元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第13話 俺にも背負わせてください

 朝。

 昨夜の騒ぎが嘘みたいに、空は晴れている。

 

 けれど、学園に残った傷は、まだ消えていなかった。

 

 砕けた石畳。

 焼けて崩れた壁。

 

 生徒たちは、不安げな顔のまま校舎を行き交っている。

 誰もが、昨日の怪物を忘れられていなかった。

 

 ◇

 

 訓練場。

 乾いた音が、何度も響いていた。

 

「はぁっ!!」

 

 レオンが木剣を振る。

 踏み込み。

 斬る。

 叩き込む。

 

 止まらない。

 汗が地面へ落ちる。

 

 腕が軋む。

 それでも、止めなかった。

 

「……壊れますよ」

 

 静かな声。

 振り向かなくても分かる。

 

 ルーメリアだった。

 

「うるせぇ」

 

 レオンは剣を止めない。

 

「昨日、怪我したばかりでしょう」

 

「分かってる」

 

「なら――」

 

「分かってるけど!」

 

 鈍い音。

 木剣が、強く木人へ叩きつけられる。

 レオンは荒い呼吸のまま、俯いた。

 

「……何もできなかった」

 

 掠れた声。

 

「また、助けられた」

 

 脳裏に焼き付いている。

 

 怪物。

 恐怖。

 死。

 

 ルーメリアは黙った。

 エメラルドグリーンの瞳が、静かに揺れる。

 

「強いかったですね」

 

「そんな話じゃねぇ」

 

 レオンは歯を食いしばる。

 

「なんで、あんな苦しそうなんだよ」

 

 その言葉に。

 ルーメリアの呼吸が、ほんの少し止まった。

 

 昨夜。

 怪物を見ていた時の、カイトの目。

 怒りじゃない。

 憎しみでもない。

 もっと深い。

 

 ――後悔。

 

 そんな色だった。

 

「……」

 

 ルーメリアは視線を落とす。

 そして、小さく呟いた。

 

「……ずっと、誰かを見送ってきた人みたいです」

 

「……え?」

 

「だから、あの人は――」

 

 そこで言葉が止まる。

 ルーメリア自身も、まだ分かっていなかった。

 

 でも、ずっと感じている。

 

 カイト・レイヴンという男は。

 誰かを救うたびに。

 少しずつ、自分を削っている。

 そんな危うさを。

 

 その時だった。

 

 訓練場入口から、黒いコートが見えた。

 

 カイトだった。

 いつも通りの無表情。

 静かな足取り。

 

 だが目の下には、僅かに疲労の色が残っている。

 

「教官!」

 

 レオンが反射的に声を上げる。

 カイトは足を止めた。

 

「怪我は」

 

「平気です」

 

「そうか」

 

 短いやり取り。

 それだけで終わるはずだった。

 

 でも。

 レオンは、奥歯を噛んだ。

 

「……教官」

 

「なんだ」

 

「知ってるんですよね」

 

 空気が、少しだけ止まる。

 

「昨日の怪物も」

 

「魔王のことも」

 

「全部」

 

 沈黙。

 風だけが吹いた。

 カイトは、何も言わない。

 

 レオンは拳を握る。

 

「なんで、一人で抱えてるんですか」

 

 灰色の瞳が、静かにこちらを見る。

 

「……別に抱えてない」

 

「嘘だ」

 

 即答だった。

 ルーメリアが、僅かに目を見開く。

 

 だがレオンは止まらない。

 

「教官、いつも苦しそうじゃないですか」

 

「昨日だって」

 

「俺たちを助けた時、全然嬉しそうじゃなかった」

 

 カイトは黙っていた。

 否定しない。

 レオンは続ける。

 

「俺、悔しかったです」

 

「何もできなかった」

 

「また助けられた」

 

 拳が震える。

 

「でも」

 

 顔を上げる。

 真っ直ぐ。

 逃げずに。

 

「それでも、助けたいんです」

 

 空気が静まる。

 

「怖かった」

 

「死ぬかと思った」

 

「でも」

 

 レオンは、歯を食いしばった。

 

「逃げたら、一生後悔する気がした」

 

 カイトの瞳が、ほんの僅かに揺れる。

 レオンは気づかない。

 

 だがルーメリアだけは見ていた。

 

「だから」

 

 レオンは言う。

 

「俺にも背負わせてください」

 

 沈黙。

 長い沈黙だった。

 

 やがて。

 カイトは、小さく目を伏せる。

 

「……背負う必要はない」

 

「あります」

 

「ない」

 

「あります」

 

 子供みたいな言い合いだった。

 レオンは、一歩も引かなかった。

 

 カイトは小さく息を吐く。

 

 そして。

 

「……残るんだよ」

 

 ぽつり、と。

 呟く。

 

「救えなかった奴の顔は」

 

 レオンの呼吸が止まる。

 カイトは、遠くを見るような目をしていた。

 

「忘れようとしても」

 

 ――『ごめんね』

 

「いつまでも」

 

 低い声。

 静かな声。

 なのに、痛いほど苦しかった。

 

「だから」

 

 カイトは続ける。

 

「お前たちまで、そうなる必要はない」

 

 レオンは、何も言えなかった。

 その時ルーメリアが、小さく口を開く。

 

 

「……でも」

 

 二人の視線が向く。

 ルーメリアは少しだけ迷ってから。

 

「一人で全部を背負う方が、非合理的です」

 

 真面目な顔で言った。

 

 沈黙。

 レオンが吹き出す。

 

「なんだよそれ」

 

「事実です」

 

 ルーメリアは淡々と返す。

 けれど。

 ほんの少しだけ。

 口元が緩んでいた。

 

 カイトは、そんな二人を静かに見ていた。

 

 そして。

 本当に僅かにだけ。

 表情が和らいだ。

 

 ◇

 

 暗い部屋。

 エリシアは、一人で座り込んでいた。

 鏡を見る。

 

 首筋。

 腕。

 

 黒い紋様は、まだ残っている。

 消えていない。

 むしろ少しずつ、広がっている。

 

「……っ」

 

 怖い。

 自分が、自分じゃなくなる。

 それが怖かった。

 震える手で、自分の身体を抱く。

 

 昨日カイトが来てくれた時だけ。

 少しだけ。

 怖くなかった。

 

 頭の奥で響いていた声も。

 今は静かだった。

 

「……どうして」

 

 分からない。

 でも。

 あの人は。

 自分を殺さなかった。

 

 涙が滲む。

 

 本当は。

 会いたかった。

 

 怖い時。

 一番最初に思い浮かんだのは。

 あの人だった。

 

「……カイ先生」

 

 小さく名前を呼ぶ。

 

 それだけだった。

 それだけなのに。

 

 少しだけ。

 呼吸が楽になった気がした。

 




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