元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい 作:ななひゃく2802
朝の訓練場。
乾いた音が響く。
「はぁっ!!」
レオンの木剣が振り下ろされる。
踏み込み。
斬撃。
すぐに次。
止まらない。
汗が地面へ落ちる。
腕はもう重かった。
肺も痛い。
それでも。
「遅い」
低い声。
次の瞬間。
「ぐっ!?」
木剣を弾き飛ばされる。
レオンは踏ん張りきれず、そのまま地面を滑った。
「また死んだ」
「くそっ……!」
カイトは静かに木剣を下ろす。
いつも通りの無表情。
だが前より少しだけ、手加減が減っていた。
レオンは荒い呼吸のまま立ち上がる。
「もう一回!」
「五回目だ」
「あと五回!」
「お前の身体が先に壊れる」
「壊れる前に強くなります!」
「無茶苦茶だな」
呆れた声だった。
でもほんの少しだけ。
口元が緩んだ気がした。
レオンは木剣を構え直す。
視線。
呼吸。
踏み込み。
今度は、真正面から行かない。
横へ回る。
その瞬間。
カイトの目が、僅かに細くなった。
「……」
次の瞬間。
衝撃。
「がっ!?」
また吹き飛ばされる。
だが今回は、倒れなかった。
レオンは足を踏ん張り、その場へ残る。
数秒。
静寂。
やがて。
カイトが小さく息を吐いた。
「……昨日よりはマシだ」
レオンの目が見開かれる。
「え」
「ほんの少しだけな」
「今褒めました!?」
「気のせいだ」
「絶対褒めましたよね!?」
顔が明るくなる。
単純だった。
その顔を見て。
カイトは、一瞬だけ昔を思い出す。
『えへへっ!』
嬉しそうに笑う少女。
木剣を抱えて。
褒められるたび、子供みたいに顔を綻ばせていた。
「……教官?」
レオンの声で、意識が戻る。
カイトは視線を逸らした。
「調子に乗るな」
「はい!」
「次」
「はい!!」
レオンが地面を蹴る。
真っ直ぐじゃない。
少しだけ視野が広くなっている。
カイトは、それを見ていた。
◇
白い訓練場だった。
教会直属。
勇者専用区画。
空気まで張り詰めている。
ルーメリアは、静かに剣を構えていた。
「次」
司祭の声が響く。
魔法陣が展開される。
出現したのは、模擬魔獣。
訓練用。
だが。
その奥で、一人の候補生が倒れていた。
足を負傷している。
「た、助け――」
「状況を判断しなさい」
司祭が静かに言う。
「勇者は、全体を救う存在です」
「助ける優先順位を考えなさい」
ルーメリアの視線が揺れる。
模擬魔獣は三体。
候補生を助ければ、包囲される。
合理的に考えるなら。
先に敵を処理するべきだった。
「……」
剣を握る。
助ければ、隙ができる。
最悪、自分が負傷する。
勇者が倒れれば。
もっと多くを救えなくなる。
それが、正解。
そのはずだった。
「たす、け……」
候補生の声が震える。
その瞬間。
脳裏に、赤髪の少年が浮かんだ。
『それでも、助けたいんです』
まっすぐな声。
馬鹿みたいに。
でも。
眩しかった。
「――っ」
ルーメリアが地面を蹴る。
一直線。
候補生の前へ滑り込む。
氷槍が空を裂いた。
一体。
二体。
三体目。
剣を振るう。
白銀の斬撃が、模擬魔獣を吹き飛ばした。
静寂。
候補生が、呆然とルーメリアを見上げる。
「……どうして」
震える声。
「先に敵を処理した方が、安全だったのに」
ルーメリアは答えられなかった。
分かっている。
今のは、合理的じゃない。
勇者としては、間違いかもしれない。
でも。
見捨てたくなかった。
「……訓練終了です」
司祭の冷たい声が響く。
「ルーメリア様」
感情のない目が向けられる。
「あなたは優しすぎる」
その言葉が。
胸へ、小さく刺さった。
◇
夜。
静まり返った礼拝堂。
月明かりが、白い床を照らしている。
グランベルは、一人で立っていた。
「……順調です」
静かな声。
誰もいない闇へ向けて、言葉を落とす。
「勇者適応も、安定しています」
沈黙。
やがて。
グランベルは、小さく目を細めた。
「……ですが」
「レイヴンが動き始めました」
空気が、少しだけ重くなる。
「……教会の監視下に置いても止まりはしないか」
溜息と共に呟く。
「彼は鋭い」
「このままでは」
一拍。
「いずれ、“辿り着く”可能性があります」
数秒。
静寂が落ちる。
そして。
グランベルは、穏やかな笑みのまま呟いた。
「三百年前のようには――」
静かな声。
「もう、いかないでしょうね」
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