伊集院レイは、伝説の木の下で少女になる   作:エーアイ

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高瀬悠人は、今年の贈り物を考える

 十一月の終わりが近づくと、街の景色が少しずつ変わり始めた。

 

 駅前には、早めのクリスマス飾りが取りつけられている。

 商店街の店先には、小さなツリーや赤いリボンが並び始めた。

 雑貨屋の棚には、ギフト用の小物が増えている。

 

 学校でも、昼休みになるとそんな話題が出るようになった。

 

 「もうクリスマスかよ」

 

 誰かが教室でそう言った。

 

 「その前に期末だろ」

 

 「言うな」

 

 「受験生にクリスマスとかあるのか?」

 

 「気分だけでもくれ」

 

 そんな会話を聞きながら、高瀬悠人は窓の外を見ていた。

 

 クリスマス。

 

 その言葉で思い出すのは、去年の伊集院家のパーティだった。

 

 華やかな会場。

 まぶしい照明。

 完璧に振る舞う伊集院くん。

 そして、パーティの後の庭。

 

 伊集院レイからもらったペン。

 

 自分が渡した栞。

 

 あの時、伊集院はペンを「記念品」だと言った。

 

 悠人も、栞を渡しながら、少しだけ照れくさかったことを覚えている。

 

 今年はまだ、何も言われていない。

 

 伊集院家のクリスマスパーティに今年も招かれるのかどうか。

 それはわからない。

 

 去年と同じようにいくとは限らない。

 

 伊集院家の事情。

 卒業後の話。

 資料室で見かける封筒。

 「今は、答えられない」と言った伊集院の顔。

 

 その全部を考えれば、今年は呼ばれない可能性だってある。

 

 それなのに、悠人は思っていた。

 

 たぶん、呼ばれる気がする。

 

 そう考えている自分に気づいて、少し驚いた。

 

 呼ばれる前提で考えている。

 

 去年の自分なら、そんなことはなかった。

 

 呼ばれたら行く。

 必要があれば付き合う。

 伊集院が確認だと言うなら、そういうことにしておく。

 

 そんな感じだった。

 

 けれど今は違う。

 

 呼ばれるかもしれない。

 

 なら、何か用意しておいた方がいいのではないか。

 

 そう思っている。

 

 「高瀬」

 

 友人の声で、悠人は顔を上げた。

 

 「何だ?」

 

 「クリスマスどうすんの?」

 

 「まだ未定」

 

 「未定って、受験生らしいな」

 

 「そうか?」

 

 「去年も何か予定あるって言ってなかった?」

 

 悠人は少し考えてから答えた。

 

 「知り合いの家に呼ばれた」

 

 友人は呆れたように笑う。

 

 「また知り合いかよ」

 

 「知り合いは知り合いだろ」

 

 「お前の知り合い、謎多いな」

 

 「そうでもない」

 

 「いや、あるだろ」

 

 悠人はそれ以上答えなかった。

 

 伊集院家のクリスマスパーティ。

 

 それを説明するのは難しい。

 

 誰の家か。

 どうして呼ばれたのか。

 去年は何をしたのか。

 

 一つ説明すれば、別の説明が必要になる。

 

 だから、知り合い。

 

 それで十分だった。

 

 その日の帰り道、悠人は駅前の雑貨屋に立ち寄った。

 

 特に目的があったわけではない。

 

 いや、あったのかもしれない。

 

 店内には、クリスマス用の小物が並んでいた。

 

 カード。

 ハンカチ。

 小さな置物。

 文具。

 ブックマーカー。

 包装された焼き菓子。

 

 悠人は棚の前で立ち止まった。

 

 今年、もし伊集院に何か渡すなら。

 

 そう考える。

 

 去年は栞を選んだ。

 

 伊集院が本を読むことを覚えていたからだ。

 

 あの時は、それでよかったと思う。

 

 けれど今年も栞では芸がない。

 

 同じものを渡すのも違う。

 

 かといって、伊集院に似合うものを選ぶのは難しい。

 

 高価すぎるものは違う。

 明らかに恋人向けのものは早すぎる。

 少女らしすぎるものは、伊集院が困る。

 逆に実用一辺倒の事務用品では、去年のペンと被る。

 

 伊集院が受け取れるもの。

 言い訳できるもの。

 でも、適当に選んだわけではないとわかるもの。

 

 悠人は棚を見ながら、少しだけ苦笑した。

 

