元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第14話 守られるだけなのは、もう嫌なんです

 早朝。

 

 まだ陽も昇りきっていない。

 訓練場には、冷たい朝霧が薄く残っていた。

 

 静寂。

 

 誰もいないはずの空間へ。

 乾いた音だけが響いている。

 鋭い金属音。

 

 レオンは足を止めた。

 

「……教官」

 

 訓練場の中央。

 カイトが、一人で剣を振っていた。

 静かな剣だった。

 

 速い。

 なのに、荒々しさがない。

 

 一振りごとに、無駄が削ぎ落とされている。

 

 ただ最短で。

 

 ただ確実に。

 

 生き残るために磨かれ続けてきた剣。

 

 レオンは、思わず息を呑んでいた。

 

 強い。

 そんな言葉じゃ足りない。

 

 この人の剣は。

 ――“生き残ってきた剣”だ。

 カイトが、ゆっくりと剣を下ろす。

 

「何してる」

 

 振り向かないまま言った。

 レオンは頭を掻く。

 

「……なんで分かるんですか」

 

「足音もうるさい」

 

「足音もってなんですか」

 

 カイトは剣を鞘へ納める。

 

 沈黙。

 

 朝の風だけが吹いた。

 レオンは、拳を握る。

 そして。

 

「カイト教官」

 

「なんだ」

 

「俺に、剣を教えてください」

 

 真っ直ぐ言った。

 カイトの視線が、静かに向く。

 

「断る」

 

「早っ!?」

 

「お前は怪我人だ」

 

「治りました!」

 

「昨日まで半死半生だった奴が何言ってる」

 

「うっ」

 

 正論だった。

 だが。

 レオンは引かなかった。

 

「それでも」

 

 奥歯を噛む。

 

「強くなりたいんです」

 

 カイトは黙っている。

 レオンは続けた。

 

「また助けられるだけなの、嫌なんです」

 

 その瞬間。

 カイトの動きが、僅かに止まった。

 脳裏へ、昔の景色が蘇る。

 

 夕暮。

 訓練場。

 木剣を握った少女が、真っ直ぐこちらを見ている。

 

 白色の髪。

 尖った耳。

 まだ幼さの残る顔。

 

『レイヴンさん』

 

 昔のエリシアだった。

 

『私に、剣を教えてください』

 

 汗だらけのまま。

 息を切らしながら。

 それでも、真っ直ぐ立っていた。

 

『守られるだけなのは、もう嫌なんです』

 

 泣きそうな顔だった。

 でも。

 その瞳だけは、折れていなかった。

 

「……教官?」

 

 レオンの声で。

 カイトは我に返る。

 灰色の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「昨日だって」

 

 レオンは気づかず続ける。

 

「結局、俺は何もできなかった」

 

 脳裏に蘇る。

 怪物。

 恐怖。

 伸ばした手。

 

 そして。

 一歩も引かなかった背中。

 

「怖かったです」

 

 声が掠れる。

 

「死ぬかと思った」

 

「でも」

 

 拳を握る。

 

「それでも、助けたいんです」

 

 風が吹く。

 長い沈黙だった。

 

 やがて。

 カイトは、小さく息を吐く。

 

「……死ぬほど痛いぞ」

 

「はい」

 

「後悔するかもしれん」

 

「しません」

 

「逃げたくなる」

 

「逃げません」

 

 即答だった。

 カイトは数秒、レオンを見ていた。

 

 その灰色の瞳は。

 まるで、昔の誰かを見るみたいだった。

 

「……剣を持て」

 

 レオンの目が見開かれる。

 

「え」

 

「三秒やる」

 

「三秒?」

 

「立っていられたら、考えてやる」

 

 次の瞬間。

 

 ぞわり、と。

 

 本能が警鐘を鳴らした。

 空気が変わる。

 

 カイトが、剣を構えた。

 静かな構え。

 

