元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

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第16話 傷つけたくない

 東区画は、まだ封鎖されたままだった。

 

 空気には、まだ微かに瘴気が残っている。

 昨日まで、生徒たちの悲鳴で溢れていた場所。

 

 今は静かだった。

 その静寂が、逆に不気味さを際立たせていた。

 

 カイトは、ゆっくりと瓦礫の間を歩いていた。

 

 灰色の瞳が、周囲を静かに見渡す。

 足を止める。

 しゃがみ込む。

 砕けた黒い結晶片を拾い上げた。

 

「……」

 

 指先へ、僅かに魔力が触れる。

 誰かに似ていた。

 

 一瞬だけ。

 遠い記憶の黒髪が、脳裏を掠める。

 

 だが。

 違う。

 妙に、揃いすぎていた。

 

 ざらつきがない。

 生き物の魔力とは思えないほど綺麗すぎる。

 

 まるで誰かが、意図して作ったみたいに。

 

「……なんだ?」

 

 低い声が落ちる。

 その時だった。

 

「教官」

 

 後ろから声。

 振り向くまでもない。

 

「勝手についてくるなと言ったはずだ」

 

「無理です」

 

 即答だった。

 レオンが、当然みたいな顔で立っている。

 

「怪しい場所を一人で調べるとか、絶対なんかあるじゃないですか」

 

「だから来るな」

 

「だから無理です」

 

 カイトは小さく息を吐く。

 完全に懐かれていた。

 しかも、面倒臭い方向へ。

 

 レオンは、そこでふと眉を寄せた。

 

「……教官」

 

「なんだ」

 

「顔色、悪くないですか」

 

「気のせいだ」

 

 即答だった。

 

 だが黒い結晶片を握る指先だけが、

 僅かに強くなっていた。

 

「……帰れ」

 

「嫌です」

 

「即答するな」

 

「教官も即答してるじゃないですか」

 

 レオンは周囲を見回す。

 

 崩壊した建物。

 黒い痕。

 爪痕みたいに抉れた地面。

 

「……マジで、ヤバかったんだな」

 

 あの日の恐怖が蘇る。

 巨大な怪物。

 死の気配。

 

 だがレオンは、そこで違和感に気づいた。

 

「……あれ?」

 

「なんだ」

 

 レオンが瓦礫の奥を指差す。

 

「ここ、妙に綺麗じゃないですか?」

 

 カイトが目を細める。

 

 確かに。

 一部だけ、不自然に瓦礫が避けられていた。

 

 まるで誰かが最近まで、そこに立っていたみたいに。

 

「……誰か居たな」

 

 低い声。

 

「え?」

 

「瘴気が乱れてる」

 

 つい最近。

 誰かが、この場所を調べていた。

 

 だがもう居ない。

 レオンが顔をしかめる。

 

「なんなんだよ……」

 

 その時。

 

「ここでしたか」

 

 静かな声。

 二人が振り向く。

 

 ルーメリアだった。

 金色の髪を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

「お前もか」

 

「当然です」

 

 ルーメリアは答えた。

 そのまま地面へ視線を落とす。

 

 数秒。

 

 そして。

 ゆっくりと、しゃがみ込む。

 

「……」

 

「どうした」

 

 ルーメリアは少し迷った。

 

「いえ……」

 

 言葉を探す。

 

 

「教会の訓練場に、少し似ています」

 

 レオンが首を傾げる。

 

「似てる?」

 

「魔力の流れ方が」

 

 曖昧な答えだった。

 断定できない。

 

 でも妙に胸騒ぎがした。

 カイトは黙ったまま地面を見る。

 

 微かな魔力残滓。

 本来ならもう消えていてもおかしくない痕跡。

 

「……」

 

 嫌な感じがした。

 偶然とは思えない。

 

 だがまだ繋がらない。

 繋がってほしくなかった。

 

 胸の奥が妙ざわついていた。

 嫌な予感だった。

 

 昔、一度だけ。

 同じ感覚を知っている。

 

 その時だった。

 瓦礫の奥で、何かが音を立てた。

 三人の視線が向く。

 

 沈黙。

 

 だがもう何も居ない。

 風だけが吹き抜ける。

 

 レオンが小さく息を呑んだ。

 

「……誰か、居た?」

 

「分からん」

 

 カイトは短く返す。

 

 だが灰色の瞳だけが、静かに細められていた。

 

 ◇

 

 夜風が静かにカーテンを揺らしていた。

 

 ルーメリアは、ベッドへ腰掛けたまま目を閉じる。

 最近、眠りが浅い。

 胸の奥が、ずっとざわついていた。

 

 風が吹いていた。

 

 見知らぬ草原。

 夕焼け。

 赤く染まる空。

 

 なのに何故か懐かしかった。

 

『また無茶したの?』

 

 声。

 振り返る。

 

 青髪の少女が、笑っていた。

 眩しいくらい、真っ直ぐな笑顔。

 

『だって、放っておけなかったんだよ』

 

 その隣。

 黒髪の青年が、小さく息を吐く。

 

『昔から変わらないね』

 

『へへっ』

 

 温かい空気。

 幸せそうな時間。

 

 なのに。

 胸の奥が、ひどく痛かった。

 景色が揺れる。

 笑顔が遠ざかる。

 

 嫌だ。

 行かないで。

 

「……っ」

 

 ルーメリアが、息を呑んで目を覚ます。

 頬だけが、濡れていた。

 

「……なんで……」

 

 知らない夢だった。

 知らないはずなのに。

 

 涙だけが、止まらなかった。

 

 

 暗い礼拝堂。

 エリシアは、一人で床へ座り込んでいた。

 

 荒い呼吸。

 黒い紋様が、首筋まで広がっている。

 

「ぁ……っ」

 

 痛い。

 苦しい。

 

 頭の奥で、また声が響き始めていた。

 昨日まで静かだったはずなのに。

 

『――殺せ』

 

「やめ……」

 

『勇者を殺せ』

 

「やだ……っ」

 

 耳を塞ぐ。

 でも、止まらない。

 

『次の勇者を』

 

『殺せ』

 

 脳裏に浮かぶ。

 学園。

 怯える生徒たち。

 必死に誰かを守ろうとしていた少年。

 金色の髪の少女。

 

 そして。

 灰色の瞳。

 自分を削るみたいに、誰かを守ろうとしていた人。

 

「……嫌」

 

 震える声。

 涙が零れる。

 

「傷つけたく……ない……」




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