 いつの間にか、伊集院がどう受け取れるかまで考えるようになっている。

 

 ホワイトデーの時と同じだった。

 

 あの時も、伊集院が言い訳できるように、落ち着いた包装の焼き菓子を選んだ。

 

 今回も、同じように考えている。

 

 「……慣れてるな」

 

 小さく呟く。

 

 棚の端に、ブックカバーが並んでいた。

 

 布製のもの。

 革風のもの。

 明るい色のもの。

 落ち着いた色のもの。

 

 悠人は、その中の一つに目を止めた。

 

 深い紺色に近い、落ち着いた色合いのブックカバーだった。

 

 派手ではない。

 少女らしすぎない。

 でも、硬すぎもしない。

 

 手触りも悪くない。

 

 学校で使っても目立たない。

 伊集院が持っていても不自然ではない。

 本を読む時に使える。

 

 去年、栞を渡した。

 

 今年は、本そのものを包むもの。

 

 悠人は、そこまで考えて少しだけ迷った。

 

 伊集院が去年の栞を使っているかどうかは知らない。

 

 使っていなくても仕方ないと思う。

 

 だが、伊集院が本を読むことは知っている。

 

 資料室で、本を手にしていたことがある。

 図書館で堅い本を選んでいたこともある。

 旅行雑誌や夏祭りの記事に目を止めていたこともあった。

 

 本は、伊集院にとって自然なものだ。

 

 だから、ブックカバーなら受け取りやすい。

 

 「確認資料を持ち歩く時にも使える」とでも言い訳するかもしれない。

 

 そう考えて、悠人は少し笑った。

 

 伊集院なら、本当に言いそうだった。

 

 店員に包装を頼む。

 

 派手すぎないものにしてもらった。

 

 小さな袋を受け取り、店を出る。

 

 外はもう暗くなり始めていた。

 

 駅前の飾りが、昼間よりもはっきり光っている。

 

 手の中の袋を見て、悠人はふと思った。

 

 まだ呼ばれていない。

 

 今年も伊集院家のパーティに行くとは決まっていない。

 

 それなのに、自分はもう買ってしまった。

 

 呼ばれる保証はない。

 

 伊集院が今年も招待するとは限らない。

 伊集院家側の事情が変わっているかもしれない。

 卒業後の話が進んでいるのかもしれない。

 あの封筒の中身が、何か影を落としているのかもしれない。

 

 去年と同じようにはいかないかもしれない。

 

 それでも、買った。

 

 用意した。

 

 それは、思っていたよりも大きなことのように感じた。

 

 翌日の放課後。

 

 悠人の机の中には、いつもの白いカードが入っていた。

 

 放課後、資料室へ。

 十二月下旬予定確認。

 伊集院レイ

 

 十二月下旬。

 

 悠人はカードを見て、少しだけ息を止めた。

 

 来たか。

 

 そう思った自分に、また少し驚く。

 

 旧校舎へ向かう。

 

 資料室の扉を叩く。

 

 「入れ」

 

 悠人は扉を開けた。

 

 伊集院はいつもの席に座っていた。

 

 机の上には確認用の紙。

 今日は紅茶も菓子もない。

 その代わり、どこか普段より机の上が整いすぎているように見えた。

 

 「遅い」

 

 「時間通りだ」

 

 「私より後に来た」

 

 「十二月下旬まで確認するんだな」

 

 「当然だ」

 

 悠人は椅子に座った。

 

 伊集院は紙を見ながら言う。

 

 「十二月下旬の予定を確認する必要がある」

 

 「クリスマスか?」

 

 伊集院の手がわずかに止まった。

 

 「……伊集院家の年中行事だ」

 

 「去年のパーティ?」

 

 「そうだ」

 

 「今年もあるのか」

 

 「毎年行われている」

 

 「そっか」

 

 悠人は少しだけ間を置いた。

 

 そして、聞いた。

 

 「今年も呼ばれるのか?」

 

 伊集院は、すぐには答えなかった。

 

 視線を紙へ落としたまま、静かに言う。

 

 「必要があれば招待する」

 

 「必要があれば、か」

 

 「そうだ」

 

 「伊集院家の年中行事に、俺が必要なのか?」

 

 伊集院は眉を寄せた。

 

 「外部者の反応確認、去年の継続確認、伊集院家環境における秘密保持状況の再確認。理由はいくらでもある」

 

 「本当にいくらでも出てくるな」

 

 「当然だ」

 