 なのに。

 今にも喉元へ刃を突き付けられているみたいな圧迫感。

 

「……っ」

 

 レオンは慌てて木剣を構える。

 消えた。

 

「――っ!?」

 

 本当に、消えたように見えた。

 

 次の瞬間。

 

 衝撃。

 

「がっ――!?」

 

 木剣ごと吹き飛ばされる。

 地面を転がった。

 肺から空気が抜ける。

 

「おい」

 

 低い声。

 

「今、死んだ」

 

 レオンは咳き込みながら顔を上げる。

 

「……っぅ」

 

「遅い」

 

 カイトは淡々と言う。

 

「視野が狭い」

 

「力みすぎだ」

 

「重心も高すぎる」

 

 ボロクソだった。

 レオンは悔しそうに歯を食いしばる。

 

 でも。

 立ち上がる。

 

「もう一回」

 

「却下だ」

 

「なんで!?」

 

「怪我人だからだ」

 

「うっ……」

 

 再び正論だった。

 その時。

 

「無駄ですよ」

 

 静かな声。

 

 ルーメリアだった。

 いつの間に来たのか。

 訓練場入口へ立っている。

 

「その動きでは、三秒どころか一秒も持ちません」

 

「うるせえよ……」

 

「事実を言っただけです」

 

 淡々。

 本当に容赦がない。

 

 レオンは顔をしかめる。

 

「じゃあ、お前ならできんのかよ」

 

「できます」

 

「腹立つな!?」

 

 ルーメリアは気にした様子もなく、レオンを見る。

 

「力に頼りすぎです」

 

「もっと相手を見てください」

 

「……見てるつもりだ」

 

「見えていません」

 

 即答。

 だが。

 ルーメリアは少しだけ黙ってから。

 

「でも」

 

 小さく続けた。

 

「怖いのに前へ出られるのは、あなたの長所です」

 

 レオンが目を瞬く。

 

「……お、おう」

 

 急に褒められて戸惑った。

 ルーメリアは視線を逸らす。

 

「だから、死なれると困ります」

 

「それ褒めてる?」

 

「半分くらいは」

 

「半分かぁ……」

 

 カイトは、そんな二人を静かに見ていた。

 ほんの少しだけ。

 口元が緩む。

 

 だが。

 次の瞬間には消えていた。

 

「レオン」

 

「はい!」

 

「剣を拾え」

 

 レオンが反射的に木剣を掴む。

 

「もう一回だけだ」

 

「!」

 

 顔が明るくなる。

 カイトは静かに構えた。

 

「次は、少しだけ長く立ってみろ」

 

 その言葉だけで。

 レオンの胸が、熱くなる。

 

「……はい!」

 

 ◇

 

 暗い礼拝堂。

 崩れた椅子。

 割れたステンドグラス。

 月明かりだけが。

 静かに床を照らしている。

 

 エリシアは、一人で座り込んでいた。

 静かだった。

 

 昨日まで響いていた声も。

 今は少し遠い。

 

 震える指が。

 自分の腕へ触れる。

 黒い紋様。

 

 まだ消えていない。

 少しずつ。

 ゆっくりと。

 確実に広がっている。

 

「……っ」

 

 本当は。

 あの人の居る場所へ行きたかった。

 

 でも。

 

「……だめ」

 

 掠れた声。

 

 もし今の自分が。

 傷つけたら。

 それだけは。

 嫌だった。

 

 その時。

 

 昔の記憶が蘇る。

 

『できました!』

 

 夕暮れの訓練場。

 木剣を抱えながら。

 嬉しそうに笑う少女。

 

『上出来だ』

 

 ぶっきらぼうな声。

 でも。

 少しだけ優しかった。

 

『えへへっ』

 

 笑っていた。

 あの頃は。

 こんな風になるなんて。

 思っていなかった。

 

 ぽたり。

 

 涙が、床へ落ちる。




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