元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第10話 私はそんなこと望んでない

 暗い部屋だった。

 

 窓もない。

 光もない。

 

 聞こえるのは、自分の呼吸だけ。

 

「あ……っ」

 

 エリシアは膝から崩れ落ちた。

 腕を見る。

 黒い紋様が、指先まで広がっている。

 

 昨日より深い。

 確実に。

 侵食は進んでいた。

 

『殺せ』

 

 頭の奥で、声が響く。

 

『壊せ』

 

「やめて……っ!」

 

 叫んでも、止まらない。

 

 違う。

 これは、もう“声”じゃない。

 自分の中から出ている。

 

 逃げ惑う人間。

 悲鳴。

 恐怖。

 

 そんな光景を想像した瞬間。

 胸の奥が、熱くなった。

 

「っ――!」

 

 違う。

 こんなの、私じゃない。

 

 なのに。

 否定する声すら、弱くなっている。

 

 震える手で、自分の腕を掴む。

 爪を立てる。

 血が滲む。

 痛みで、意識を繋ぎ止める。

 

 黒いものは止まらない。

 

 むしろ――

 自分を、使い始めている。

 

 怖い。

 壊れるのが怖いんじゃない。

 

 ――もう壊れているかもしれない。

 

 それが、一番怖かった。

 

 その時だった。

 脳裏に、声が浮かぶ。

 

『無理するな』

 

 灰色の瞳。

 不器用な声。

 あの人だけが、違った。

 

「……カイ、先生」

 

 涙が零れる。

 

 会いたい。

 今すぐ、会いたい。

 

 でも――

 今の自分は、それを許せなかった。

 

 もし、先生を傷つけたら。

 もし、本当に化け物になってしまったら。

 

「私は……そんなこと……」

 

 声が震える。

 

「望んでない……っ!」

 

 その瞬間。

 

 どくん、と。

 黒い魔力が、部屋全体で脈打った。

 

 ◇

 

 白い礼拝堂。

 ルーメリアは、ただ静かに立っていた。

 

 拍手。

 祝福。

 称賛。

 全部、遠い。

 

 歓声の中にいるのに、ひどく息苦しかった。

 

「勇者ルーメリア様」

 

「人類の希望」

 

 違う。

 そんなもの、望んでいない。

 

 グランベルの声が響く。

 

「勇者とは、世界を救う存在です」

 

「故に、少数を切り捨てる」

 

「それが必要な選択です」

 

 切り捨てる。

 その言葉だけが、胸に残る。

 頭では理解できる。

 

 正しい。

 合理的。

 間違っていない。

 

 でも。

 

(じゃあ、今の私は……何を選んだ?)

 

 沈黙。

 気づけば、口が動いていた。

 

「……合理的です」

 

 グランベルが微笑む。

 周囲が称賛する。

 

 でも。

 ルーメリアの中で、何かが静かに削れていく。

 

(……本当に、これで良かったんでしょうか?)

 

 その答えだけが、出なかった。

 

 ◇

 

 廊下。

 カイトの足が止まる。

 

「……この魔力」

 

 低い声。

 嫌な記憶が、反射的に蘇った。

 

 次の瞬間。

 警報が鳴り響く。

 

『高濃度魔力反応を確認』

 

『東区画――異常魔力反応』

 

 廊下が、一気に騒がしくなる。

 

 悲鳴。

 ざわめき。

 逃げ惑う生徒たち。

 

 だが、カイトだけは動かなかった。

 灰色の瞳が、鋭く細められる。

 

「……エリシア」

 

 次の瞬間。

 遠くで爆発音が響いた。

 

 窓ガラスが震える。

 黒い魔力が、夜空へ噴き上がった。

 

 まるで。

 誰かの悲鳴みたいだった。

 

 カイトは小さく舌打ちする。

 

 そして。

 地面を蹴った。

 

 ◇

 

 暗い部屋。

 エリシアは膝をついたまま、震えていた。

 止まらない。

 

 黒い魔力が、身体の外へ溢れていく。

 

『受け入れろ』

 

『お前は魔王だ』

 

「ちが……っ、違う……!」

 

 涙が落ちる。

 嫌だ。

 怖い。

 壊れたくない。

 

 先生に、また会いたい。

 

 でも。

 もう、自分では止められない。

 

 黒い魔力が、爆発した。

 壁が砕ける。

 床が割れる。

 

 そして。

 部屋の奥の闇の中で。

 何かが、ゆっくりと目を開いた。

 

 赤黒い瞳。

 エリシアの魔力を喰らいながら。

 それは、ゆっくりと口を開く。

 

 次の瞬間。

 夜空を裂く咆哮が、響き渡った。

 

 ◇

 

 カイトは空を見上げた。

 

「……またか」

 

 低い声。

 今度は、間に合う。

 今度こそ――

 

 地面が砕ける。

 カイトは走り出した。

 

 その瞬間。

 礼拝堂にいたルーメリアが、ふと顔を上げる。

 

 遠くで――

 何かが“壊れた”気がした。

 

 




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