元勇者の俺は、魔王になった教え子を救いたい   作:ななひゃく2802

17 / 26
第17話 違う

 冷たい雨が、森を静かに濡らしている。

 

 エリシアは、ふらつく足取りで木々の間を歩いていた。

 黒いローブは泥に汚れ。

 白色の髪も、濡れて張り付いている。

 

「……はぁっ……」

 

 呼吸が苦しい。

 胸が痛い。

 

 首筋へ広がった黒い紋様が、脈打つみたいに熱を持っていた。

 頭の奥で、また声が響く。

 

『殺せ』

 

「……っ」

 

『勇者を殺せ』

 

「やめて……」

 

 耳を塞ぐ。

 でも、止まらない。

 

 むしろ前より近い。

 頭の中へ直接、流し込まれてくるみたいだった。

 

『どうして逃げる』

 

『また救えなかった』

 

 エリシアの肩が震える。

 

 今の声。

 一瞬だけ。

 カイトの声に聞こえた。

 

「っ……違う……」

 

 違う。

 

 あの人は。

 そんなこと言わない。

 

 なのに。

 頭の奥が、ぐちゃぐちゃだった。

 

 視界が滲む。

 

 その時。

 遠くから、人の声が聞こえた。

 

「こっちだ!」

 

「魔力反応が残ってるぞ!」

 

 エリシアの身体が強張る。

 教会騎士だった。

 

 白い外套。

 剣と翼の紋章。

 複数。

 

「……っ」

 

 逃げなきゃ。

 本能が叫ぶ。

 

 でも。

 足に力が入らない。

 

 その時だった。

 

「いたぞ!!」

 

 騎士の一人が叫ぶ。

 視線が合った。

 

 一瞬。

 騎士の顔に恐怖が走る。

 

「魔王だ!!」

 

 次の瞬間。

 魔法が放たれた。

 

「っ!!」

 

 エリシアが反射的に飛び退く。

 

 爆発。

 木々が吹き飛ぶ。

 

「待っ――」

 

 言葉より先に。

 次の魔法が飛んできた。

 

 容赦がない。

 エリシアは歯を食いしばる。

 

「やめて……!」

 

『殺せ』

 

 声が響く。

 

『殺せ』

 

 黒い魔力が、腕へ絡みつく。

 

 まずい。

 分かる。

 今、暴走したら。

 本当に誰かを傷つける。

 

「っ……!」

 

 エリシアは地面を蹴った。

 逃げる。

 木々の間を駆け抜ける。

 背後で怒号が響く。

 

「追え!」

 

「勇者様へ近づけるな!」

 

 その言葉に。

 胸が、少しだけ痛んだ。

 

 ◇

 

 雨は、まだ降っていた。

 小さな村だった。

 

 森の外れ。

 数十人ほどしか居ない。

 本当に小さな村。

 

 エリシアは、物陰へ身を隠していた。

 

 呼吸を殺す。

 頭が痛い。

 寒い。

 でも。

 村の入口で。

 小さな女の子が転んだのが見えた。

 

「あっ……」

 

 少女の前へ。

 木箱が崩れ落ちる。

 

 エリシアの身体が反射的に動いた。

 

「危な――」

 

 少女を抱き寄せる。

 

 直後。

 木箱が地面へ落下した。

 

「……だいじょうぶ?」

 

 エリシアが問いかける。

 少女は目を丸くしていた。

 

 だが。

 

「……ありがとう、おねえちゃん」

 

 ほっとしたように、少女は言った。

 

「ひっ……」

 

 少し離れた場所から声が聞こえた。

 

 視線。

 エリシアの首筋。

 黒い紋様。

 

「ま、魔王?」

 

 その言葉が。

 胸へ深く刺さった。

 

「ち、違……」

 

『殺せ』

 

 声。

 頭痛。

 黒い魔力が漏れ出す。

 

「早くこっちに来なさい!」

 

 言いながら少女の手を引き、走り出した。

 村人たちが振り向く。

 

「なっ……!」

 

「魔王だ!!」

 

 空気が凍った。

 エリシアの呼吸が止まる。

 

 違う。

 傷つけたくない。

 

 でも。

 怖い。

 自分が。

 

『殺せ』

 

 黒い魔力が。

 一瞬だけ周囲へ溢れた。

 

 窓ガラスが砕ける。

 村人たちの悲鳴。

 怯えた目。

 

「……っ」

 

 エリシアは、少女から手を離した。

 後退る。

 震える。

 

「ごめ……」

 

 言葉にならない。

 怖かった。

 みんなが。

 自分を見る目が。

 そして。

 その目が。

 正しい気がしてしまう自分が。

 

「……やだ」

 

 涙が零れる。

 

「やだよ……」

 

 震える声。

 誰も近づかない。

 誰もが怯えている。

 

 当然だった。

 自分は魔王だ。

 化け物だ。

 

 その時。

 遠くから。

 また騎士たちの声が響いた。

 

「こっちだ!!」

 

「村へ入ったぞ!!」

 

 エリシアの身体が強張る。

 

 駄目だ。

 ここに居たら。

 また誰かを巻き込む。

 

「……っ」

 

 エリシアは踵を返した。

 逃げる。

 

 雨の中を。

 一人で。

 頭の奥では。

 まだ声が響いていた。

 

『殺せ』

 

『勇者を』

 

『次の勇者を』

 

「ぁ……っ」

 

 視界が揺れる。

 もう。

 一人じゃ。

 耐えられない。

 

 でも。

 それでも。

 まだ。

 助けてとは、言えなかった。

 

 




読んで頂き、ありがとうございます。

もし少しでも続きを読みたいと思って頂けたら、
評価や感想を頂けると嬉しいです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。