元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第11話 わかってんだよ

 夜空を裂く咆哮が、学園全体を震わせていた。

 

 東区画。

 

 黒い魔力が、柱みたいに空へ噴き上がっている。

 

「な、なんだよあれ……!」

 

「逃げろ!!」

 

 生徒たちが悲鳴を上げながら駆けていく。

 

 空気が重い。

 息を吸うだけで、胸の奥がざわついた。

 

 魔力そのものが、狂っている。

 その中心で、何かが、蠢いていた。

 

 巨大だった。

 黒い結晶みたいな外殻。

 赤黒い瞳。

 裂けた口から、濁った魔力が溢れ続けている。

 

 だが、その咆哮は、どこか苦しそうだった。

 ――まるで、泣いているみたいに。

 

「魔獣……?」

 

 違う。

 

 レオンは、本能的に理解していた。

 あれは普通の魔獣じゃない。

 もっと別の、何かだ。

 

「東区画封鎖!!」

 

「一般生徒を下げろ!」

 

 教官たちの怒号が飛ぶ。

 怪物は止まらない。

 

 黒い魔力を撒き散らしながら、周囲を破壊していく。

 

 壁が砕ける。

 地面が割れる。

 逃げ遅れた生徒が、転倒した。

 

「っ!」

 

 レオンは反射的に駆け出していた。

 

「待ってください!」

 

 ルーメリアの声が飛ぶ。

 

「危険です!」

 

「わかってんだよ!!」

 

 レオンは叫び返す。

 

 泣いている生徒。

 迫る黒い魔力。

 

 考えるより先に、身体が動いていた。

 怪物へ踏み込む。

 

「うおおおおッ!!」

 

 全力で叩き込む。

 鈍い衝撃。

 

 「な――」

 

 硬すぎる。

 怪物の外殻へ、ほとんど傷が入っていなかった。

 

 次の瞬間。

 

 赤黒い瞳が、レオンを見下ろす。

 

 ぞわり、と。

 

 圧倒的な恐怖が、全身を貫く。

 怪物の腕が振り下ろされる。

 避けきれない。

 

 その瞬間、白銀の氷槍が、横から怪物を吹き飛ばした。

 

 ルーメリアだった。

 

「下がってください!」

 

 金色の髪が、夜風へ揺れる。

 その表情は冷静だった。

 

 しかし、僅かに呼吸が乱れている。

 

「こいつ、普通じゃねぇ……!」

 

「見れば分かります」

 

 ルーメリアは短く返す。

 その視線は、怪物から離れない。

 

「核を破壊しない限り、再生しています」

 

「核?」

 

「胸部中央。魔力反応が集中しています」

 

 レオンは目を凝らす。

 

 怪物の胸。

 黒い結晶の奥で、赤い光が脈打っていた。

 まるで、心臓みたいに。

 

 怪物が咆哮する。

 黒い魔力が、周囲へ弾け飛んだ。

 

「きゃあああっ!」

 

 悲鳴。

 生徒たちが吹き飛ばされる。

 

 レオンが歯を食いしばった。

 

「くそっ……!」

 

 助けたい。

 でも、全部は無理だ。

 右を助ければ、左が間に合わない。

 左へ向かえば、後ろが死ぬ。

 

 泣いている。

 手を伸ばしても、届かない。

 そんな光景を、見たくなかった。

 

 脳裏へ、ルーメリアの声が蘇る。

 

『全員は救えません』

 

「……っ」

 

 違う。

 そんなの、認めたくない。

 

 怪物が、再び生徒たちへ向かって動き出す。

 レオンは地面を蹴った。

 

 その瞬間だった。

 銀の閃光が、夜を裂く。

 一撃。

 

 怪物の腕が、宙を舞った。

 轟音と共に、巨体が吹き飛ぶ。

 

 瓦礫の上。

 黒いコートが、夜風へ揺れていた。

 

 カイト・レイヴン。

 

 灰色の瞳が、怪物を見据えている。

 その目には、怒りとも違う。

 もっと深い感情が滲んでいた。

 

「……また、か」

 

 低い声。

 怪物が咆哮する。

 黒い魔力が膨れ上がる。

 

 だが。

 カイトは、一歩も引かなかった。

 

「なんで……こんなものが」

 

 その声は。

 怒りというより、苦しそうだった。

 

 次の瞬間。

 

 怪物が突進する。

 地面が砕ける。

 空気が震える。

 

 カイトは動かなかった。

 怪物が目前へ迫る。

 

 そして。

 消えた。

 

「――は?」

 

 レオンの目が追いつかない。

 

 怪物の背後。

 カイトが、静かに剣を振り抜いていた。

 

 一拍遅れて。

 怪物の胸部が、斜めに裂ける。

 

 赤い核が露出した。

 怪物が絶叫する。

 黒い魔力が暴走した。

 

 レオンは息を呑む。

 

 ――核。

 

 あれを壊さなきゃいけない。

 

 でも。

 怖い。

 足が震える。

 

 それでも、目の前で誰かが泣いていた。

 助けを求めていた。

 なら、逃げたくなかった。

 

 レオンは地面を蹴る。

 

 カイトの灰色の瞳が、一瞬だけこちらを見た。

 止めなかった。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 全力で、剣を振り下ろす。

 

 赤い核へ、亀裂が走る。

 同時に白銀の氷槍が、一直線に突き刺さった。

 核が、完全に砕け散る。

 

 怪物の身体が、崩壊した。

 黒い粒子となって、夜空へ散っていく。

 

 静寂。

 

 誰も動けなかった。

 荒い呼吸だけが響く。

 

 やがて。

 レオンは、その場へ膝をついた。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ……」

 

 全身が震えていた。

 怖かった。

 本当に。

 死ぬと思った。

 

 その時。

 カイトが、崩れ落ちた黒い粒子を見つめながら、小さく呟く。

 

「……まだか」

 

 低い声。

 その視線の先。

 

 消えたはずの黒い魔力が。

 まるで意思を持つみたいに。

 夜の奥へ、ゆっくり流れていった。

 

 ――まるで。

 

 どこかへ、帰るみたいに。

 

「……エリシア」

 

 その呟きは、誰にも届かなかった。




ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

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