 「じゃあ、予定は空けておく」

 

 伊集院の顔が上がった。

 

 ほんの少し、驚いたように見えた。

 

 「……まだ正式に招待すると言っていない」

 

 「必要があれば招待するんだろ」

 

 「そうだが」

 

 「なら、必要があった時に空いてないと困るだろ」

 

 伊集院は言葉に詰まった。

 

 悠人は少しだけ笑う。

 

 「確認体制に支障が出る」

 

 伊集院が目を細めた。

 

 「君は、私の言葉を悪用することに慣れすぎている」

 

 「伊集院から学んだからな」

 

 「不本意だ」

 

 いつものやり取りだった。

 

 だが、伊集院の声は少しだけ柔らかかった。

 

 悠人はそれ以上、踏み込まなかった。

 

 今年も呼ばれるのか。

 去年みたいに庭で話す時間があるのか。

 プレゼントを渡せるのか。

 

 聞きたいことはある。

 

 でも、今はまだ聞かない。

 

 伊集院が「必要があれば」と言った。

 

 それなら、その必要が来るのを待つ。

 

 伊集院は紙に何かを書き込んだ。

 

 「十二月下旬、予定空き。確認」

 

 「そこまで書くのか」

 

 「必要事項だ」

 

 「予定表みたいだな」

 

 「確認記録だ」

 

 「はいはい」

 

 「その返事はやめろ」

 

 資料室の空気は、少しだけ軽かった。

 

 前回の進路や卒業後の話ほど重くない。

 

 けれど、まったく何もないわけではなかった。

 

 卒業後の話は、まだそこにある。

 

 伊集院が答えられなかったことも。

 

 机の端に封筒がないことに、悠人は少し気づいていた。

 

 今日はない。

 

 だからといって、問題が消えたわけではないのだろう。

 

 ただ、今日はその話をしない日なのだと思った。

 

 確認は短く終わった。

 

 伊集院は紙を揃える。

 

 「今日の確認は以上だ」

 

 「了解」

 

 「正式な招待が必要になった場合は、改めて連絡する」

 

 「固定電話?」

 

 「状況による」

 

 「カードだと冬休み入ったら無理だしな」

 

 「方法は検討する」

 

 「去年も電話だったっけ」

 

 「……必要な連絡手段を用いた」

 

 「そっか」

 

 悠人は立ち上がった。

 

 扉へ向かう前に、ふと振り返る。

 

 「伊集院」

 

 「何だ」

 

 「去年のパーティ、覚えてるか?」

 

 伊集院の手が止まる。

 

 「確認事項だ」

 

 「そう言うと思った」

 

 「当然だ」

 

 「俺も覚えてる」

 

 伊集院は何も言わなかった。

 

 悠人も、それ以上は言わない。

 

 ただ、少しだけ頷いて資料室を出た。

 

 その夜。

 

 悠人は自分の部屋で、机の引き出しを開けた。

 

 中には、昨日買った小さな包みが入っている。

 

 ブックカバー。

 

 まだ渡せるかはわからない。

 

 今年も伊集院家のクリスマスパーティに呼ばれるとは限らない。

 

 正式に招待されたわけではない。

 

 必要があれば。

 

 伊集院はそう言っただけだ。

 

 それでも、用意した。

 

 去年は、呼ばれてから考えた。

 

 今年は、呼ばれる前に考えている。

 

 それだけで、何かが変わっている気がした。

 

 悠人は包みを手に取る。

 

 落ち着いた包装。

 

 中身は、伊集院が受け取っても困らないもののはずだ。

 

 本を読む時に使える。

 言い訳もできる。

 高価すぎない。

 それでも、適当に選んだわけではない。

 

 伊集院がどう反応するかはわからない。

 

 「実用性はある」と言うかもしれない。

 「確認資料の保護に使える」と言うかもしれない。

 「評価だ」と返すかもしれない。

 

 あるいは、少しだけ黙るかもしれない。

 

 悠人は、その反応を想像して、少しだけ笑った。

 

 まだ渡せるかどうかもわからないのに。

 

 そのことまで考えている。

 

 去年と同じようにはいかないかもしれない。

 

 卒業後のことも、伊集院家のことも、わからないままだ。

 

 でも、それでも。

 

 今年も渡せるかどうかは、まだわからない。

 

 けれど、高瀬悠人はもう、伊集院レイに何も用意しないクリスマスを考えられなくなっていた。

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