話もある』など、好き勝手な書き込みが延々と流れている。

 

「……全然違う」

 

「だろ?」

 

「でも止められないんだよね、こういうの」

 

 ユイナが肩を落とす。

 

「証拠なんて誰も欲しがらないし、面白い噂の方が広まるの速いから」

 

 アケムは画面を見つめながら静かに息を吐いた。

 

 世界が変わっても、人は知らない相手を勝手に想像する。その在り方だけは地球と大きく違わないらしい。

 

「まぁ、その内また別の事件が起きれば皆そっちを見るさ」

 

 ルカは気楽そうにそう言うと、立ち上がって部屋の時計へ目を向けた。

 

「それより腹減ってないか。二日寝てたんだから流石に何か食った方がいい」

 

 そう言われた途端、アケムは自分の腹の奥が小さく鳴る感覚に気付く、穏やかな部屋へ戻ったことで身体がようやく休息を求め始めたらしい。

 

「……お腹、空いたかも」

 

「よし、素直でよろしい!」

 

 ユイナはぱっと表情を明るくすると、部屋を飛び出しながら振り返った。

 

「今日だけは栄養たっぷりのご飯だからね! 病み上がりなんだから残しちゃ駄目だよ!」

 

「病み上がりっていうか、怪我一つ無かったけどな」

 

「そういう問題じゃないの!」

 

 兄妹のいつものやり取りを聞きながら、アケムは思わず笑みを浮かべる。

 

 血と瓦礫に囲まれた戦場では決して聞くことのできなかった、どこか騒がしくも温かな声が部屋いっぱいに響いていた。その何気ない空気へ身を委ねながら、アケムは改めて実感する。

 

 自分は帰ってきたのだと。

 

 命を奪い合う場所ではなく、普通と思える人々が暮らすこの家へ。そして今から、騒がしく非日常にまみれた日常が始まろうとしていた。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 潮風を受けながら一隻の大型客船が灰色の海を静かに進んでいた。甲板へ立つ乗客達は遥か先に霞む巨大都市の輪郭を眺め、それぞれ期待や不安を胸へ抱いている。

 

 その一角では、年端もいかない少年が手摺へ身を乗り出し、退屈そうに海を眺めていた。身なりは上質で、年齢に似合わぬ気品と育ちの良さを漂わせている一方、その瞳には未知への好奇心が隠し切れず宿っている。

 

 少年のすぐ後ろには、一人の若い女が静かに控えていた。無駄な動作一つ見せず主人との距離を保つ姿は、長年仕えてきた主従そのものだった。

 

「なぁ……パークアドラはまだか?」

 

「もう、少々時間がかかるかと、子爵様」

 

「そうか。しかしこの長い船旅の後の入都市審査も面倒だと分かってるから嫌になってくるな」

 

「あの場所の危険度を考えれば妥当かと」

 

「まぁ、そうか。しかし早く会ってみたいな。オレが支援してやってる研究所が手放した新たな人類種とやらに」

 

 少年は都市の方角を見据えたまま、どこか楽しげに口元を緩める。その様子を見つめながら、従者の女性は僅かに目を伏せた。

 

「それに、あの都市は危険と同じくらい未知の生物に溢れてるのは間違い無いからな」

 

「余り、ご自身を危険に晒すような事はおやめ下さいヴァール様」

 

「俺にはお前が居るだろ。だからオレが望めば、ティニ、お前が全部何とかしてくれる。だろ?」

 

 悪びれもなく言い切ると、ティニは一瞬だけ呆れたように目を細め、それから小さく溜め息を吐いた。

 

「その信頼は光栄ですが、無茶を正当化する理由にはなりません」

 

「堅いなぁ」

 

「子爵様が柔軟すぎるのです」

 

 短いやり取りの後、二人の間へ静かな笑いが流れる。

 

 その時、水平線の彼方に霞んでいた巨大な影が、徐々に輪郭を鮮明にし始めた。

 

 海上へ幾重にも張り巡らされた巨大橋梁。空を縦横無尽に飛び交う輸送機。そして天を突く無数の高層建築群が灰色の雲を貫き、都市全体が一つの巨大な機械生命体のような威容を見せつけている。

 

「……あれが」

 

 少年は思わず息を呑む。

 

「人外魔境、パークアドラか」

 

 胸の奥で何かが高鳴る。

 

 未知の生物、未知の技術、未知の文化、そして研究所ですら手放したという新たな人類種。

 

 知りたい。

 

 見てみたい。

 

 この目で確かめたい。

 

 そんな抑えきれない衝動を隠すこともなく、ヴァールは静かに笑みを浮かべた。

 

「面白い旅になりそうだ」

 

 一方でティニは、その横顔を見つめながら小さく目を閉じる。主人がそう口にした時ほど、決まって厄介事へ首を突っ込むことを彼女は誰より理解していた。

 

 やがて汽笛が長く鳴り響き、巨大客船は速度を落としながら港へ向けてゆっくりと進路を変える。

 

 新たな来訪者を乗せた船は、人と怪物が当たり前のように隣り合って暮らす都市──パークアドラへ、静かに近づいていった。

 





怪物になれなかった少年は人外魔境にて進化を続ける

第一章 初めまして、パークアドラ──完

第二章 博覧会は魔境にて──to be continued
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