適応進化する少年、人外魔境で暮らします   作:プーリとベルト

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『紫の尾』


第7話

 

 

「コイツが……『紫の尾』かよ始めて見た」

 

「メェ、吾輩も認知度うなぎ登りに鯉登りカモメ?」

 

「いや、変なポーズとかより破界対策局のR.A.I.D.何でしょ目の前の事態をなんとかしてよ!!」

 

「猿は毛から、蛇も首切りゃ頭も増える。だが人手不足にはネコがチュウオススメ。猫には九つの魂だドッグ」

 

「つまり? どういうことだ?」

 

「吾輩は一匹狼にナマズ」

 

 その瞬間だった。

 

 ぬるり、と。

 

 まるで今まで最初から其処に存在していたかのような自然さで、通路脇の案内板の陰からもう一人の獣噛柴尾が姿を現した。

 

「ワニ?」

 

 吹き抜け上層の手すりへ逆さにぶら下がっていた別個体が、尻尾を揺らしながら覗き込んでいる。

 

「タコにも足は八本あるピョン」

 

 閉鎖された店舗シャッターの前に、腕を組んだ獣噛柴尾。

 

 避難誘導ドローンの上へ器用に座り込んでいる獣噛柴尾。

 

 気づけば通路のあちこちに、同じ顔、同じ声、同じ紫色の尾を持った存在が増殖していた。

 

 それらは完全に同一存在にも見えるし、微妙に個体差があるようにも見える。耳の形が違う。瞳孔の開き方が違う。服の装飾品が少しずつ違う。

 

 しかも厄介なことに、どの個体からも同等の存在感が漂っている。

 

 ユイナが引きつった顔のまま周囲を見回す。

 

「増えた!! 普通に増えたんだけど!?」

 

「ヒヒ、安心安全量産型だフォックス」

 

「安心できる要素どこだよ……」

 

 ルカが低く呻く一方で、周囲の避難者たちもざわめき始めていた。しかし恐慌というより、「うわ、本物だ」という妙な興奮と諦めが混ざった空気に近い。

 

「あれ紫の尾じゃね?」

 

「マジか、初めて見た」

 

「写真撮っていいやつ?」

 

「やめとけ、前に勝手に撮った奴の端末へ半年くらい動物動画送り続けたって話あるぞ」

 

 そんな一般人の会話が飛び交う中でも、裂けた空間の侵食は止まらない。黒い腕は更に外側へ伸び始め、周囲の床材をじわじわ侵食しつつ形状を歪ませていく。

 

 だが、その異常を前にしてなお、獣噛柴尾たちは妙に緊張感が無かった。

 

 一体が床へしゃがみ込みながら裂け目を覗き込み、別個体は「ホーホケキョ、今日は中型寄りだベア」と呑気に呟き、更に別の個体は避難経路表示を勝手に書き換えて遊び始めている。

 

「おいちゃんと仕事しろ!!」

 

 ルカが思わず怒鳴ると、複数の獣噛柴尾が一斉に振り返った。

 

「「「仕事してるワン」」」

 

 声が重なる。しかも完全には揃っていない。不協和音みたいに微妙にズレている。

 

 

 

 その時だった。裂け目の奥から、ずるり、と更に巨大な影が覗く、黒い腕だけではない。

 

 向こう側には、本体が居る。

 

 通路全体が軋み始め、空間そのものが悲鳴を上げるように歪み始めた。しかし次の瞬間、獣噛柴尾の一体が、ぽん、と手を叩いた。

 

「では業務開始だラクダ」

「避難誘導組配置 ヨシ」

「異界侵食対策班 ヨシ」

「害獣駆除吾輩一名!!」

「うむ、ヨシ!!」

 

「本当にヨシか?」

 

 ルカの疑念は極めて真っ当だった。

 

 だが壁際で避難客を誘導している個体もいれば、警備ドローンへ指示を飛ばしている個体もいる。裂け目周辺へ奇妙な杭のような装置を打ち込み始めた個体まで存在していた。

 

「そこのブルブルドックのー般市民は右方向へ避難だフォックス! 動けニャイ? なら背負うシカ無いワニね」

 

「通路歪み発生中につき床へ気を付けるワーム!」

 

「泣いてるキッズ発見ピョン、飴玉支給任務へ移行するピヨ」

 

 個々が別々に喋っているはずなのに、不思議と統率だけは取れていた。雑然としているようで、誰一人として動線が衝突していない。避難客は流れるように誘導され、警備ドローンとの連携も異様に滑らかだった。

 

 ユイナが若干引いた顔で周囲を見回す。

 

「なんか……一匹見た時より怖くない?」

 

「分かる」

 

 アケムも素直に頷いた。 

 

「一匹いたら百匹いたのがガチだったみてぇな……いやコレは違うか」

 

 

 ルカは頭痛を堪えるように眉間を押さえながら呟いた。

 

 その一方で、裂け目そのものは依然として拡大を続けていた。黒い腕は既に肩口まで現れており、空間そのものを押し広げるように軋ませている。周囲の照明は断続的に点滅し、床材も一部が液体のように沈み始めていた。

 

 だが、その異常を前にしても獣噛柴尾たちは妙に落ち着いていた。

 

「侵食率まだ低いだろモルモット」

 

「うむ、通常対応圏内だブラックバック」

 

 その内の駆除担当の一体が、ぴたりとアケム達の前で止まる。

 

「さてサイ、少年少女保護対象組はここから後方へ避難するイーグル」

 

 直後だった。

 

 裂け目の奥から、巨大な目が開いた。

 

 黒い腕のさらに奥。空間の裏側そのものに貼り付くように、濁った黄金色の巨大眼球がぎょろりと覗き込む。視線だけで空気が重くなるような圧迫感。周囲の一般人が小さく悲鳴を漏らし、避難誘導中だったドローンや機械が数機まとめてノイズを吹きながら停止、墜落した。

 

「……ッ」

 

 ユイナが息を呑む。

 

 アケムは静かにその目を見返していた。身体の奥で、昨夜とはまた別種の反応が走る。警鐘にも似た感覚。細胞そのものが異物を認識し、戦闘準備へ入りかけている。

 

 その瞬間だった。

 

「おっと危ないサーモン」

 

 ぺしん

 

 獣噛柴尾の尻尾がアケムの額を軽く叩いた。

 

「今の少年、半分くらい戦闘モード入りかけてたラット?」

 

「……分かるの?」

 

「分かるワオーン。吾輩、獣だから勘が良いキリン」

 

 言いながら、獣噛柴尾は裂け目へ向き直る。そして腰元から、一本の棒を引き抜いた。

 

「さてさてお仕事タイムだヒヒーン」

 

 獣噛柴尾は軽く首を鳴らし、それから満面の笑みを浮かべる。

 

「怪獣くん、公共施設で暴れるのは減点対象だゾウ?」

 

 獣噛柴尾の姿が掻き消えた。

 爆発音にも似た踏み込みとともに紫色の残光が通路を走り、裂け目から伸びていた黒腕の表面へ木の棒が叩き込まれる。乾いた音。しかし直後、怪獣の巨腕そのものが弾け飛んだ。

 

 弾け飛んだ部位からは更に多くの腕が生え、腕にまとわりついていた粘液が空間へ飛散し粘液は周囲の壁面を侵食しながら煙を上げる。

 

「おっと酸性体液はクリーニング代がタイペンギン!」

 

 軽薄な声とは裏腹に、その動きは異様だった。

 

 速い、というより軌道が読めない。猫科の跳躍としなやかさ、鳥類めいた空中移動が混ざり合い、三次元の間を縦横無尽に動いている。しかも手にしているのは、本当にただの木の棒にしか見えなかった。

 

 だが、その一撃一撃が異常だった。振るう度に空間へ鈍い衝撃波が走り、怪獣がコチラに出している箇所だけが崩れていく。柴尾は壁面、天井、歪んだ重力場の境界を縫うように跳び回りながら攻撃を重ねる。

 

 その視線が動いた瞬間、通路全体へ重圧が走った。空気が軋み、ガラス壁面が内側から押し潰されるみたいに歪み始める。床面の模様が液体みたいに波打ち、遠近感そのものが狂っていく。見ているだけで平衡感覚が引き裂かれそうな異常だった。

 

 しかし獣噛柴尾は笑っていた。

 

「おっ、怒ったカモシカ?」

 

 道があるかのように駆け、空中でも迷いなく翔んで行く、そして裂け目の奥に存在する怪獣の眼へ一直線に跳躍した。

 

 

「はい器物破損の減点ペナルティだコーギー

 キツツキ行くぜ

 

 ──────災獣擬呀・百怪棒叩((さいじゅうぎが・ひゃっかいぼうたたき))ッ!!!」

 

 木の棒を巨眼の方へ振り下ろす

 

 ただの棒切れにしか見えなかったソレの表面へ、突如として色彩が走る。赤熱した炎が螺旋状に噴き上がったかと思えば、次の瞬間には紫黒色の毒霧が絡み付き、更に青白い雷光と暴風じみた衝撃波が幾重にも重なり始める。

 

 いや、違う。炎でも毒でも雷でもない。

 

 それら全てに似ていて、しかしどれとも断定できない災害そのものみたいな何かだった。

 

 空間が軋む。

 

 木の棒から溢れ出した奔流は圧縮され、そのまま黄金の巨眼へ叩き込まれた。轟音が遅れて通路全体を揺らし、周囲の店舗ガラスが一斉に震える。熱風と冷気が同時に吹き荒れ、床材へ刻まれた魔術回路が明滅しながら悲鳴のような火花を散らした。

 

 次の瞬間、硝子が砕けるみたいな乾いた破裂音とともに、巨眼そのものへ無数の亀裂が走る。そこから噴き出した黒い液体は途中で燃え、凍り、腐食し、更には小規模な爆発まで起こしながら周囲へ飛散した。

 

 空間侵食が一気に揺らぐ。

 

 裂け目全体へ蜘蛛の巣状の亀裂が走り、黒い腕が苦悶するように痙攣した。その巨体が崩壊を始める頃には、獣噛柴尾の姿は既に後方へ着地している。

 

 紫色の尾を揺らしながら、彼はくるりと棒を肩へ担ぎ、満足そうに胸を張った。

 

「フフフ、木の棒は全てを解決するドッグ」

 

 

 黄金の巨眼が砕け散った直後、怪獣の動きが明確に鈍った。裂け目の奥で黒い肉塊がぐずぐずと崩れ始め、何方向にも伸びていた腕も力を失ったように垂れ下がる。周囲へ広がっていた圧迫感が急速に薄れていき、捻じ曲がっていた通路構造も少しずつ元の形状へ戻り始めていた。

 

「メェ? 心が折れたサイ?」

 

 獣噛柴尾は軽い調子で言いながらも視線だけは鋭く裂け目を見据えている。木の棒を肩へ担いだまま、一歩だけ前へ出た。すると異界怪獣側も、本能的な危険を察知したのか、裂け目の奥で大きく身を引いた。

 

 黒い霧のようなものが周囲へ噴き出し、砕けた巨眼の残骸を回収するように蠢いていく。

 

「……逃げるカラスか、賢い判断ダイオウイカ。今の君、まだ肩までしか来れてないウルフ。全身通ってたら商業区半壊コースだったカモ」

 

 裂け目の奥から、低い唸り声にも似た振動が響いた。

 

 黒い腕がゆっくりと空間の向こう側へ引き戻っていく。それに合わせるように、裂け目そのものも収縮を始め。歪んでいた景色が正常化していった。

 

「はい、本日の怪獣ショー終了だモモンガ!」

 

 獣噛柴尾がぱん、と手を叩いた瞬間、周囲で待機していた大量の獣噛柴尾たちが一斉に動き始める。

 

「残留物回収班動くコアラ!」

 

「負傷者確認急ぐアルパカ!」

 

「始末書担当だけ帰りたいラッコ!」

 

 騒がしい怒号が飛び交う中、最後に残った裂け目が小さく明滅し──静かに閉じた。

 

「凄い……」

 

 アケムが率直に漏らした感想に、獣噛柴尾はぴたりと動きを止めた。

 

「よせやいハシビロコウ、いや嘘、マーモット褒めて。吾輩いま尻尾フリフリでチュウ嬉しいゾウ」

 

 実際、腰の後ろで紫色の尾がぶんぶん揺れていた。

 

「隠す気ゼロかよ……」

 

「誠実対応だラクダ」

 

 そのまま彼──いや彼らと言うべきか──は、周囲で作業を続ける大量の獣噛柴尾たちへ視線を向けた。

 

「ウォンバット、後処理は任せるワン。避難誘導と進行封鎖続行ヨロシクだビーグル」

 

「了解タヌキ!」

 

「始末書イヤイヤ班は逃走準備だフェレット!」

 

「逃げるナマケモノ!」

 

 遠くで別個体たちが騒ぎ始める中、目の前の獣噛柴尾だけが、すっとアケムへ顔を寄せた。

 

「折角だし、ちょっと少年とお喋りしたいネコ」

 

「えっ、何でアケムと?」

 

 ユイナが不思議そうに瞬きをする。

 

 すると獣噛柴尾は細い瞳をにんまり歪めた。

 

「ニャフフ。少年、純朴天然記念物オーラ出てるし、何より同類の匂いがするライオン」

 

「……僕と、アナタが?」

 

「柴尾だワン」

 

 獣噛柴尾は、ふっと笑みを薄くした。先ほどまでの騒々しさが一瞬だけ静まり、その瞳が人の者になる。

 

「此処じゃ人ってのは案外すぐ壊れるし変わる。肉体も精神も、世界との境界もグラグラになるラマ。だから逆に、自分は人だって意識してイカないと、簡単に別の何かにナイルワニ」

 

 アケムは黙ってその言葉を聞いていた。

 

「少年と吾輩、ちょっと似てる気がするドッグ。人として在ろうとしてる側の匂いがするんダチョウ…………それはそれとして少年少女青年!」

 

「ん?」

 

「何だよ」

 

「折角だし昼ごはん一緒に食べニャイ? 吾輩オカピぺこぺこ。異界の怪獣しばくとカロリー消費がカンガルーなんだワオーン」

 

「テンションで押し切ろうとするな」

 

 ルカが即座に返す。

 

 しかし獣噛柴尾は気にした様子もなく、びしっと遠くを指差した。

 

「この近辺ならラーメン、焼肉、異界鍋、深海魚定食、寄生植物カフェ、選び放題だコアラ!」

 

「後半ちょいちょい危険混ざってない?」

 

「パークアドラ基準ではヘルシー寄りアルマジロ」

 

「パークアドラだからって言っとけばお前の胡乱さが薄まるわけじゃねぇぞ……」

 

「え? そうなの」

 

「アケム流石に許容限界を超えてるよ、けど…………楽しそうだし、私は賛成!」

 

「……僕も、行ってみたい」

 

 アケムが静かにそう言うと、獣噛柴尾は「ヨォーシ!」と嬉しそうに両手を上げる。

 

「決定だワン!」

 

「柴尾は何食べたいの?」

 

「肉」

 

「即答じゃない」

 

「タンパク質は大事イヌ。あと油。あと糖。あと塩。あと刺激物」

 

「不健康の権化みたいな食生活してんな……」

 

「R.A.I.D.は偉くて強くなるほどブラックタイガーだワオーン。特に上の方、チュウ強いリーダー、副リーダー睡眠時間が絶滅危惧種ピューマ。吾輩も中々お疲れカンガルー」

 

「知りたくなかったな……破界対策局のそんな裏事情」




プロフィール

『紫の尾』獣噛柴尾(けものがみしばお)
R.A.I.D.所属とされるトリプルワーズの二つ名保持者。猫、犬、鳥、爬虫類その他諸々を混線させたような存在であり珍妙な人物。単独存在でありながら複数地点へ同時出現し、それぞれが独立行動を取りつつ完全な連携を成立させる。神出鬼没かつ掴み所の無い言動で知られるが、異常事態への対応能力は極めて高く、R.A.I.D.内でも上位クラスの実働戦力として扱われている。市民からは「怖いけど頼れる変人」と認識されている。

またパークアドラ発展初期から目撃例がありその場合の年齢は100を超えていてもおかしく無いとのことだが詳細は不明。
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